■ 09 ■ 船乗りの義務
格納庫に赴いたグラナの前で、積層ハードキチン装甲を外された実験機と回収された
それらを運んだり解体したり整理したりしているのは赤青黄色に色分けされた
パッと見たところ格納庫には六つのハンガーが用意されているから、この船が運用できる
もっとも今は実験機が一つ、組み立て中のARMが二つのハンガーを占有し、残る三つにはグラナが回収した
「実際にゃ修理用予備パーツも備えとかなきゃならんし、バラせば最大十八機分までは乗せられるがな」
「凄い船だね」
補修用クレーンアームを動かして実験機のフレーム調整を行なっているヘイズは、もう手慣れたものなのか話しながらもその手が鈍ることはない。
「で、最終的な運用は決まっているとはいえ、どういう機体がお好みだ?」
そう問われて、グラナは考え込む。基本
というかどちらかと言うとグラナ自身は格闘戦を好む気骨である。
「お前さんは暖機運転が必要なタイプだからな。最初の動きが鈍い以上、速度偏重はお勧めしねぇが」
「そうだね。まだ俺自身の実戦経験が浅いし、下手に弄らない方がいいかな」
グラナと実験機の組み合わせは、敵を撃破すればするほど本来の実力を発揮できる仕様になっている。
戦場投入開始直後はグラナは相変らず
「基本、お前の運用方法はジャイアントキラーに近いモノになる。とすると雑魚散らしの為の人員も雇わねぇとな。あと操舵士もか」
「操舵士? クロじゃ駄目なの?」
「かまわねぇんだが、クロはそこまで操舵が好きなわけじゃねぇみてぇだからな」
そう背中越しに聞かされてグラナは目を丸くした。
「
「何言ってんだ、心がなけりゃIDSで思考が読めねぇだろ」
今更ながら、グラナは衝撃を受けてしまった。あの
だが確かに説明されたIDSの仕様からして、心がなければ先読みはできないのだ。だからヘイズの言うことは嘘ではないと分かれてしまう。
「なんだぁグラナお前、家畜を屠殺して肉は食えてもオセラスを殺すのは可哀相ってか? 家畜にだって心はあるぞ?」
そう指摘されて、グラナはまた自分の思考が鈍っていることに気が付いた。
「……言われてみれば、そうか。そういう話になるんだね」
「そーだよ。オセラスってのはDEMONが作って養殖してた戦闘用の家畜、そう思っときゃぁいい。慈悲の心を出すならまず人の家畜たる豚や鶏にくれてやれ。その方が健全だ」
そういうものか、とグラナはなんとか納得しがたい思考を呑み込んだ。
確かに人殺しのオセラスを哀れんで、人の餌として消費される豚や鶏、牛を哀れまないのはどう考えたっておかしいだろう。
「ただ人員を増やすにしても、毀壊病の俺と同じ、しかも密閉空間にいてぇって奴はそうそういねぇだろうし、のんびりやっていくしかねぇな」
「……そうだね、ってここは安易に同意してもいいところ?」
「今更傷つくチンケな心なんざ持っちゃいねぇよ。鈍いお前が思っている以上に毀壊病間者に対しての風当たりは強いんだからな」
そう語るヘイズの背中はいつもどおりだが、それがいつもどおりになれるまでに彼はどれだけの怒りと苦痛に苛まれたのだろう。
何事にも鈍いグラナには、それを慮ってやることができない。
「なんにせよ、人を雇うには金が要る。まずはお前が所属していた、リヴィングストン傭兵団とやらが受け取るはずだった報酬を回収するぞ」
「……回収しても手元には全然残らないと思うよ」
「何でだ?」
「遺族への弔慰金をそこから出さないとだし」
そう指摘されたヘイズの、補修アームを操る腕が止まる。耳を傾ければ「下らねぇ」というヘイズの呟きが聞こえてしまった。
「あまりに馬鹿げてやがる。そういう金はオセラス討伐のための戦費に回すべきだろうが。その方が最終的な人死には少なくなる」
遠回しに自分たちの懐に全額入れよう、とヘイズは提案しているわけだが、それにはグラナは同意できない。
「駄目だよ、弔慰金が払われるって分かってるから人は死地に赴けるんだ。遺族に金も払われない、ってなったら誰も戦おうとなんてしなくなる」
