■ 15 ■ フィリオ=ユスティーア・ボレアリウス Ⅰ
「到着したぞ、小娘。ペキニエだ」
潜望鏡の光景を写したモニターを睨みながら、ヘイズがそうフィリオに告げる。だが、
「貴方は我々を馬鹿にしているのですか」
フィリオの側に使えるオルトリンデという名の黒髪の侍従がそう、噛み付くような声で問うのは当然の話だ。
モニターに映っているのはただの、一面の砂漠だ。ペキニエの街並みなど影も形もない。何にも無い砂漠に連れてこられて、これがペキニエだなどと――
「どういう、意味なのでしょうか……」
「見たまんまの意味だよ。ここがペキニエだった土地だ。座標に間違いは無い」
座標的にはペキニエであるというそこにはしかし、一面の流砂しかなくて、だから、
「輩たるドゥアムトが倒れたか」
「……それは、ペキニエを護っていた
グラナの問いに、セドが冥福を祈るように瞳を閉じながら頷いた。
即ち
「そ、そんな……一夜にして都市が沈むとか、そんな、そんな話は聞いたことがありません」
ぺたん、と力無くフィリオが艦橋に
「ユーグリスに戻るぞ。あそこがこうなる前にグレゴリの奴ぐらいは連れ出さにゃあならん」
「ま、待って下さい! 何が、何が起こったかを突き止めるために調査を行なわないと……」
「調査も何もねぇだろ?
「で、ですがペキニエは最前線です。それなりのARMが配備されていて、戦力としては――」
「だから、それ以上の
「ギョイ・ヘイズ」
有無を言わさず会話を打ち切って、ヘイズは艦を回頭させる。
「早すぎる――いや、違うな、俺が遅すぎたか」
「ヘイズ?」
「ガンルームだ。酒も無しにできるような話じゃあねぇ」
そうしてガンルームに集った一同はウィスキーの注がれたグラスを手に一度献杯し、
「俺たちは逃げるが、テメェはどうする? ボレアリウスのお姫様よ」
そうフィリオに問えば、グラナもムツキもキサラギも聞いてないよと目と口を丸くしてしまう。ヤヨイは全くの自然体だが。
「……ご存じだったのですね」
「あんなモンを持ち出せる人間なんて王家の連中ぐらいだからな」
格納庫の方角を睨みながら、ヘイズがそう嘆息する。
「話を聞かせろ。内容次第ではアレを動かせるようにしてやる」
「! 本当ですか!? ……いえ、でも、今更ARMが一機動かせるようになったところで――」
そう嘆くフィリオに誰もが賛同する中で、しかしヘイズだけが静かな怒りを湛えているようでもある。
「とにかく、まずは何が起こっているのかだ。精々同情を誘う話でもしてみせろ」
§ § §
何処で何に気付き、どう行動していればこの状況を回避できたのか、未だにフィリオには分からない。
気付いたら状況は既に固定されていて、そしてそれは全て己のせいということになっていた。
フィリオ=ユスティーア・ボレアリウスは前ボレアリウス国王フェルブスの娘としてこの世に生を受けた。
二人の兄が先に生まれていたため、フィリオの役目は他の国、ないしはボレアリウスの有力貴族に嫁ぎ、ボレアリウス王国の地盤を固めることである。
だがそれと同時にフィリオは水の
ただ、それは
「お前は花嫁教育だけしていればいいんだよ」
「戦場に出しゃばってどうするんだ。私たちの役目を奪おうという腹づもりか?」
二人の兄からの風当たりは強く、しかし父は父で、
「いざという時に王族が戦場に立つ、というのは例えポーズであっても重要なことなのだよ、フィリオ」
そうフィリオに言い含めてくるもので、これを覆す力をフィリオは持たなかった。仕方なく
家族仲は冷え切っていたが所詮王族なんてそんなもので、毒殺や暗殺による王位継承権の上下は世の常であり、別段フィリオが歴代の王族として一際不幸な立場だったわけではない。
そうして花嫁教育と
そろそろフィリオという駒をどう使うべきか考えていた国王フェルブスの元に、隣国ティエントから内々に婚約の打診が届いた。両国の友好のため、フィリオを我が国に嫁がせないか、というものである。
論外であった。というのもフィリオの婚約相手として打診してきた相手は齢五十を超える現国王その人であり、フェルブスよりも年上、しかもティエントには御年二十二になる立派な長男がいる、という状況である。
控えめに言ってこれは馬鹿げた打診であり、これを受けることにボレアリウスの利は何一つないどころか害悪と言ってすらよい縁談でしかない。フィリオの意を確かめるまでもなく、フェルブスはこれを丁重にお断りした。
それは父としても王としてもごく真っ当な判断であり、この点においてフェルブスを責めるのは何処をどう考えてもおかしな話でしかない。その筈だった。
国内視察に出た国王フェルブスが、まさかの国内、しかも内地で
DEMONによって大陸全土に
国にとっての益となるのは
要するに国というのは、そのネットワーク間に生まれ出でる
そしてその国境緩衝地帯に生まれる
だが、
「何故だ、何故
父フェルブスの後を継いで国王の地位に就いたフェルブスの長男フロルスはそう、怒りを握りしめた拳を玉座の肘置きに叩き付ける。
理由が分からない、理屈が分からない。だがフロルスが王座についてから、ボレアリウス=ティエント間の国境が大きく押し込まれているのは厳然たる事実だ。
ティエントに協力して国境付近の
「フィリオ王女が我が
先王フェルブスが生きていれば、いつの間にかフィリオへの縁談が国王から王子にすり替えられていることを指摘しただろう。
だがそもそもが内々の話であり、詳しい話まではフロルスも把握しておらず、そして今やティエント国内では、
「フィリオ王女が王子との縁談を口汚く罵って拒絶した」
という噂がまことしやかに広まっているとのことだった。
「何故お前は王子との縁談を断ったんだ!」
兄に呼びつけられ、そう詰問されたフィリオは何がなんだか分からない。そも縁談の話があったことすら青天の霹靂である。
誤解だ、何かの間違いだと言ってもフロルスは信じなかった。フロルスはフロルスで、引き継ぎも無しにいきなり国の危機を背負うことになった重責で精神の平静を欠きつつあったのだ。
「お前さえ……お前さえ嫁いでいれば上手くいったものを……」
ことある毎にそう恨み言をぶつけられた御年十四のフィリオは故に決心をし、国境の危険地帯を抜けてティエント王家を来訪、自分の身一つで事を収めてくれるよう国王に懇願した。
「そうさの、儂を愉しませることができれば考えてやらぬでもない」
そう下卑た顔で告げられ、フィリオは一度客室へと戻される。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます