■ 02 ■ 鈍亀グラナ






「見てろよお前ら、絶対に俺はビッグになって戻ってきてやるからな!」


 紅い髪の毛を風に揺らしながら村の入口で、そう拳を握りしめて言い放つグラナに向けられる視線は、


「おーう頑張れよ鈍亀ラガード、ただ悪い事言わねぇから生きて帰ることを目標にしとけよ」

「そうそう、今から農家を目指しても笑わねぇからよ」

「確かにお前はウスノロのグズだが、死ななきゃいけねぇほど愚鈍でもねぇんだからよ」


 これをどう表現すればいいのだろうか。言葉そのものは徹底的にグラナを虚仮にしていながらも、気遣いと自省が滲む声音。

 応援よりも心配が色濃い、吐いた唾をどうにか飲み込めないかと悩んでいるような友人たちの顔が――グラナの心の柔い部分に何よりも突き刺さる。




    §    §    §




 『鈍亀ラガードグラナ』。それがグラナ・セントールの渾名だ。

 その二つ名はグラナが護星獣マリステラより授かった、グラナの胸に輝く紅い魔晶マギスフィアに由来する。


 護星獣マリステラから分化した、この星に住まう人類たちは時折、護星獣マリステラが持つ力の一部を引き継いで生まれ落ちる。

 それ即ち、この星に遍在するマナを吸気して魔力へと変換する、超常の力だ。


 色は属性を、内部に彫り込まれている文様は個性を示す魔晶マギスフィアの、グラナに与えられたそれは――これはもう本当に不幸としか言い様がない。

 赤い輝きは火の護星獣マリステラオルディーベから力を授かった正当な証だ。これはいい、ここまではいいのだ。


「ふむ、この文様は【鈍化ラスト】と解釈されました」


 護星管理官にそう星読みの霊譜スコアを告げられた時点から、いやそう判明する前からグラナの運命は決してしまっていた。

 【鈍化ラスト】。よりにもよって【鈍化ラスト】ときた。


「やーいウスノロ! 悔しかったら追いかけて来いよ!」


 千人に一人と言われる、魔晶マギスフィアを授かった祝福された子供の筈のグラナはしかし、他の庶民よりも遙かに鈍重だった。

 鬼ごっこをすれば永久に鬼のまま、食事も野良仕事も何もかも進みが遅い。それに加えて感受性も鈍い。


 故に馬鹿にされても「友達に遊んで貰ってる」という認識のままのグラナは当然のように周囲から虐められていて、その事実にグラナが気が付いたのは十歳を超え、ようやく人並みに物事を考えられるようになってからだった。

 だが幸か不幸か――いや、どう考えても不幸だろう。グラナたちの育ってきたハードラット村はあっさりと四ツ目テトラキュラの襲撃に合い、村は壊滅。グラナの家族はそこで死んだ。


 残された住人たちは別の村へと移住せざるをえず、しかし難民の扱いなどどんな世界でも同じである。

 移住した先のロークラット村ではハードラット村の住人たちは肩身の狭い思いで生きざるを得ず、同郷どうしでイジメなどやっている余裕などなくなってしまったのだ。


 なし崩し的に友人たちと和解したグラナがだから次に考えたのは、故郷と家族を滅ぼした白磁の怪物、オセラスに対する復讐である。


 眼紋獣オセラス敵性体オセラス

 この星に住まう人類たち全ての敵。害獣、鋼の脅威。空からやってきた外宇宙の侵略者。


 遙か昔、DEMONデモンに率いられ主力として人類と護星獣マリステラに襲いかかってきたそれは、護星獣マリステラDEMONデモンが相打ちになり大戦が終結したあとも、未だ増殖と人類殺害を続けている。


