■ 10 ■ 潜海艦マンジェット






「長女のムツキです。十二歳です」


 青色の、肩甲骨まである髪を揺らしながら、保護した子供の一人が頭を垂れる。


「次女のキサラギ、十歳」


 続くキサラギもまた同じ髪色だが、こちらは腰の辺りまで髪を伸ばしているようだ。


「ヤヨイ、八さい! よろしくおねがいします!」


 最後のヤヨイは肩口ぐらいで髪を切りそろえていて、男の子に見えなくも無かったのだが、


「よりにもよって全員女かよ……」


 ヘイズは汚物でも見るような目で、風呂に入れられ、綺麗になった三人娘を見やる。

 何でそんな女が嫌いなの? とグラナとしては尋ねたくなるが、男女関係をホイホイ聞けるほどまだ両者は気安い仲ではない。


「いいかガキ共、この船で一番偉いのは俺だ。俺に逆らうものは殺す。俺の邪魔をするな、操艦の邪魔をするな、水は大切に使え。一つでも破ったら八つ裂きにして流砂に投げ捨てるぞ」

『はい、キャプテン』


 憎悪すら籠もっていそうな声でそう告げられても素直に頷く三人の子供たちに、ヘイズもやや毒気を抜かれたようだった。


「船長に逆らったら砂漠に捨てられるって父さんいつも言ってましたから」


 長女のムツキにそう真剣な顔で告げられれば、何事にも無茶苦茶なヘイズも強くは出られないようだ。


「……一応船乗りの娘ってことか。まぁ、わかってるならいい。あとセドの邪魔もするな。艦が沈む」

「あ、そう言えばこの艦、超振動粉砕装置ヴァイブレイトバスター積んでるんだっけ」


 グラナが指摘した通り、この潜海艦マンジェットの舳先には小型の超振動粉砕装置ヴァイブレイトバスターが搭載されている。

 これによりこのマンジェットはグラナが知る限り唯一、砂中を自由自在に航行できる機能を備えているわけで、


「所詮は拾い物だ、DEMONじゃねぇ俺には原理すら分からねぇ。護星獣マリステラが抑制しなきゃこの艦ごと粉々になっちまうからな」


 比較的浅い層から発掘された小型の超振動粉砕装置ヴァイブレイトバスターを運良く入手できたものの、人の手による制御は不可能。

 周囲の全てを破壊し粉々にする超振動粉砕装置ヴァイブレイトバスターの、艦側に放たれる振動を護星獣マリステラであるセドが抑圧することで、この艦はかろうじて分解せずにいられるのだ。


