熱砂の海のマリステラ

朱衣金甲

■ 01 ■ 突然ですが、デスロードのお時間です






『Love Heart! 紅く輝け! 燃えるようにどこまでも……ザッ――ザザ……』


 コクピット内で無線の周波数を調整し違法放送を聞いていた少年は、即座に己が不運を覚った。

 今日の出撃は非常時のみの予定だったが……周波数干渉がここまで届いたということは、ここから先は非常時ということだ。


敵性体オセラスと交戦中の先遣隊より発光信号を確認。敵性体規模は大隊規模、撃滅ならず。後を頼む』


 お、これ死ぬかも、と若きADアームドライバは露骨に顔をしかめた。

 なんか最期にやっておくことはあったかな、と周囲を見回しても、愛機のコックピットの中には精々非常用のサバイバルキットしか搭載されていない。


『砂上母艦リヴィングストンより通達。各艦は周囲に耐震中継器S I Sを射出、耐震結界A E Fを展開。艦載機の射出準備に当たれ!』


 にわかに砂上母艦リヴィングストンの格納庫は緊迫の熱気に満ち満ちていく。


「待機中のオーレルの発進準備急げ! アラートフェーズ2! 各作業員は速やかに待機中の艦載機を出撃可能状態へ!」


 封鎖されていたカタパルトデッキが開放されれば、その軒先に止まっていた渡り鳥たちが一斉に空へと羽ばたいていく。

 幾人かの作業員たちがそんな鳥たちを羨ましげに一瞬見つめ、そしてすぐさま態度を切り替えて両手の誘導灯で合図を送り始める。


「先遣隊は想像以上の速さで全滅、後詰めである俺たちはまだ部隊展開すらできてないこの状況――詰んだ、詰んでるよこれ」


 暗く密閉された空間の開けた先。

 焼けるような太陽に照らされた大地は綺麗なほどにたったの二色に色分けされていた。即ち砂の山吹色と、空の青さの二つ。ただそれだけだ。


 ぐらり、と砂上空母リヴィングストンの重厚な船体が一度、煽られるように傾いだ。

 どのような強風であれ、風力如きで傾くような船ではない。


 重量二万トンに近い大型艦であるリヴィングストンが傾ぐのはだから、その下にある砂漠が揺れているからだ・・・・・・・・・・・


『駆逐艦ウィリアムより砂上空母リヴィングストンへ! 耐震中継器S I Sの射出展開完了!』

『空母リヴィングストン了解。これより本艦は耐震結界A E Fを起動。各艦射撃戦用意、敵性体目視後、一斉射の後に艦載機発進、格闘戦に移行する!』


 ザ、と低いノイズのような雑音が響き渡った後、薄いオーロラのような皮膜が空母リヴィングストンを中心として広がっていく。

 その皮膜が周囲の護衛艦が射出構築した耐震中継器S I Sによって拡大されることで、これまで船体を左右させていた揺れが突如として納まった。


 これでいい。これでようやく人類はアレと戦える。

 耐震結界A E Fで流砂の動きを止めねば敵性体は平然と地中を進行し、艦の真下から船底をぶち抜いてくるのだから。


 未だ人類には、砂中を進む敵性体を効率よく屠る手段がない。

 戦うならば、奴らを地上へと引きずり出さねばならない。


『オーレルF型R3号機、グラナ機はカタパルトデッキへ! ソードロッドの選択を!』


 コクピットを閉じた青年は、そう狭い空間に響き渡る野太い声に少しばかりの寂しさを覚えた。


「なんでこの艦には美人のオペレーターが搭乗していないんだろう……」


 最期に会話をするのがベテランの中年男性オペレーターというのは、運命の女神も酷なことをするものだ、と。


『喜べよ鈍亀ラガードグラナ、自分の今際に女を巻き込まねぇってのはいい男の証だぜ? さぁあとがつかえてんだ、とっとと武装を選べ!』


 違いない、と鈍亀ラガードグラナと呼ばれた少年は頷いてシートベルトを止め、戦術霊譜演算器が画面に表示した敵予想布陣に軽く視線を向ける。

 感動的だ。彼我兵力差は1:5、護衛艦の砲撃が全弾命中すれば辛うじて戦闘になるというレベルで、しかし敵は味方の先遣隊を平然と下した暴威だ。


「混戦になるね、C8を二つ」

『了解だ、一機でも多くあの陶磁器面どもをぶっ潰して死んでこい』


 カタパルトデッキに固定されたグラナ青年のオーレルF型にクレーンアームが迫り、その両腰に剣状の兵装を取り付ける。

