■ 12 ■ ユーグリスシティでの出会い






「以上で砂上空母マンジェットの入港手続きは終了です。ガントリークレーンの使用権は二時間後に割り振られましたので、時間に遅れないよう船を移動して下さい」

「了解です」


 人嫌いのヘイズの代わりに入港とクレーンの手配を終えたグラナはフゥ、と桟橋で電子端末を手に汗を拭い、タラップをわたって艦内へと戻る。


「新米ADアームドライバに事務処理やらせないでよ、キャプテン」

「港湾職員と喧嘩になるよりマシだろ。それともクロにやらせろとでも言うのか、ええ? 大パニックになるぞ」


 艦内の備蓄一覧を確認していたヘイズがフゥと嫌そうに溜息を吐いた。


「浄水ろ過フィルターに、あと副砲の弾薬も補給しねぇとな。新しいソードロッドを作るための素材も足りねぇし、あぁ霊譜スコアを刻むための白譜ラサもか。ムツキ、補充が必要な食糧のリストアップは終わったか?」

「はい、キャプテン」


 有線接続でムツキの端末からデータを吸い上げて確認したヘイズが、嫌そうに眉をひそめてムツキを睨む。


「いいかクソガキ、俺からすりゃあ貴様らのおやつ代なんざ小銭以下の出費でしかねぇ。だから他の予算に混ぜたりしねぇではっきり書け」

「す、すみません、キャプテン……」

「怒ってんじゃねぇよ、怒ってるように見えるんならそりゃあガキのおやつも許さねぇような守銭奴に見られた俺自身の不甲斐なさにだ」


 ハッと息を吐いたヘイズが怯えているムツキの頭にそっと手を添えて視線を揃える。


「俺の邪魔をするな、操艦の邪魔をするな、水は大切に使え。てめぇらがおやつを食うのはこのどれにも当たらねぇ。そうだろう?」

「……はい、キャプテン」

「わかりゃあいい、次からは堂々と書け。ああ、あとお前らの服とか化粧品――はまだいらねぇか。グラナ、買い出し手伝ってやれ。ガキじゃカーゴも動かせねぇだろ」

「了解。三人とも、危ないから俺から離れないでね」

「分かりました」

「了解です」

「わぁい! ひさしぶりのお買いものだね!」


 やはり不機嫌そうなヘイズや眼紋獣オセラスと共に狭い艦内で生活するのはストレスなのだろう。

 グラナに先に降りているよう告げられタラップを降りていく三姉妹はどこかホッとしたような表情を浮かべている。いや、ヤヨイは最初からホッとしているが。


「早く君の優しさにムツキたちが気が付いてくれるといいんだけどね」

「俺の命令に反してねえ事を許可しただけだ」


 心底嫌そうにヘイズはそう吐き捨てるが、口が悪いだけでヘイズは根が善良であることは鈍いグラナにももう理解できている。


「毀壊病ってのがどういうものか分かればあいつらもすぐに逃げ出さぁ。それまでの我慢だ」

「……」


 そう嘯くヘイズにグラナは何も言えない。信じて裏切られるのは誰だって悲しいのだ。ヘイズがそうやって人を嫌うことを、グラナは咎められない。

 人を信じろ、だなんて。それは容易く口にしていい言葉ではないのだ。その程度は鈍いグラナだって分かってる。


「俺はトラブルが嫌ぇだ。ガキ共の面倒はちゃんと見ておけ、買い出しで余計な騒ぎは起こすんじゃねぇぞグラナ」

「トラブルが好きな人はいないよ、ヘイズ」


 グラナだって過去に、それで傷ついているのだ。

 幼馴染みたちに構って貰ってると思っていたそれが、ただ虐められて馬鹿にされていただけだったなんて。そんな過去は、どうやっても忘れ難いのだから。




    §    §    §




「グレゴリ、てめぇ! グレゴリ! なにてめぇ居留守なんざ使ってやがるんだふざけんなタコ!」


 港で借り受けたカーゴをトラックヤードに付けて、ガンガンとヘイズは搬入口のシャッターを蹴りつける。

 ややあって、


『やかましい! 来客の対応中だっつってるだろうが!』

「うるせぇ港から電話入れたろうが! 俺のために予定を空けとくっつった舌の根も乾かぬうちに掌返してんじゃあねぇ!」

『アポ無しで来たバカがいんだよ! 文句はそっちに言え!」


 ガラガラとシャッターが開いた先にいた男は、既に老境に差し掛かっているのだろう。

 頭髪は半ば以上まで失われつつも、その眼光はヘイズに負けず劣らずギラついていて、だから二人は堅く手を結んで、


「グレゴリ、まだ生きていやがったか。嬉しいぜ」

「お前は変わらないなヘイズ。相変らずクソ短気の早漏野郎だ」


 握手のあとにガッシリとお互いの身体を抱き合って再会を喜び合う。

 服で隠しても、触れば硬質の肉体を持つヘイズの病はそれで覚られよう。それでもヘイズを拒まないこの老人はだから、ヘイズが毀壊病と知っていてなお気にせずいられる数少ない知り合いの一人だ。