「わりと力業で動かしているんだな」

大戦期おおむかしの技術だぜ? 原理も不明なんだ、そうそう都合よくは使えねぇよ」


 そうやって組み上げられたのがこの潜海艦マンジェットなのだそうだ。


 垂線間長326トール、最大幅52トール。基準排砂量88,220バロ。砂中排砂量98,080バロ。

 兵装は主砲として120サンチ30口径連装荷電粒子砲が二基、副砲として40サンチ50口径連装砲が三基。その他55ミル三連装対空機銃が十六基。

 魚雷発射管と上部VLSをそれぞれ八基搭載。兵装は全て電力、ないしは火薬式であり、霊譜スコアは防御及び耐震結界A E Fにのみ用いるハイブリッド仕様。

 同時に六機のARMを整備、運用可能であり、その船体は格納庫と機関室、カタパルトが容積の八割を占める海中母艦である。


「砂中母艦じゃないんだね」

「一応水中でも行動できるからな。効率は砂中ほど良くねぇが」


 主機とクランクシャフトを介して直結された二連装大型外輪はあくまで砂をかき分けて進むための機構なので、水中での速度はあまり出ないらしい。

 造船所はヘイズ曰く「聞くな」だそうで、基本設計から主機の構造から製造年から、その全ての記録が廃棄済み。所有者はヘイズだが、それ以外の全ては謎に包まれている。


「この艦が砂に潜れることは絶対に口外するなよ。要らんトラブルを招くからな」

『はい、キャプテン!』


 そんなこんなでオンボスシティを出港し、一行は潜海艦マンジェット内での生活である。

 操艦は基本的にクロ、モモ、ミドリの三体の二足歩行型一ツ目モノキュラが担当しており、アカ、アオ、ヤマブキの三体が通常は格納庫でヘイズの補佐。

 非常時はアカが主機調整、アオが兵装システム統括、ヤマブキが砲手を担当するらしい。


一ツ目モノキュラはこれで全部なの?」

「いや、動かしてねぇだけでまだ寝かしてるのが幾つかいる。何だかんだで電力食うからな」


 他にも休眠中の一ツ目モノキュラを何体か用意してあり、非常時には目覚めさせて仕事を任せるらしい。


 人間側の役職としては、キャプテンとして船の方針を定めつつ、応戦機ARMの保守と整備を行なうのがヘイズ、ADアームドライバ要員がグラナ。


「シェフはいないんだね」

「飯なんて所詮はクソの元だ、食えりゃいいんだよ」


 というひでぇ会話が繰り広げられた結果、


「あの、私、簡単な料理ならつくれます、けど」

「……ごめん、お願いできる?」

「はい! まかせてください!」


 長女のムツキが厨房担当となったことで、潜海艦マンジェットの食生活は大幅に改善されることとなった。

 ただまあ、長女のムツキだけ働かせるのは可哀相とのことで、


「グラナお兄ちゃんの管制やります。よろしくです」


 キサラギが実験機の発着艦管制を任されることになったのは、それどうなのとグラナとしては思ってしまう。

 長女だけ働かせるのは可哀相だから次女も働かせます、って思考がまずグラナには理解できない。


「ヘイズ……」

「何でぇ、ご要望の可愛いオペレーターだろうが、文句あるか?」

「可愛いの意味が違うよ!」


 そうじゃない、そういうことじゃないんだとグラナは両手で顔を覆ってさめざめと泣いた。コイツは何も分かってない。

 そうじゃなくてこう、なんだ。甘いやり取りというか、胸が高鳴るような、それでいて体良く転がされるような、そういったオペレーターとの恋愛をグラナは求めていたわけで、


「……お兄ちゃんは私じゃ、ダメですか?」


 そうじゃないんだ、十歳は犯罪なんだよ、とキサラギに言うことは流石にできないので、


「いいや、うん。宜しく頼むよ」


 涙を拭ってグラナは首を横に振るしかない。可愛いと指定してしまい美人のと言わなかった自分が悪いのだ。

 そして残るヤヨイだが、


土の眷族ダルバードか……」


 右上腕に輝く、トパーズのような魔晶マギスフィアを前にヘイズは腕を組んだ。

 魔晶マギスフィア持ち。すなわちARMを動かすことができる存在、ということになるわけで。


「まさか、ADアームドライバにはしないよな?」


 どちらかと言うとグラナはボスキラーで露払いが必要、という話になっていたためグラナは不安を覚えるが、


「アホこけ、俺が目指すのは最強のARMだ。子供の玩具じゃねぇんだぞ」


 論外だ、とヘイズが吐き捨ててくれてホッと胸をなで下ろす。

 とりあえずヤヨイにはまだ難しい仕事をさせるには早かろう、ということで艦内の清掃を任せて、これで一応の役割分担は完了だ。


 三人とも聞き分けが良く、ヘイズを怒らせるようなことはしないので艦内は落ち着いたものだが――


「泣いちゃだめだよ、キサラギ。私たちは恵まれてるの。下手をすれば人買いに売られてたかも知れないんだから」

「でもお姉ちゃん、あいつ、あのADアームドライバがもっと強ければ父さんの船が沈むことはなかったのに……」

「そういうことは考えちゃダメ。リヴィングストンのADアームドライバはグラナさん一人じゃないんだから、背負わせちゃダメなんだよ」

「でも、でもお姉ちゃん! こんな、眼紋獣オセラスが乗っているような船で!」

「泣かないでよ、お願いだから泣かないでサラ、私まで――泣きたくなっちゃ……ふぇ、ううっ……っず……」


 ある夜、船室からそう言った会話とすすり泣きが聞こえてしまい、しかしグラナにはどうしてやることもできない。


「バカがよ。助ければ感謝されるとでも思ってたのか? 寝首をかかれるかもしれねぇんだぜ、俺もお前もな」


 ヘイズがそう、ヤヨイの手によってそこそこ掃除されたガンルームでウィスキーを呷りながら、真顔で忠告してくる。


「感謝されたいから助けたわけじゃないさ」

「そこで感謝されたかった、ちやほやされたかったって素直に言えねぇといつか焼き切れるぜ。気ぃつけろよ」


 グラナは何も言えない。

 理不尽に家族を眼紋獣オセラスに奪われた苦しみは多分、【鈍化ラスト】を授かった鈍いグラナには真に分かってやることができないのだろうから。






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