グラナのここら辺の知識は護星徴兵官下の訓練時代に座学で教え込まれたものだ。
無駄だから、と死者に報酬を支払うことをやめたら、遠からず戦線は維持できず瓦解する。それを行政側が正しく理解しているから、末端にまで周知を徹底しているのだ。
「だからごめん、ヘイズ。俺はまずリヴィングストン傭兵団の遺族に弔慰金を払って回らないといけないんだ」
「……まあいい、ケジメ付けるのは必要なことだからな。とは言え一人一人の家を回るなんてのは付き合えねぇぞ」
「分かってるよ。みんな出身地とかバラバラだったからね。報酬を受け取って、口座に振り込んで終わりさ」
流石に弔問まではやってられない。グラナも分かってるし、それが正しいと訓練時代に習ってもいる。
故にオンボスシティへともどり、目標の撃滅と出撃部隊の全滅を告げ、グラナは自分の所属していたリヴィングストン傭兵団各員の口座に弔慰金を振り込んで終わりの筈だったのだが。
「口座を持っていない船員が一人いますね」
「え? このご時世に?」
銀行の窓口でそう告げられたグラナは仰天し、しかしそうなると直接住所を訪れざるを得ないわけで――
「ここか……ごめんください」
そうやって船員の実家を訪れたグラナは遺族に会って、どうしてその船員が口座を作っていなかったかを理解してしまった。
§ § §
「で?」
パシン、とヘイズがスパナを手に打ち付けると、グラナの背に隠れるようにしていた三人の子供がビクッと身を震わせる。
「し、仕方ないじゃないか……まさか子供にお金渡してハイサヨナラなんてできないだろ?」
要するにそれは、言い方は悪いが人の優しさを利用したブービートラップだったのだろう。
「母親は既に死んでて、身寄りに心当たりがないってんじゃ、放っておけないじゃないか」
天涯孤独の身となった子供たちがせめて同僚に救われることを祈って、弔慰金支払い目的で仲間がそこを訪れるように、口座をあえて作っていなかった。
「……考え直せグラナ、おめぇ、身寄りの無い子供に毀壊病を移して人生を滅茶苦茶にしちまいてぇのか」
「移さないための手法は確立されてるって言ったのはヘイズじゃないか」
「絶対じゃねぇんだぞ! 俺がこの先長時間拮抗薬を服用できなくなることだってあるかもしれねぇだろうが、あ? そうなったらお前はさておきこいつ等は被差別階級まっしぐらだ!」
「今だって十分被差別階級だよ。ヘイズ、一時的に大金を渡された子供たちが庇護者もなく、この先大人の食い物にされず生きていけると思う?」
チクショウが、とヘイズは呻いた。そんなのは無理に決まっている。
この星における人類は陸地の九十パーセント以上を砂漠にされて、今や自分が生きていくので精一杯だ。
稼働し続ける
戦える者への支援は手厚いが、戦えない者の救援はおざなりになっているのが現状。
平たく言ってしまえばこういう子供たちは至る所に存在していて、全てに救いの手を差し伸べている余裕など何処の誰にもないのだ。
「折れておけヘイズ。理屈としてはグラナの方が正しかろう」
そうセドが諫めると、
「わぁ! オオカミさんが喋った!」
「喋るオオカミ……! すごいです」
「あ、ズルいわたしも、わたしも!」
三人の子供たちがセドの毛皮を撫でたり飛びついたりし始める。ヘイズは深々と、魂を零すような溜息を吐いた。
「エテ公め、てめぇが拾ったんだグラナ、てめぇで面倒見ろよ。一度でも操艦の邪魔したら砂漠に捨ててやる」
「ああ、うん。言い聞かせるよ……その、ありがとう、ヘイズ」
「俺の船が、俺の船を託児所にしやがって――クソがぁ!」
ガァンとヘイズがスパナを金属製の手すりに叩き付ける姿を見れば、グラナも悪いことをしたと思うが――どうしてもグラナにはその子たちを見捨てることができなかったのだ。
かつて両親と妹を見捨てて「一人で生きられる年齢だから」と村から助け出されたグラナには。
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