■ 11 ■ 生計を立てよう






「さてこれからの行動指針だけど、何をするんだいヘイズ」


 オンボスシティを出港して四日。潜海艦マンジェットはどこかに向かっているようだが、その行き先がいまいちグラナには分からない。

 元より砂上空母リヴィングストンでもずっとシミュレーションしかやってなかったグラナである。社会情勢や地理には疎いのだ。


 故に夕食後、ガンルームに詰めているヘイズに尋ねてみると、ヘイズは僅かに未練がましい視線をグラナに向けてくる。


「まずは金だ。てめぇに給料を払うための内部保留を確保せにゃならん」


 自分とセドだけならなぁなぁで済ませられるが、グラナには契約として金を払わねば、というヘイズの誠意はまぁありがたいのだが、


「仕事割り振ったんだからムツキたちにも給料払いなよ」

「ああ? まともな仕事って言えるレベルになったらな」


 言外に食わせてやっているだけありがたく思え、という態度が明け透けであり、これは支払う気はないな、と分かってしまう。

 もっともグラナとて半ば三人の乗艦を勢いで押し切った後ろめたさがある手前、そこはあまり強く出るわけにもいかない。


「リヴィングストン傭兵団の報酬が手に入りゃ早かったんだが――まぁ、無い物ねだりをしても仕方ねぇ。現ナマはこっちで用意すらぁ」

「どうやって?」

霊輝炉心ステラコアを売る」


 ARMの動力源である霊輝炉心ステラコアだが、これは眼紋獣オセラスが搭載している鉄輝核メタルコア護星獣マリステラの力で書き換えた物である。

 一応、どのオセラスの鉄輝核メタルコアからも霊輝炉心ステラコアは作り上げることはできるが、ARMを動かすためには最低三ツ目トリキュラ以上の鉄輝核メタルコアでないと厳しい。


四ツ目テトラキュラ鉄輝核メタルコアは三つ、組み上げ中のARMは二つだ。一つ売り払えば当面の内部保留としちゃ十分だろ」


 ARM一機のお値段はADアームドライバ一人の生涯年収の、少なく見積もって十倍弱だ。その心臓部である霊輝炉心ステラコアともなれば、一つ売れればグラナの給料なら十年分以上は余裕で支払えるだろう。

 しかし、


「出所も不明な、誰が作ったかも品質も保証されない霊輝炉心ステラコアなんて買ってくれる人がいるのかい?」


 霊輝炉心ステラコアはARMの心臓部だ。で、あればこそ誰だって不良品など掴まされたくはない。

 嘘か真か分からないが、安物の霊輝炉心ステラコアを積んだARMがドライバごとオセラスに成り果てたなんて怪談はADアームドライバの間でまことしやかに語られるぐらいだ。


 それぐらい霊輝炉心ステラコアはARMにとって重要なわけだが、


「安心しろ、蛇の道は蛇だからな」


 要するに潜海艦マンジェットは今、ヘイズから霊輝炉心ステラコアを高く買い取ってくれる人の元へと向かっている、ということのようだ。




    §    §    §




 道中は概ね何事もなく進んでいたが、


『えっと、モモから注意でました。オセラスの群れと進路が被るそうです』

『だそうだグラナ、出撃して片付けてこい。クロ、急速浮上! 耐震結界A E F準備!』

『ギョイ・ヘイズ!』


 時折伝声管からの要請で、グラナは出撃を伝えられることもあった。


『こちらキサラギ、えっと、カ、カタパルトはこれで……たぶん準備良し、進路オールクリア、お兄ちゃん機、発進どうぞ』

「実験機、グラナ・セントール行きます!」


 どうにも甘い話にはならないな、なんて苦笑しながらグラナは出撃し、


『お兄ちゃん機、着艦を確認。お疲れ様でした。えっと、怪我とかない?』

「ああ、大丈夫。ありがとうキサラギ」


 時折マンジェットからの援護を必要としながらも、グラナは危なげなくオセラスの群れを撃退することはできた。

 だが、


「妙だな。ここら辺はまだボレアリウス王国の内陸だぞ? にしちゃあ妙にオセラスが多くねぇか?」


 三度目の出撃から帰還したグラナを労ったヘイズが、第一管制操舵室のメインモニターに映し出された砂海図を前に首を傾げる。


「ああうん、最近ちょっと洒落にならない勢いで増えてるんだってさ。俺たち傭兵団が雇われたのもそのせいだって聞いてる――ああ、ありがとうムツキ」

「いえ、いつもお疲れ様です、お兄さん」


 ドライバスーツから上半身をはだけて、ヘイズの後ろ――一段高くなっている指揮ブリッジの転落防止柵に腰掛けたグラナは、ムツキから手渡された電解質飲料を一気に呷る。

 ついで手渡されたタオルで軽く汗を拭うと、鈍いグラナは今頃になって自分が随分と発汗していたことに気が付く体たらくだ。


 どうやらグラナ自身が思っている以上に、IDSが流し込んでくるオセラスの死の欲動は肉体に負担をかけているらしい。


「増えてるって、どこかのアホが大々的に無線電波でも吹いたか?」


 オセラスは大戦期にそう設定されたからか、強い電波信号を発する場所と物を重点的に狙う性質がある。

 このせいで人類は通信的にも各地に分断され、連絡を取り合うには古典的な郵便に頼るしか方法がなくなってしまっている。

 潜海艦マンジェット内での通話が伝声管なのもそれが理由である。迂闊な無線通信はオセラスを呼び寄せるのだ。


 要するにグラナが時折聞いている海賊放送、というのは自殺行為に近い狂気の極みなのだが――どっかのバカが転々としながら命懸けでの放送を続けていたりもするわけで。

 そういう形で音楽文化を残そうとしている連中は立派ではあろうが、当然オセラスを呼んでしまうので、そういうバカは尊敬されたり呆れられたり危険視されたりしているのが今の世の中だ。


「遠くない未来に滅びるかもな、この国。まぁ俺に取っちゃどうでもいい話だが」


 街の興亡にヘイズが興味を示さない理由が今のグラナには良く分かった。

 なるほど、最初ハナから潜海艦マンジェットなんてものの中で生活していたのだから、街が滅びても気にしないわけだ。

 買い出し先が滅びたら出港して、別の街の側に移動すればいいのだから。






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