■ 16 ■ フィリオ=ユスティーア・ボレアリウス Ⅱ
その日の夜、ほぼ裸に近い格好を強要され、案内役に従って訪れた部屋でフィリオを待ち構えていたのは国王でも王子でもない。
「ヒュー! どんな
「こいつを好きにしていいって本当かよ!」
「見ろよあの何一つ隠せてねぇ格好! 最下級の売女だってあんな服は着てねぇぜ!」
何処をどう見ても貴族どころか庶民でもない。連中の腕に例外なく刻まれた刺青は犯罪者の証である。
犯罪者の群れに放り込まれたフィリオは無我夢中で抵抗し、何とか離脱して与えられた客室に戻ることはできたものの、
「あの娘は国王の寵愛を拒絶して逃げ帰ったのだ」
一夜にしてティエント王城内ではそれが事実として広められていた。
周囲の貴族たちからやれ「口だけの小娘」だの「王族の覚悟なき淫売」だの陰口を叩かれ、挙げ句には「身体で媚を売りに来たくせに」とまで罵られならが、失望のままに帰国したフィリオを待ち受けていたのは、
「どの面下げて帰って来れたのだ、お前は!」
容赦の無い兄からの叱咤と打擲のみでしかなかった。向かった先に国王などいなかった、いたのは犯罪者だけだったと言っても信じて貰えない。
「王城の一室に犯罪者を招き入れる王族がどこにいる! 我が身可愛さで出鱈目ばかり並べ立てるな!」
そう怒鳴りつける兄を、フィリオは完全には恨みきれなかった。フィリオ自身すら、あの夜あの部屋で見た光景は夢か幻だったのではないかと思ってしまうほどなのだ。
それほどまでに品性と礼節に欠けた行いを、仮にも王族がするなどとは、フィリオの常識でも認められない。兄が信じないのも当然のことだ。
フィリオが十五歳になったその年、ボレアリウス国防軍のARM損耗率が五割を超えた。事実上の全滅である。
ここに来てフィリオはようやく、ティエントにとって口実など何でもよかったのだ、という事実に思い至った。要は難癖を付けられれば何でもよかったのだと。
ティエント国内は平穏であり、ティエント国民は王の統治に感心し街は平和で活気に賑わっているとのこと。
如何なる手段を用いているのかは不明だが、ティエント、ボレアリウス両国を脅かすはずの
これまでは周辺各国から傭兵などを集めて凌いできたが、それも限界が来た。金銭的な面もあるが、どうやら他国に「ボレアリウスは傭兵を肉壁として使い捨てている」という噂が流れているらしいことを聞いた。
どうせ、それを流しているのはティエントだろうが。カバーストーリーを立てようにも、数多の傭兵がボレアリウスの地で戦って散った事実が、それを困難なものとしている。
「王家の
そう、国王たる兄から命令と共に与えられたのは王家に伝わる、先祖が用いたと言われる一機のARMだ。だが、それは――
「あの機体は誰も動かし方を知らない、誰も動かせない機体です。せめて、まともに動くARMを下さい、兄――いえ、陛下」
「他のARMは全て国を守るために稼働中である。他者のARMを現地で調達するような傲慢は許さん」
なるほど、とフィリオは理解した。どうやらこれは民を鼓舞するために死んでこい、という命令なのだろうと。
「お前が先か。遠くない未来に私も後を追うだろうが」
フェルブスの次男であり、王位争いから抜け最近はすっかり丸くなった下の兄フラクタがそう、そっとフィリオを抱きしめて語る。
「兄上も不幸なのだ。当然、お前の方がよほど不幸だろうがな。ただそれだけは分かってやってくれ」
「フラクタ兄様……」
「死ねと言われてまで頑張らなくていい。逃げてしまいなさい、フィリオ。後始末は私が請け負うから」
フィリオの額にそうキスをした次兄はしかし、自分は逃げる気はないようで。
「私は腐っても王家の男子だからね」
そうして次兄を王都に残し、フィリオは動かないARMと側仕えにして護衛のオルトリンデのみを輩とし、王城をあとにした。
もう、ここに戻ることは未来永劫ないだろう、と堅く心に決めて。
§ § §
「そうして、アレを動かせる
「想像以上にアホくせぇ話を聞かされちまったぜ、笑えてくらぁ」
「今の話聞いて最初に出る感想がそれって、少しは空気読もうよヘイズ」
今にも激発しそうなオルトリンデにグラナはヒヤヒヤものだが、当然のようにヘイズはそんなことはどうでも良さそうにヒラヒラ手を振ってウィスキーを呷る。
「これが笑わずにいられるか? 大戦を経て人類圏が面から点にまで縮小してなお、人は人から土地を奪うことしか考えてねぇ。その結果が奪うべき土地は砂の中に沈みました、ってオチだ。この観点で見たら勝者は誰になる?」
ヘイズの言いたいことを誰もが即座に理解した。鈍いグラナも含めて理解した。
その観点で言えば勝者はボレアリウスでもティエントでもない、
「人類の
「その笑い話の登場人物が俺たちじゃなければね」
「……私が、」
「ぁん?」
「私がティエントで犯罪者たちの慰み者になっていれば、この状況は回避できたんでしょうか……?」
沈痛な面持ちで問うフィリオを、
「もしそう本気で考えてるならお前の脳みそは飴細工で出来てんだろうよ」
ヘイズはやはり鼻で笑い飛ばす。
「何でヘイズは『君のせいじゃない』って一言を伝えるのがそうなるんだよ」
「忘れたのかグラナ、俺は人間って奴が嫌いで女はさらに嫌いなんだよ」
お前が悪いわけではないけど、それとは別の個人的理由でお前が嫌いだ、という話なのだろうが……せめて時と場所を読んで欲しいとグラナが思うのは当然だろう。
「キャプテンは人間じゃない、んですか」
そう尋ねてくるムツキに、ヘイズは指をくるくる回しながら応じる。
「毀壊病に罹患した奴は人間扱いしなくていい。そう歴史が作られてきた今だ。善良な市民と、効率的な政治を望む権力者がそう規定した」
反論しようと身を乗り出したオルトリンデを目だけでヘイズは制し、お盆を抱いて控えているムツキではなく、その隣にいるキサラギへと視線を向ける。
「そこの白いのが率先して俺を人間扱いしなかったわけじゃないが、毀壊病患者を人間扱いしてない一人でもある。であれば俺にはブン殴る権利はあるだろ? そいつは全ての諸悪の根源じゃないが、それを形作る一人なのは事実なんだからな。こっちだって辛いの耐えてるのに、反撃しちゃダメなんてちゃんちゃらおかしいってもんさ」
そう笑ったヘイズはウィスキーのグラスを乾かすと、一同に解散を促した。
「自分はどうするか、どうしたいのか。このままだと滅びるであろうユーグリスに戻るまで三日の旅だ。死の今際に後悔しないよう、よく考えておくんだな」
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