■ 14 ■ 逃れがたきもの Ⅱ






 もっとも、そんなことはヘイズにとってどうでもいいので、


「ヘイズ! 買い物終わったぞ――ってあれ? 仕事の交渉中だった?」

「ちげぇよ。ご苦労だったグラナ。ムツキ、買いたいモンは買えたか?」

「はいキャプテン! 明日からはプリンだって作れます!」

「そいつぁけっこう。グラナ、荷の積み込み急げ。終わったら出港するぞ」


 白黒の少女たちをガン無視して、買い物から帰ってきたグラナたちに出港を伝えるのである。

 もっともヘイズが二人を無視できても、グラナたちにはそれが難しいわけで、


「もう一度伝えます、貴方がたの船には書類偽装の疑いがかかっています。無理に出港すると砲撃の対象になりますよ」


 そう言われると真っ当な思考を持っているグラナやムツキ、キサラギはギョッとして立ちすくんでしまうわけである。


「ちょ、ヘイズ!? この人たち無視して大丈夫なの? なんか偉そうな人たちだけど」

「あ? 外枠が偉いだけで中身はクズの暴力ゴリラだ、相手にする価値もねぇよ」


 中身がクズの暴力ゴリラはヘイズも同じじゃないかな? とグラナとムツキは顔を見合わせてしまうが、口に出さない程度の判断力は備えている。

 その横でキサラギは冷静に「自分と同じタイプの相手って嫌いになるんですね」と鋭い視線で現場を検分していた。流石は可愛いオペレーターである。


 なお、その横にいるヤヨイは何も考えていない。呑気なものである。


「……お尋ね者になっても構わないと?」


 白い少女の問いを、


「もうすぐ滅びる国が張ったレッテルなんざ誰も気にしねぇよ」


 ヘイズはいっそ玲瓏とすら思えるほど容赦なくこき下ろした。


「お、お前にお嬢様の苦悩と苦痛のなにが分かる!」


 黒髪の少女がそう吠えるが、それすらもヘイズにとっては失笑ものでしかない。


「覚えとけ汚物ども。不幸合戦ってのはな、先に始めた方が負けなんだよ。もう他に打てる手がねぇっていう何よりの証だからな」


 そう言い捨てて、ヘイズが服の一部を捲り上げると、その下にあるモノを見た二人の少女があからさまに怯えて後ずさった。


 本来皮膚があるべき場所を覆っているのは装甲で、筋肉の代わりにパイプのような何かがそれを支えている。

 装甲の隙間からシリンダが鈍い金属の輝きを放っているそれは、控えめに言って人の肉体ではない。


「毀壊病……!」

「そうだ。俺を人間扱いしないお前らが押しつけてくる法を、どうして俺が守る必要がある? そりゃあ人間のための法律だろうよ・・・・・・・・・・・・?」


 その一言にどれだけの怒りが込められているか、あまりにサラッと言われたためにその場の誰にも理解はできなかっただろう。


人間なら人間らしく・・・・・・・・・人間同士で殺し合ってろ・・・・・・・・・・・ゴミクズが。俺の眼紋獣オセラスとの戦いを邪魔するんじゃねぇ。行くぞグラナ」

「いいのかい? ヘイズ」

「そいつらに関わると様々な理屈でがんじがらめにされて、人間のお前は人間と戦わされるぞ・・・・・・・・・・・・・・・。グラナ、お前はARMで人間を殺したいか・・・・・・・・?」


 そう指摘されて、鈍いグラナはようやく理解した。ヘイズはやはり優しい男なのだと。

 グラナが実験機で人を殺し、その死の欲動に苦しめられることがないように、と。そこまで考えての選択なのだ、と。


 ただ、グラナとしてもそれで即座にヘイズに頷けるわけではない。ヘイズの言葉には一部詭弁がある。


 なぜならヘイズは未だ人間社会で作られた道具と技術と法の恩恵に預かっている。人間社会の通貨で人の作り出した道具を買っている。

 故に、その社会が作り維持している・・・・・・・・・・・・・利便性を享受する者には・・・・・・・・・・・何らかの形でその社会に・・・・・・・・・・・還元をする義務がある・・・・・・・・・・。それをやらない物は、ただのコソ泥と同じだ。

 もう少し上品に言うなら、脱税者と同じ恥知らず、ということだ。無論、税金が正しく使われる社会であることを前提として、だが。


「……お願いがあります。私たちとあのARMを、ペキニエシティへ届けて頂けないでしょうか?」


 そう白髪の少女が切り出してきて、


「行きたきゃ勝手に行け。どうせふねぐらいいくらでも用意できる身分なんだろ?」


 それをヘイズが鼻で笑う。


「今、この情勢でペキニエへ向かいたい船などありません。ご存じではないのですか?」

「そりゃまあな。この国の大都市の中では一番ティエント王国との国境に一番近ぇんだしよ。ははぁ、なるほど? 大事なお国の船の代わりに俺たちを危険に晒そう、ってわけだ」


 そうなおもヘイズが煽るが、多分ここら辺が落しどころだろうとグラナは判断した。


「連れて行ってやろうよヘイズ。当然、君が乗る船の保証はしてくれる・・・・・・・・・・・・・・んだろ?」


 完全に脱法どころか違法の塊である潜海艦マンジェットを合法と認めさせられる、これは数少ない機会でもあるのだ。

 そうグラナが問うと、少女が「お約束します」と応え、ヘイズはあからさまに怒りと不満を垂れ流しにする。


「連れて行ってやろうよヘイズ。君、ゴミ掃除好きじゃないか」

「あぁん?」

「ゴミを後腐れ無く処分するにゃぁいい機会だ・・・・・・・・・・・・・・・・・。そうじゃないかい?」


 ゴミカスが一番危険な場所に行きたいと行ってるんだから、捨ててくればいいじゃないか。

 そう若干の皮肉を込めて指摘されたヘイズが、苛立たしげに頭髪をかき回した。


「あの船で一番偉いのは俺だ。俺に逆らうものは殺す。俺の邪魔をするな、操艦の邪魔をするな、水は大切に使え。一つでも破ったら八つ裂きにして流砂に投げ捨てるぞ」

「それで、構いません。フィリオ=ユスティーアです、宜しくお願いします」


 ヘイズが問い、少女が応じたことで、口頭ながらも仮の契約は成った。

 次の目的地はペキニエ、ボレアリウス王国の都市の中では最北東にある、ティエント王国に最も近い都市だ。






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