■ 04 ■ 実験機






「そ、そんな呑気な事言ってる場合じゃないだろ!」


 要するにこれから眼紋獣オセラスの群れがオンボスシティへと到達するわけで、それを座視しているなど、


「オンボスシティの守備隊は俺たちと一緒に全滅しちゃってるんだ! このままじゃ住民が一方的に殺されてしまう!」

「それがどうした?」


 虐殺が始まる、と指摘されても青年は顔色一つ変えず、馬鹿を見るような目でグラナのソードロッドを突きつけてくる。


「群れなきゃ何もできねぇゴミカス共がプチッと踏みつぶされるだけだ。それでお掃除は綺麗に完了、結構なことじゃねぇか」

「相済まぬ少年、身共等は既に世捨て人よ。俗世の有象無象とは距離を置いて久しいのでな」


 こんな辺鄙な、どうやっても死者以外は辿り着けないだろう場所で暮らしている両者である。

 人の暮らしなどどうでもよい、と遠回しに告げられたグラナの脳裏に否応にも花開くのは――忘れ難い、焦れるような記憶だ。




――燃え落ちる家屋。人の爪や髪が燃える吐き気を催す臭い。



――女子供を逃がそうとして、生きたまま三ツ目トリキュラ踏みつぶされる男衆。



――背中から切りかかられ、転んだ少女に群がって腑分けにしていく一ツ目モノキュラの群れ。





「……冗談じゃない、人が死ぬんだぞ」



 あそこからグラナは助けられた。一人で生きていける若者だからと助けられた。

 あの場で死んだ両親や妹を差し置いて、グラナは燃え落ちるハードラット村から優先的に運び出された。


 なんのためにグラナは生き延びたのだ? そんなの、決まってるじゃないか。


「貴方たちはあんな立派な応戦機ARMまで持っているのに戦わないんですか!?」


ARM、Anti Raider Moduleはその名の通り侵略者たるDEMONと、その先兵たるオセラスと戦うために作られたモノじゃないかと。

 そんな血を吐くようなグラナの問いに、あくびをしながら青年は目に浮かんだ涙を擦り落とす。


「そいつは実験機だ。戦闘用じゃねぇが――乗りたきゃ貸してやる」

「! 本当ですか!?」


 一瞬、グラナは自分の耳に飛び込んできた男の言葉が聞き間違いかと錯覚した。

 散々グラナを嫌そうに扱っていた男が紡いだ、あり得ないほど都合のいい話だ。何か裏があるのは間違いなく、


「動くようには作ってある。操縦方法も一般的なARMと同じだが――そいつぁ失敗作でな。乗った奴は死ぬ。それでもいいなら行け」


『乗った奴は死ぬ』。


 まるで雲の流れでも語るかのような気楽さで、男がグラナの絶死を告げてくる。

 そも、実験機とはなんの実験なのだ? 最初に抱いた疑問も解決していない。まるで一ツ目モノキュラを配下のように使っているこの男は一体何者で、こんなところでいったい何のために――