 オーレルF型の三割ほど、全長5トールほどのC8型ソードロッドは威力より取り回しを重視した、応戦機ARMにおけるごく平均的な兵装だ。


 武装を取り付けられたオーレルF型の、白磁のような装甲が鮮やかな朱色に染まり始め、やがて全身を覆い尽くす。

 積層ハードキチンの上に展開されたのは霊譜スコアによる防御魔術であり、同時に敵と誤認されないための目印でもある。


「オーレルF型R3号機、発艦準備宜し!」

『了解! 各艦の一斉射と同時に発艦カウントダウン開始、斉射十秒前、九、八……』


 応戦機ARM格納庫内で減じていくカウントダウンの声を掻き消すような轟音が響き渡る。砂上空母リヴィングストンの周囲、駆逐艦リンド、ウィリアム、ローランドが主砲を一斉射。


『あばよ鈍亀ラガードグラナ、生き残ったら骨は拾ってくれや』

「そっちこそ!」


 艦隊の一斉射による十八門の砲塔から発射された霊譜弾の命中は六割弱、誘導無しの初弾にしては随分よく中った方だがこれでは――


「グラナ・セントール、オーレルF型R3号機! 行きます!」


 カタパルトが蒸気を上げて霊譜スコアを紡ぎ、固定されているオーレルF型R3号機を加速、砲弾のように空中へと叩き出す。

 オーレルに搭載されている戦術霊譜演算器が管制から制御を引き継いで姿勢を自動で安定させた後、その制御をグラナへと渡してくる。


 この発艦の瞬間を狙われると完全にアウトなのだが、幸運の女神はグラナに生足をみせてやる程度の慈悲をくれたようだ。


四ツ目テトラキュラが三体、三ツ目トリキュラ五十二体、一ツ目モノキュラがうじゃうじゃか……こりゃホント死んだかな」


 四ツ目テトラキュラはその名の通り左右に二つずつ、四つのアイセンサを備えた蛇のような――いや、駆逐艦の三倍近い体長を誇るそれはもう龍と言うべきか。

 三ツ目トリキュラは人の十倍はあろうかという獣のような外見で、一ツ目モノキュラはほ乳類大から羽虫程度まで、単眼であることを除けば形状は千差万別だ。


 奴らに共通しているのは全身を白い強固な積層ハードキチン装甲で覆い、金属の筋腱で人間などゴミのように磨り潰すという、その凄まじい戦闘能力だ。


 流砂から身を引き剥がすように乗りだし、耐震結界A E Fの端に足をかけて入ってくるのは三ツ目トリキュラ以下の下っ端のみ。

 四ツ目テトラキュラの巨龍三体は耐震結界A E Fの外から、三ツ目トリキュラ以下の働きをまるで見守るかのように――否。


「砲撃来るぞ! 防御霊譜シールドスコア展開急いで!」


 グラナの声を追い越すかのように四ツ目テトラキュラらが鎌首をもたげると、その喉の奥で砲門バレルが展開、伸展。

 大きく広げた顎門から放たれるは砲弾ではなく、加速によって高熱を蓄えた粒子を圧縮して撃ち放つ集束火線砲だ。


 三体に熱線を集中された駆逐艦リンドは防御霊譜シールドスコアを展開したものの――あっさり横っ腹に風穴を空けられ、真っ二つにへし折れてしまう。


「ええい護星獣マリステラよ死せる我らの魂を掬い給え!」


 もはやヤケクソでグラナは操縦桿を操作、腰に備えられたC8ソードロッドを抜き放ち、


「【熱剣ヒートブレード】起動! 行くぞぉッ!!」


 オーレルF型が音声入力に応じ霊譜スコアを起動すれば、C8ソードロッドが赤熱して燃え上がる。


 問答無用で迫りくる三ツ目トリキュラの、四足歩行で突撃してくる敵性体に叩き付ければ、C8は安価な量産品とはいえ武装は武装。

 大きさを除けばサイのような形状の三ツ目トリキュラが断面から湯気を上げながら、落とされた首を追うように崩れ落ちる。


「こちらオーレルF型R3号機! 仲間の発艦まだか!」


 そうグラナが二体目の三ツ目トリキュラを切り裂きながら送話器に怒鳴ると背後でドンと花火が上が――いや、戦場の真ん中で花火を上げるバカはいない。


「おぅ……冗談でしょ」


 グラナの後に続いて発艦オーレルF型R8号機、僚機のサーマンはどうやら射出直後を四ツ目テトラキュラの熱線に狙い撃ちされたと見える。

 グラナは覚った。


 ああ、俺ここで死んだな、と。






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