■ 08 ■ 雇用契約






「さて、まず何の話から始めようか」


 解放されたハッチから実験機を着艦させ、ハンガーに固定した後、クロにオンボスシティへ向かうよう指示を出して二人と一柱はガンルームへ向かう。


「呑むか? と言うか呑めるか?」

「……献杯程度なら」


 ガンルームのソファに腰掛けたグラナの対面にヘイズが腰を下ろし、グラスにウィスキーを注ぐ。

 その隣に丸くなった灰色狼の護星獣マリステラセドは口を開かず、静かに二人の会話に耳を傾けているようだ。


「……まず、俺が死ななかった理由から聞かせて欲しいかな。次も死ぬ危険があるのか、それを確かめておきたいし」

「いいだろう」


 ウィスキーをストレートで呷ったヘイズが、ホゥとグラナの胸元に輝く赤い魔晶マギスフィアへと金色の瞳を向ける。


「最強への至り方ってのは幾つかあるが――られる前に殺ることができれば最強、ってのは異論はあるめぇ? ありゃあそれを突き詰めるための実験機だ。その為の専用システムが搭載されている」

「専用システム?」

「そうだ。IDS、イドシステム。周囲にいる知性体の感情、欲求、衝動、過去の経験などを吸い上げ搭乗者の脳内に展開する霊譜スコアだ」


 要するに周囲の潜在的欲求を拾い上げて提示することで、戦闘中における擬似的な読心を可能とする霊譜スコアということらしい。

 なるほど、とグラナは頷いた。あの機体に乗っていると、なんとなく敵がどう攻撃してくるのが分かったのは、そういう機能だったと説明されれば納得がいく。


「凄いじゃないか。ほぼ新米の俺ですらアレだけ戦えたんだから、ベテランが使えば凄まじい戦果を叩き出せ――あれ? 俺いらなくない?」

「話を飛躍させるな。最初に俺はアレを乗った奴は死ぬ、っつったろ?」

「うん、だけど俺は死ななかったし」

「普通は死ぬんだよ。IDSはその仕様上、敵性体の死の欲動まで吸い上げて脳内展開しちまう。わかっか?」


 戦い続けて果てた者の最後の思考。即ち誰もが持つ、「これでやっと楽になれる」という希死念慮。

 それを直接脳内に叩き付けられると、当人の意思を無視して肉体が死に向かおうと働き始めるのだ。言わば防御不可能な自殺願望を身体が勝手に受領し、己の命を絶とうとしてしまうのである。