「ありがとうございます! ちゃんとお返ししますから!」


 だが、その先は今考えるべきことではない。

 グラナはADアームドライバで、目の前に稼働できるARMがある。

 そしてグラナが戦わなければ、オセラスがいずれ街へと雪崩れ込む。


「いっちゃん手前の奴だ。それ以外は調整中で歩くこともできねぇっつぅか、まだ組み上がってねぇしな」

「分かりました!」


 一度青年に頭を垂れて、グラナは格納庫の階段を駆け上がる。

 そのままブリッジを駆け抜けて、一番手前にあった機体のコクピットハッチを開放すると、


「――な、なんだ、これ」


 コクピットの中を覗き込んだグラナは面食らった。正直リヴィングストン傭兵団が使っていたオーレルF型もかなりの型落ちARMだったが、このコクピットはその比ではない。

 計器はデジタル式ではなくアナログだし、ついでに一部は7セグメント表示とは冗談がキツイ。しかも7セグはLEDですらない機械式だ。何十年前の骨董品を使っているのか。


「頼む、ちゃんと動いてくれよ……」


 だが古い新しいも今論ずべき事ではない。重要なのは動くか動かないかだ。


『EPU始動、コンプレッサーの電圧安定、内部電源動作へと移行する』


 どうやら外で男が外部電源から機体を起動させてくれたらしい。グラナの前に映し出されたディスプレイには、見たこともない文章の羅列が次々と流れていく。

 OSもオーレルF型とは大幅に異なっているようだが――


『ブリッジの移動を開始するが、本当によいのだな? グラナ少年』

「はい!」


 機体の前に渡されていた橋が二つに割れて、進路が確保される。そのままグラナが操縦桿を動かせば――問題ない。

 コクピット周りが古いだけでこの機体はちゃんと動く。


『ハッチを解放するが――其方もよいのだな? ヘイズよ』

『ああ、失敗作を後生大事に抱えてたって次には進めねぇ。後腐れ無く処分するにゃぁいい機会だ』


 マイクが拾った音声はあまりに不吉極まりない――というよりヘイズという青年にとってこれは本当にゴミの処分なのだろう。

 グラナには何も期待などしていない。グラナがオセラスを倒せるとは微塵も考えていない声音。

 この機体がオセラスに破れて修復不能のスクラップになることを期待して、彼は今グラナを戦場へ送り出そうとしているのだ。


 それでも、グラナは戦える。何事も鈍いグラナだから、死の恐怖などもねじ伏せて戦える。

 それがグラナにとって幸せか否かは別として、だが。


 機体各部に内蔵されたセンサが起動したのだろう。左右と正面のディスプレイに格納庫内の光景が映し出される。


武装ソードロッドはテメェの機体のを使え。無いなら素手で戦って死ね』

「了解」


 オーレルF型の上半身が残っていてよかった、とグラナは安堵の吐息を零した。

 出撃準備は第二シークエンスへと移行、武装選択を省略。

 第三シークエンス、Fluence魔力 Distribution式分配 Armor装甲を展開。白磁の機体がグラナの魔晶マギスフィアと同じ、赤い色へとその有様を変えていく。

 第四シークエンスとして簡易耐震結界A E Fが起動。ここまでは問題なし。


「そういえばこれ、なんて機体名なんですか?」


 気になって尋ねてみたグラナに対する答えは、


『いちいち実験機に名前なんぞ付けるかよダボが、コールサインが必要なら究極ナマズンゴとでも名乗っとけ』

「い、嫌ですよそんなの!?」

『……そうかぁ? 格好いいだろうによ』


 あ、こいつセンスが底辺な奴だ、と覚ったグラナは黙って流れる起動ログに視線を向ければ、一体なにがなんだかよく分からない霊譜スコアが次々と起動している。

 霊譜スコアはFD装甲や簡易耐震結界A E Fの維持の他、機体の制御にも用いているので別段不思議ではないのだが――




――乗った奴は死ぬ。




 そのヘイズの言葉が、グラナの脳裏にこびりついて離れない。だが、それでも。


 メッセージログが停止する。第五シークエンス完了。

 機体の正常起動を告げるログを吐き出した後、デバッグコンソールが折り畳まれて脇へと収納される。


 計器を確認。霊輝炉心ステラコア、出力安定。全身各部のチェック異常なし。

 問題ない、この機体はちゃんとグラナの操縦に従って動いてくれる。魔力消費も通常の範囲内だ。

 乗れば死ぬと言われて真っ先に頭に浮かんだ、強制的に魔力を吸い上げられるような死に方ではないようだが……


 ザリッと異音が鳴ったあとに、


『地上までの経路はナビを表示しておいてやる。あぁ格納庫内でスラスター吹かしたら必ず死なす』

「りょ、了解!」


 表示された矢印に従いグラナは機体を歩かせ、解放されたハッチと向かい、


「グラナ・セントール、出ます!」


 地下空洞に出てハッチから十分距離を取った上で、スラスター噴射。

 一気に巨体が移動し、擱座したオーレルF型が擱座した場所へと戻り、


「……上手く扱えなくてゴメン、3号機」


 二振りのC8ソードロッドを引き継いで、グラナは画面上に表示される誘導に従い機体を走らせる。

 今更ARMが一機戻ったところでできることなどたかが知れているが――それはグラナが何もしないでいい理由には成り得ない。


「せめて四ツ目テトラキュラの一体でも沈めてやる……!」


 そうグラナが操縦桿を握る横で、何の機能を動かしているのかも分からぬ霊譜スコアが紡がれていく。






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