■ 13 ■ 逃れがたきもの Ⅰ
「貴方にはこれが何なのか分かるのですか?」
そうヘイズに問うてきたのは、年頃は十四、五歳ほどだろう。よく梳かれた、輝ける白い髪に、意志の強さを感じさせる深い深い紺藍の瞳。
ほっそりとした身体はぴったり誂えられたオーダーメイドの衣服に包まれていて、その手には白手袋と、何処をどう見ても貴人の装いである。
しまった、とヘイズは一瞬で己がしくじったと理解し、そしてあらゆる感情を滅殺した。
「いや、知らないな。見たことも聞いたこともない」
当然、そう告げても少女は納得など微塵もしておらず、ずい、とヘイズとの距離を詰めてくるが。
「ですが今、なぜこんなものが、と仰ったように聞こえましたが」
「アームハンガーにARM以外のものが納まってりゃあ、そりゃあそう思うのが普通ってもんさ」
「貴方には、あれがARMじゃないと分かるのですね?」
「俺じゃなくてもそう思うだろう。そうだろグレゴリ、フィクシィ?」
そうヘイズに問われた二人も曖昧な顔で頷いた。両者ともアレがARMに見えないという点においては同じ意見だったからだ。
「ですが……」
「すまない、知り合いの子供を待たせてるんだ。会ったことも、ましてや名前も知らない相手に付き合っている暇はちょっとなくてね、悪いなお嬢さん」
ここにグラナがいれば、平然と三姉妹の世話を引き合いに出すヘイズに呆れかえったろうが、幸いここにはグラナはいない。
ただ、グラナより面倒な存在にとっ捕まったようで、
「お金ならいくらでも払います。どうかあれを動かせるようにはしてくれないでしょうか」
少女に完璧な角度で頭を下げられたヘイズは、しかしこれを平然と無視することに決めた。
「俺はここの
「おう、了解だ。また来いよ」
そう少女に背を向けて歩き出す。だが、
「ま、待って下さい!」
少女に腕を後ろから掴まれて、そこが沸点の低い人嫌いヘイズの限界だった。
「触るなクソが!」
思わずヘイズがその手をはね除けて突き飛ばすと、姿勢を崩した少女がハンガーの床にドンと尻餅をつき、
「お嬢様! 貴様、お嬢様に暴力を振るうなど!」
壁に控えていたどうやら少女のお付きらしい少女が黒髪を振り乱しながら腰のソードロッドを引き抜いてヘイズへと突きつけてくる。
年は今倒れた少女の一つか二つ上ぐらいだが、ソードロッドを構える身のこなしは様になっていて、相当鍛えていることを裏付けている。
「チンクシャが、狼藉の次は暴力でこようってか。命令に逆らうことは許さねぇたぁクソの掃き溜めみてぇな思考だな」
「何だと!?」
「力があれば何でも許されると思い込んでる汚物め、とっとと失せろ。目が腐る」
もはや相手にする気もなく踵を返したヘイズの、
「ま、待て貴様! お嬢様の話はまだ終わっていない!」
「ちょ、止めなさいリンデ!」
その脚を狙って黒髪の少女が当然の顔でソードロッドを振り抜こうとして、しかしそれは何もない空間でピタリと制止する。
いや、何もないわけではない。そこにはすでに、
「トラブルは嫌いなのではなかったか? ヘイズ」
「勝手に飛んでぶつかってきたトラブルだ。俺は悪くねぇ」
セドが防壁を展開して、完全にヘイズを守り切っていた。
「
「グレゴリ、其方の工房も随分と治安が悪くなったモノよな」
「勝手に飛んでぶつかってきた暴力だ。俺のせいにしねぇでくれセド」
そんなヘイズによく似たグレゴリの物言いに、セドはぺろりと舌を出して笑った。こいつらは本当に悪友だな、と。
「帰んぞセド」
「うむ。しかしその短気は何とかせいヘイズ。口調だけでも取り繕っておれば喧嘩にはならなんだろうに」
「なんで俺が赤の他人のためにおべっかなんか使わにゃいけねぇんだ。アホらしい」
「もう汝は永久に船の中に引っ込んでおれ」
「おー俺もできることならそうしてぇよ」
そうやって悠然とグレゴリのARM工房から離脱した両者ではあったが、
「見つけました」
マンジェットのタラップに着くより先に少女に回り込まれていて、ハァと顔を押さえながら溜息を零す。
「お願いします。話だけでも聞いては貰えないでしょうか」
「失せろ。時間が惜しい」
「その気になれば此方はお前の船を沈めることもできるのだぞ」
「やってみろ、その時はこの街が流砂に沈むがな」
何を言っているんだ? と白黒コンビが首を傾げるが、マンジェットの艦首には小型とは言え
アレが制御を失って万が一暴走などすれば、こんな小さな街の一つぐらい軽く分解されて流砂の底へ沈んでしまうだろう。
「貴方がたの船には書類偽装の疑いがかかっています。無理に出港すると砲撃の対象になりますよ」
チッとヘイズは小さく舌打ちした。実際、潜海艦マンジェットは探られると痛い腹しかない船だ。
船主はヘイズだが船籍は登録しておらず絶賛脱税中だし、動かしているのは
加えて本来
実験機はヘイズが砂底で集めた数多のARMの残骸を回収して組み上げた所属不明機だし、極めつけが船首に搭載された
嘘でも冗談でもなく、セドがいなければアレはこのユーグリスシティを粉微塵に粉砕してしまうだろう。
要するに潜海艦マンジェットは合法である部分を探す方が困難な、後ろめたさだけで構成された船であるということだ。
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