■ 17 ■ 迎撃準備
「いいか、お前には継戦限界があるんだ。合図を受けたら引け、分かったな?」
「ああ、分かってるよヘイズ」
ヘイズが調整を終えたコクピットに身体を沈めながら、グラナは頷いた。
ユーグリスの街の外には、フィリオの手配で可能な限りのARMと艦艇が布陣済みである。
住民たちは徴発した民間船で女子供から先に避難を開始しており、ただこの避難はおそらく強襲前に完了することは不可能。
故に住民の六割は、
「フィクシィ、あとは任せんぞ」
「了解よ、ヘイズ……だからじいちゃんを宜しくね」
グレゴリは国防軍を支える
代わりにフィクシィがグレゴリから託されてマンジェットに乗り込み、以後作戦行動中の実験機の整備及び修理はフィクシィがヘイズに変わって行なう手筈になっている。
「キサラギ、お前は
『……はい、キャプテン』
伝声管の向こう、第一管制操舵室にいるキサラギに指示を出して、ヘイズはセドを伴い格納庫を後にする。
「じゃあ後は頼んだ、セド。適当に暴れたらグラナの次に回収しに来てくれ」
「本当にそういう流れになるのかね?」
グラナが戦うことを選んだため、気の済むまで戦わせた後、マンジェットはユーグリスに戻りヘイズを回収、潜砂してユーグリスを去る。滅びるユーグリスとは運命を共にはしない。
それがヘイズの書いた筋書きだが――何をどう控えめに言ってもセドにはこのプランが破綻するようにしか見えない。というか破綻ポイントを幾つもヘイズ自身が仕込んでいる。
「其方の悔しさは分かる。間に合わなかったという悔しさは身共が一番分かるつもりだ。だが捨て鉢になっては全てがお終いだぞ、ヘイズ」
「捨て鉢になってはいねぇよ。ただちょっと自分をぶっ殺したくなってるだけだ」
「それを捨て鉢というのだがな」
ハッチの前でしゃがみ込んだヘイズがセドの首筋に腕を回して、その背中を撫でる。
「この先自分たちが戦い続けられるか、ってのはな。命の瀬戸際になってみねぇと中々分かんねぇのさ」
「だから――賭けてみると?」
「そうだ。ここで勝てねぇならこの先もどうせ勝てねぇよ。だからここで見極める。ダメならまた暫くは世捨て人だ」
捨て鉢? そんな愚かなことをヘイズがする筈もない。ヘイズは恐ろしいほどに冷徹だ。
これでダメならまた身を潜めてやり直すだけ、つまりグラナたちを見捨てて隠遁に戻ることを当然のように視野に入れている。
それならば、とセドが頷いた。人類の未来の為だ。それぐらい冷徹でなければ、この先は生き残れまい。
そうやってヘイズが立ち上がり、マンジェットのハッチに手をかけると、
「キャプテン、ちゃんと帰ってきてくれますよね……?」
エプロン姿のムツキにそう声をかけられて、ヘイズは苦笑する。
「俺がいなくなりゃあお前が次のキャプテンになれるんだぜ? 他に成り手がいねぇからな」
「……私、大事なことをまだ言ってませんでした」
「ぁん?」
「私と、キサラギとヤヨイを助けてくれてありがとうございます、キャプテン」
そう頭を垂れるムツキを前にヘイズが警戒していると、頭を上げたムツキが怪訝そうに首を傾げてしまう。
「あ、あの、なんで身構えてるんですか?」
「いや、このパターンはアレだろ? それはそれとしてって包丁ぶっ刺してくる流れじゃねぇのか?」
「……ヘイズよ、其方もうちょっと空気を読んだらどうだ?」
「うるせぇ! 俺の過去の経験だとそうなる流れなんだよ!」
本気で不快そうに喚いたヘイズが、ムツキの頭に掌を当てて、恐々とその髪を撫でる。
「戦闘機動中に火ぃ使うなよ」
「はい」
「危険を感じたらセドを頼れ」
「はい」
「今日の夕飯はハンバーグだ」
「はい、頑張って準備します!」
「ああ、期待してる」
そうしてヘイズは艦を降りる。
ヘイズがやるべき事は、ユーグリスの街にあるのだから。
§ § §
ユーグリス市街からおよそ二千トールの位置には既に、ボレアリウス国防軍のユーグリス駐屯部隊が戦闘展開を終えている。
ボレアリウス国防軍主力ARMであるシヴァリエ96機、大型ソードロッドを両肩に備えた砲戦支援型ARMであるアジルドが32機。
ロケット発射艦十二隻、駆逐艦六隻、軽巡三隻、重巡一隻、その他戦闘支援ドローンが無数。
『国防軍諸君、傾注!』
通信用の
『通達済みであるように、既にペキニエは陥落し、
その声を聞く者たちに、恐怖はあれど後退は無い。後退すれば、後続の都市が次々と流砂に呑まれるのだ。退けるはずがないだろうに。
『王家は我らを見捨ててはいない。その証にARMの調達こそ叶わなかったが、フィリオ王女が現在ユーグリスに留まり我らの戦を見守って下さっている。脱出の脚は既に無く、我らにその命運は託されているものと知れ』
この通達には各個がそれぞれに複雑な思いを抱く。納得するもの、この戦の引き金になった王女がどの面でと憤るもの、王家の生け贄にされたフィリオを悼むもの、
だがどの感情も国防軍の気力を削ぐことはなく、油として火勢を増す効果は十分にあったと言えよう。
視界の向こうで、砂煙が上がる。
『
その陸地に
『撃てぇえええええッ!!』
司令の号令と共に多連装ロケットがバックブラストを撒き散らしながら火花を吹いて咆哮する。
続いて砲艦の砲塔が
打ち上げられた鋼は驟雨となって壁のように迫る
「ARM部隊前進! 鴨撃ちだ、狙わなくても当たるぞ! 撃って撃って斬りまくれ!」
命令と共にシヴァリエが三機一班になって前進を開始、
ここから先は殺意渦巻く鉄風雷火。語られるべき言の葉も無く、人を為す情の全てが無価値。
やるべき事は、求められることはただ、
切り裂き、
撃ち抜き、
焼き潰すこと。ただそれだけだ。
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