 対話は不可能。

 それに命令できるDEMONデモンは死に絶えた。

 人類にできることはだから、この目紋獣オセラス共を同じ鋼の機兵で以て撃滅し、人類圏を維持することのみ。


 故にこそ、


「見てろよお前ら、絶対に俺はビッグになって戻ってきてやるからな!」


 鈍亀ラガードグラナはロークラット村にやってきた護星徴兵官の誘いに応じ、応戦機ARMの操縦士としての訓練を受けることとなった。

 ARMを動かせるのは魔術によって魔晶マギスフィアを起点に霊譜スコアを諳んじることができる者だけだからだ。


 それ以外の者がARMを動かそうとしても、攻撃や防御どころかまず起動すら出来ずにただの的になって終わる。

 たとえ『鈍亀ラガードグラナ』であっても、魔晶マギスフィアを持つ以上は貴重な戦力たり得るのだ。


 もっとも、


「また未採用か……」


 自分の動きすら鈍い『鈍亀ラガードグラナ』が操るのだから、当然のようにグラナが搭乗するARMもまた鈍亀ラガードになる。

 訓練期間を終え、ADアームドライバ採用試験を受験したグラナは機動試験、特に接近戦において致命的なまでの低得点を叩き出した。


 射撃に関しては一応及第点である。ただそれも命中率という一点のみを見ればの話であり、射撃速度は劣悪の一言に尽きる。


「……ま、それでも固定砲台ぐらいにゃなるだろ」

「ありがとうございます!」


 そうやってあらゆる組織から落伍者認定されたグラナを雇ってくれたのが、砂上空母リヴィングストンを根城とするリヴィングストン傭兵団だった。

 もっともそのリヴィングストン傭兵団においてもグラナが出撃を求められることはなく、


「今日もシミュレーター、お疲れ様!」


 整備員は日々和やかな顔でグラナをそう労ってくる。出撃しないグラナの機体は整備をする必要が無いので整備員たちはご機嫌だが、言われるグラナは当然仏頂面だ。

 『鈍亀ラガード』に続いて『シミュレーターの主』がグラナの二つ名に追加された。


 ひたすらシミュレーターで訓練を重ねるだけがグラナの仕事だった。当然、給料は他のADアームドライバの半額以下だ。

 それでもグラナはいつか自分が出撃する日のためにただひたすらにシミュレーターで訓練を重ね――




    §    §    §




「っつ……い、きて、る?」


 カメラはおろか、あらゆる電装系が死んで真っ暗闇になったコクピット内でグラナは目を覚ました。

 どうやら乗機であるオーレルF型は完全に死んでしまっているようで、起動キーを押下してもうんともすんとも言ってはくれない。


擱座かくざか……いや、擱座ですんでれば御の字だよな」


 コクピットハッチを睨みながら、グラナは腕を組んで唸る。

 船が沈めば耐震結界A E Fも解除されている。そうなると砂漠は流動性を取り戻し、その上にある全ては砂の下へと沈んでしまう。今下手にコクピットを開けたら砂が雪崩れ込んできて、そのままグラナは窒息死してしまうかもしれないのだ。


 さてどうしたものか、と悩んでいたグラナは、結局他に術がないということに気が付き、シートベルトを外して一二の三、で非常用コックを回し、コクピットハッチを開放する。


「だい、丈夫、か?」


 そおっとコクピットから顔を出すと、どうやらそこは天然の空洞であるようだ。

 どこかから光が差し込んでいるのか、それとも岩肌自体が光っているのか、閉じたコクピットより明るいそこはしかし、やはり日の光射さぬ地面の下だ。

 コクピットシート下から非常用バックパックを取り出し、蓋を開けて懐中電灯を点灯。人間サイズのソードロッドを腰に刺し周囲を眺めてみても、


「俺、一人か……」


 どうやらグラナは母艦と運命を共にすることはなかったようだ。他の船体も機体も見当たらず、グラナ機であるオーレルF型R3号機は腰から下を失って物言わぬ骸と成り果てている。


「生きてりゃ御の字、とはいえ……地上に出られるのか? これ」


 はぁ、と額を拭うグラナの腕には赤い血がべっとりとこびりついていた。

 慌ててグラナはバックパックから包帯とガーゼを取り出して、額に開いていた裂傷にあてがい包帯をぐるぐる巻いて止血する。何事も鈍いグラナは当然、自分の痛みにも鈍いのだ。


 無論、その心が訴えている嘆きや苦しみの声に対しても。

 だから仲間とはぐれ、どころか自分を唯一雇ってくれたリヴィングストン傭兵団が全滅しているかもと、心のどこかで覚っていても歩き出せる。


 それがグラナにとって幸せか否かは別として、だが。






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