「電話で伝えた通り霊輝炉心ステラコアを持ってきた。買ってくれるか?」

「勿論だ。今はどこもARMが足りてねぇからな、こんな老体すら現場でこき使われる始末だ」

「ハッ、テメェを遊ばせとく余裕なんざどこにもねぇだろうがよ」

「お前に言われちゃ皮肉に聞こえるぜ、ええ大天才様よ?」


 グレゴリが指示を出すと、工場員がフォークリフトでカーゴに積まれたコンテナを工場内へと運び入れていく。


「実際のところ、どうなんだ?」


 商談机に腰を下ろし、運ばれてきた茶を啜って簡単にそうヘイズが問うと、グレゴリが半ばはげ上がった額に手を当てて、「正直、悪いな」と呻く。


「ウチの経営だけ見りゃ悪かねぇんだが、かき入れ時と素直に喜べる情勢じゃねぇ。推定されるボレアリウス国防軍の損耗率は、国は隠しちゃいるがもう限界に近かろうよ」

「……何が起きてやがる?」

「これをお前の耳には入れたくねぇが――隣国ティエントと政略結婚で揉めた結果らしいぜ、それで眼紋獣オセラスを押しつけられてるとか」

眼紋獣オセラスを利用して他国を攻める、か。クズ共は本当に救いがねぇな」


 ヘイズは鼻で笑いすらしなかった。人嫌いであるヘイズは既に人類という種を見限っているからだ。


護星獣マリステラに与えられたモラトリアムを、終始土地の奪い合いにしか使わなかった人類らしい無様さだよ」

「言ってくれるな。俺やお前がそう死ぬのは自業自得だが、孫には幸せな未来を見せてやりてぇんだ」

「今日明日の滅びじゃねぇよ、っつってもボレアリウスの亡国は近い未来ってことか。っつうかお前孫なんて生ま」「じいちゃんなによあの霊輝炉心ステラコア! めっちゃイイ出来じゃない!」


 横合いから二人の会話に割り込んできたのは、年頃は十五、六と言ったところか。

 緑色の髪を機械に挟まれないようキッチリ帽子の中に収めた作業着姿が堂に入っていて、油でくすんだ顔がむしろキラキラと輝いているような魅力がある。


「あんな精度と燃費のいい霊輝炉心ステラコア初めて見たわ! そのくせ工房銘が刻まれてないし、いったい誰の作なの?」

「ヘイズ、孫娘のフィクシィだ。クシィ、前に話しただろう? こいつがヘイズ、あの霊輝炉心ステラコアを作ったのもこいつだ」


 そうグレゴリにヘイズを紹介された少女が、満面の笑みを浮かべて安全手袋を外し、ヘイズにスッと掌を差し出してきた。

 瞳でグレゴリに問い、頷いたということはヘイズが毀壊病だと教えている、ということだ。


「ヘイズだ。流れのAMアームマイスタをやっている」

「フィクシィよ。AMアームマイスタ見習い。クシィって呼んで頂戴」


 椅子から立ち上がったヘイズに親愛のハグをしてくれば、女嫌いのヘイズも応じざるを得ない。


「じいちゃんから貴方のことは聞いているわ。凄腕なんだってね! 私が工房を引き継いだあとも宜しくしてよね!」

「こいつの腕は? グレゴリ」

「じいちゃんじゃなくて私に聞きなさいよ! まだじいちゃんには敵わないけど、あと三年あれば超えてみせるわ!」


 バンと商談机に手をついたフィクシィはやおら、ヘイズを見てキャップを被り直す。


「そうだ、あなた凄腕なのよね。ちょっとさっき持ち込まれたARMを一緒に見てくれない? ちょっと私の手には負えなくて」

「おいおい威勢だけはいい嬢ちゃんよ、それでよく三年でグレゴリを越えるって豪語できるな」


 ハッと嫌味ではない朗らかな笑みを返されたフィクシィは、しかし本当に困惑しているようだ。


「普通のARMなら弄れるわ。でも飛び入りが持ち込んできたあれ、凄く変なのよ」

「凄く変じゃ何も分かんねぇだろクシィ、もっとはっきり言え」

「そう言われても……だからじいちゃんも来てちょうだいよ。見れば分かるから」


 そうフィクシィに腕を掴まれ、グレゴリと苦笑いを交わしながら工房のハンガーへと引っ張られていったヘイズは、




「…………馬鹿な」




 そこに収められていた蒼い機体を見上げて凍り付いてしまう。


「何でぇこのARMは。長年AMアームマイスタをやってきたが、俺もこんなのは初めて見るぞ」

「だから言ったでしょじいちゃん、凄く変なんだって。ヘイズはこれ、どこで作られたどういう系統の機体かわかる?」


 そうやり取りする祖父と孫の会話が、ヘイズの耳を右から左へ抜けていく。

 ヘイズの目の前にある機体。高耐錆ウェルアロイからなる一般的なARMのフレームとは異なり、どこか骨張った生身の骨格のような印象を受ける、装甲もあらかた取り払われたその蒼い機体は――





Advent of 天よりHeaven's Marchまいおりしもの……なぜ、こんなものがここに…………」





「貴方にはこれが何なのか分かるのですか?」





 思わず呟いていたヘイズに横合いから声をかけてきたのは、これもまたフィクシィと変わらぬ年頃だろう。

 真っ白の生糸のような御髪を腰まで伸ばした、育ちの良さを感じさせる藍色の瞳の少女である。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る