「そっか、だから【鈍化ラスト】の俺だけが耐えられるのか」

「【鈍化ラスト】、【鈍化ラスト】か――随分偏った固有霊譜スコアを授かったもんだなお前」


 ヘイズが鼻白むぐらいに、【鈍化ラスト】というのは希少かつ珍しい固有霊譜スコアであるらしい。


「あともう一つ、機体が【鈍化ラスト】せず普通に動かせたのは何故なんだ? なにか機体の方に固有霊譜スコアを防ぐ機能とかがあるの?」

「うんにゃ、そういうのは乗せてねぇ。多分だが、お前の本能が自死を防ぐためだけに固有霊譜スコアを全力投球した結果だろうよ」


 要するにグラナはIDSに殺されかけていて、魔晶マギスフィアはそれから己の肉体を守るべく【鈍化ラスト】の全てを対IDSに差し向けた。

 その結果として周囲に【鈍化ラスト】を及ぼすことができなくなっていたのだろう、というのがヘイズの予想だった。


「実際、お前さんは最初の動きはそこまで機敏じゃなかったからな。撃破数が増えれば増えるほどどんどん機体の回転が上がってったしよ」


 敵を撃破すればするほど死に引きずられ、それから身を守るためだけに【鈍化ラスト】が使われ、その結果として機体が機敏に動くようになる。

 そう指摘されて、何事にも鈍いグラナも自分が行き着く先を理解してしまった。あの機体に乗って、より多くの敵を撃破し続けIDSと【鈍化ラスト】の拮抗が崩れれば――


「まあ、これをやっちゃいけねぇってのが事前に分かってるのは楽でいい。敵の撃破数をそこそこに抑えりゃいいんだからな。安心しろ、無理はさせねぇよ」


 グラナ以外にIDSを使える者がいない以上、グラナを守るのは当然のことだ、とヘイズは約束してくれたが、グラナはむしろ自分自身に不安を覚える。

 まだオセラスが残っているのにこれ以上撃破してはいけない、なんていう状況で自分は撤退を選べるのだろうか、と。


「他に要望はあるか? 俺が開発でお前が操縦、俺たちは最強を目指す一心同体だ。可能な範囲で要求は呑むが」

「うーん、使い捨てられないなら不満はないし、給料も満額貰えるんなら――ああ。一つあった」

「なんだ?」

「可愛いオペレーターを雇ってくれないか」

「はぁ?」


 わけが分からん、とヘイズが目を瞬いた。冗談か? と視線で問われるが、グラナは本気だ。


「なんていうかさ、出撃時に可愛いオペレーターに心配してもらうのってADアームドライバの夢じゃんか!」


 なに言ってんだコイツ、みたいな目でヘイズはおろかセドにまで見られてしまうが、グラナは全く臆さない。

 護星徴兵官下の訓練時代、グラナは同期たちとそういう話で幾度となく盛り上がったものだった。

 自分たちを仕事として鼓舞してくれる可愛いオペレーターを口説き落とすことこそADアームドライバの浪漫であると。本懐であると。


「……人間じゃなきゃ駄目か? 俺は人間が、特に女が大嫌ぇなんだが」

「……えっと、それって乗組員に一ツ目モノキュラを使っているのもそれが理由?」

「そうだ。俺は毀壊病を患ってるからな」


 毀壊病、と聞かされれば流石にグラナも身を強ばらせてヘイズを見ずにはいられない。

 毀壊病。身体が機械化してやがて緩やかな死に至る、過去にDEMONが人類に振りまいたと語られる呪い。


「服の下はもう見られたもんじゃ無くなってるしな。まぁまだ服で隠せてるのは僥倖だが」


 いずれ眼紋獣オセラスに成り果てる、と人間たちに恐れられ、忌み嫌われる鬼子。


 毀壊病を患った者がが忌み嫌われるのは、症状が進むと人類に対する殺意が段々と昂ぶり、最後には抑えられなくなること。

 そしてこの毀壊病は、人から人へと感染する、という二つの致命的な問題があるからだ。


「心配するな。拮抗薬を飲み続ける限り人にうつすことはねぇよ。その技術は確立されてんだ」

「え、じゃあ何で忌み嫌われてるの?」

「万が一を考えたら根絶した方が人類のためになる・・・・・・・・からな」


 何気なくそう返されて、グラナはヘイズがどうしてこういう性格になったのかを鈍いながらも覚ってしまった。


 グラナはあくまで死んでしまったら哀れな人類程度でしかないが、ヘイズはむしろ死んでくれた方が嬉しい人類なのだ。

 だからこれまで一人でずっと地底で護星獣マリステラセドのみを輩として暮らしていた。そして、


「クロたちも心配はいらねぇ。俺が改造したからもう人類は襲わねぇよ。俺の命令にしか従わねぇのが難点ではあるがな」


 人を襲わないよう改造した一ツ目モノキュラを手足として使うことでしか、この船を動かす人員を用意できなかったということなのだろう。


 なおグラナは【鈍化ラスト】がある為、仮に拮抗薬を飲み忘れてもグラナに毀壊病が移る確率は天文学的に低いだろう、とのことだ。

 確かに言われてみればこれまで、グラナは風邪らしい風邪を引いたことがない。そういう意味では【鈍化ラスト】は常にグラナの命を護ってくれてはいたのだろう。


 これは可愛いオペレーターは無理かな、とグラナは軽く諦め、そうして思いだした。


「あと一つだけあった、要望」

「何だ?」


 グラナはウィスキーをグイッと呷ると、真顔でヘイズの目を覗き込んで、告げた。


「あの機体を究極ナマズンゴって呼ぶのだけは止めて、絶対止めて」

「おっ……おう……そんなに嫌だったか……格好いいと思ったんだがよ」






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