■ 03 ■ 人嫌いヘイズ
右も左も分からないまま街の方向へコンパスを頼りに地の底を進むこと、腕時計が示すに三時間。
「灯りだ……まさか、人が暮らしているのか?」
地底空洞を進んだグラナの前に現れたのは、どこからどう見ても人工的としか言い様がない、砂に埋もれた鋼の壁である。
その壁に設けられた窓から零れている赤でも緑でもない柔らかな乳白色の光は、それが人の存在を端的に示している。
鉄の扉をゴンゴンとノックするも反応は無し。仕方なく扉に備えられた取っ手を握ると、鍵はかかっていなかったのだろう。自然と扉が外開きに開く。
「ごめんください、誰かいませんか」
問いかける声に反応はなく、仕方なく誘導灯に従ってグラナが足を進めた先、いきなり開けた空間に出てしまったグラナは、二度三度と目を瞬いた。
「なんだこれ……
一見して格納庫にしか見えない広大な空間には、三機ほどのARMがハンガー内で屹立しており、その隣では今まさに
オセラスが解体されている。それ自体はいいのだ。ARMの装甲はオセラスと同じ積層ハードキチンであり、というかARMというのは人がオセラスを殺す為に作り上げた、人造オセラスと言っても過言ではない。
だから素材には互換性があるし、討伐したオセラスを素材として解体するのは何もおかしくはない。
問題はその
ここはおかしい、これは異常だ、とグラナが腰に佩いていたソードロッドを引き抜くと、
「人ん
音も無く後ろから現れた人影にヒョイとソードロッドを奪われてしまう。
「どこのどいつだ。敵か味方――の筈はねぇ。敵だな。なら死ね。死ぬのが嫌ならここで見たものを忘れて消えろチンカス」
振り向いたグラナの前にある人影は――
「
控えめに言って、生きている人間のそれとは言い難い顔色をしていた。
「ふざけろカスが、ただ長時間日光を浴びてねぇだけだ」
なんというか、いや、肌が真っ白なのはそれで許そう。だがそれ以外にも色々と酷い。
黄色い瞳の眼下は落ち窪み唇はガサガサ、その肌に血の気はなく紫色の髪は解れ埃を被っていて、これを死体が動いている以外にどう言えというのだろう。
そうグラナが怯えていると、グラナより年上――大凡十七、八歳程度に見える相手はグラナに段々と怒りがこみ上げてきているようだ。
「強盗がよぉお、勝手に人ん
「ま、待ってくれ、そういうつもりじゃなかったんだ。あやまる、謝るよ!」
慌ててグラナはその場に跪いて額を床にこすりつけると、一応土下座に誠意ありと見做してくれたようだった。
チッと舌打ちした男が掌でソードロッドを弄びながら「立てよゴミカスが」グラナに起立を促してくる。
「で、どこのどいつだ? 新聞の押し売りなら契約特典だけ置いてとっとと帰れ」
「……俺、新聞配達の兄ちゃんに見える?」
「うるせぇぞカスが! 俺に聞くんじゃねぇ! 質問しているのはこっちだクソ強盗野郎が!」
襟首を掴まれ壁に押しつけられれば、武器は相手の手の内だ。いくら鈍い事を自覚しているグラナでも黙るしかない。
「いいか聞かれたことだけ答えたらとっとと死ぬか
「……お墓を、作ってくれているんだ」
そうグラナに問われた男は、流石に今ここでそんなすっとぼけたことを聞かれるとは思わなかったのだろう。明らかに意表を突かれたようだった。
口の中で文句にならないような何かを粉々にかみ砕きながら、幽鬼のような顔でグラナを睨んでくる。
「化けて出たらどうする。俺は人が
多分コイツは本気で言ってるんだろうな、とグラナはなんとなく思ってしまった。人が嫌いなのも、幽霊が出たら一人じゃなくなるから嫌だと思ってるのも、多分どちらも。
青年が黙り込んだすきに、グラナは向き直って額に手を当てて敬礼。
「リヴィングストン傭兵団所属
「
疑いつつも、グラナの服装が
無駄な勘ぐりをする気もなさそうな男は、そろそろ手の内にあるソードロッドを持て余してきたようだった。
「貴官のお名前を拝聴しても宜しいでしょうか?」
「カスが、俺の高尚な名を強盗如きに聞かせてやる道理がどこにある?」
男がそう吐き捨てるように言い終えるのとほぼ同時、
「ヘイズ、介錯は終わった――」
そう言いさし通路から格納庫へ入ってきたのは、人の身丈ほどもある狼だ。
全身を豊かな灰色の毛で覆った人の言葉を話す狼が男を見、グラナを見て僅かに驚いたように翡翠色の目を見開いた。
「なんと、這々の体でここまで辿り着いたか瀕死かと思いきや――この深度でよくもまあ五体満足でいられたモノよ。普通なら機体が圧壊して死に至るモノだが」
「喋る獣……まさか、
「生まれたて故、街一つを守るほどの力はまだ無いがな」
グラナの問いに、狼は悠然と頭を上下させる。
「天なるアヌの毛皮より零れ落ちたウプウアウトのセドである。若いの、名を何と呼ぶ」
「グラナ・セントールです。リヴィングストン傭兵団所属の
「ふむ、
そうセドと名乗った獣に言われてようやく鈍いグラナは思い出した。そう言えば、他のメンバーや護衛艦の面々はどうなったのだろうか?
そんなグラナの表情の変化を読んだのだろう。少し悲しそうにセドが目を伏せて首を横に振る。
「上の戦なら終わった。人の生き残りはおらぬ」
「そう……ですか」
薄々分かってはいたが、やはり改めて聞かされれば鈍いグラナでも胸が痛む。
生存者は無し――待てよ、ならば、
「ッ! 残ったオセラスは!?」
グラナらリヴィングストン傭兵団を全滅させたオセラスの群れは、では今どこで何を?
そんなことは問うまでもない。
「オンボスの街の方へと向かっておるようだな。ソベクの輩がさて、無事生き仰せるかは運次第と言ったところか」
あらかた戦力を失った街は、容赦なく蹂躙されるということだ。
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