■ 06 ■ 発進






「ふあぁ、あふ。そろそろスクラップにでもなった頃だろ」


 アフ、とソファの上で身を起こした青年――ヘイズの膝に、


「起きたかヘイズ。画面を見てみよ、面白いものが見られるぞ」


 灰色狼の護星獣マリステラセドが前足を乗せて、首をクイッと曲げてみせる。

 つられるようにモニターに目を向けたヘイズは大きくあくびをして――口を大きく開けたまま固まってしまった。


「……どうなってやがる」


 データ取得のために射出していた光学通信式飛翔撮影機スカウトドローンのカメラの先では、多少拙いながらも実験機が眼紋獣オセラス相手に大立ち回りを演じている。

 まだまだ荒削りではあるが、一対多の戦闘を繰り広げて未だ存命、というのは明らかに異常だ。


「馬鹿な! 何故戦える!? IDSの霊譜スコアは?」

「起動中だ、と言うよりは起動してなければあの動きはできまい・・・・・・・・・・・・・・・・・?」


 セドの言うことはヘイズにも分かる、分かるのだ。

 IDSを展開していなければ一対多の戦闘などそうそう行えるモノではない。だがあの実験機に搭載されたIDSの霊譜スコアは――


死の共連れ・・・・・だぞ、耐えられるわけがねぇ」

「通常であればな。だがあの少年も魔晶マギスフィア持ちだ。彼固有の霊譜スコアが彼を生かしているのやもしれん」


 チッとヘイズは忌々しげに舌打ちした。

 ヘイズ自身、一度あの実験機を完成させた際に、自分で機動試験と実戦運用を試してみてはいるのだ。

 その結果は散々たるモノで、ヘイズはたった三体のオセラスを撃滅しただけで意識を失った。セドがいなければそのまま死んでいただろう。

 あれは凄まじい負担をかけて搭乗者を殺す失敗作であったはずなのに――あの少年には、何故。


「どうする? ヘイズ」


 だが、動いている。あの実験機は今も少しずつではあるがオセラスを撃退し、衰えるどころかむしろ少しずつ動きが洗練されていっている程だ。

 あの実験機をこのままスクラップにしていいのか、という問いに、


「……使えるんなら、その限界を確かめるまでだ」


 ヘイズは埃まみれの頭髪をかき回して立ち上がり、部屋の隅に備えられていた伝声管の蓋を開いて大きく息を吸い込んだ。


「キャプテンより各マリーンに通達、出港準備。これより本艦は地上で戦闘中の究極ナマズンゴの支援に当たる。アカ、主機の制御に回れ」

『ギョイ、ヘイズ』

「アオは焔星の射出準備だ、C8ヤスモノ程度じゃ四ツ目テトラキュラ相手にゃ決め手に欠ける。発射は六番VLFを使え」

『ギョイ、ヘイズ』

「ヤマブキ、砲塔準備。同行戦用意、浮上と同時に艦砲射撃。当ててみせろよ」

『ギョイ、ヘイズ』


 そこまで指令を出したヘイズは伝声管を手放して、傍らに控えている、


「クロ、お前が舵だ。ヤマブキが四ツ目テトラキュラの土手っ腹をぶち抜けるように併走しろ」

「ギョイ、ヘイズ!」


 野生のオセラスと区別するために黒く塗られた、人間大の二足歩行型一ツ目モノキュラに命令すれば、クロと呼ばれたそれが多目的掴操作端末マルチプルマニピュレーターを敬礼のように一つ目モノアイに当てて、くるりと踵を返す。


「世捨て人はここでお終いだな、ヘイズよ」


 傍らに寄り添うセドの背中を撫で、その首に腕を回しながら、ヘイズは首を縦にも横にも振らなかった。

 だが自分の無能さに失望し長らく消えかけていた創作意欲が、今や激しく揺り動かされていることは自覚している。


 動かせる人がいるならば・・・・・・・・・・・自分は機体を作り続けなければならない・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「俺に――AHMを越える機体ARMが作れると思うか?」

「さてな。だが為さねば何事も成らぬよ。これだけは不変の事実だ」

「……そうだな」


 最後にもう一度セドの首を撫でたヘイズはすっくと立ち上がった。

 グラナが死人のようだ、と評した落ちくぼんだ瞳は今や、猛禽のように鋭くギラついていた。

 セドを伴い、ガンルームを後にしたヘイズはカンカンと踵で鉄床を叩きながら廊下を進み、埃を被っている第一管制操舵室にて足を止める。


「モモ、ミドリ、状況報告!」

「ギョイ、ヘイズ!」


 桃色と緑色の二足歩行型一ツ目モノキュラがコンソールを操作すると、艦内の状況がメインモニターに表示される。


 主機、問題なし。


 耐圧船殻、異常なし。


 二連装大型推進外輪、問題なし。


 艦内各所に設置されたハッチ、全て閉鎖済み。


 艦首小型指向性超振動粉砕装置ヴァイブレイトバスター、指向制御を開始。



 出港に際し障害となる艦内条件無し。

 全て正常数値内。セドが頷き、そしてヘイズは大きく深呼吸をして――



 穏やかに死んでいるようだった過去に別れを告げる。



「出港と同時に浮上する。アカ、クランクシャフト及び外輪への動力通達開始」

『ギョイ、ヘイズ』

「浮上後は左舷へ艦砲射撃、同行戦に移行だ。ヤマブキ、砲塔の安全装置を解除、観測射撃の後に斉射だ。照準は任せる」

『ギョイ、ヘイズ』


 第一管制操舵室が、いや艦体そのものが振動を始める。


 地中に埋まっていたヘイズの住処、それが真の機能を発揮し始める。


「モモ、ミドリ。最終出港確認」

「ギョイ、ヘイズ!」


 モモとミドリの操作で画面上にポンと赤いアラートが浮かぶ。

 船体後方にある接舷固定用繋留杭がどうやら深く刺さりすぎて抜けないようだが――もうそれも不要だろう。


「モモ、爆砕ボルトに点火。八番杭を物理的に除去パージ

「ギョイ、ヘイズ」


 モモの操作で爆砕ボルトに点火、八番繋留杭が物理的に分離されて――オールクリアだ。行く手を阻むものは何もない。


「クロ、出せ」

「ギョイ、ヘイズ!」


 操舵を任されている黒塗りの一ツ目モノキュラがスロットルレバーを押し込めば、大型外輪が砂をかき分けて重い船体を前に押し出し、


「潜海艦マンジェット、発進」


 ヘイズたちを硝煙燻る戦場へと誘っていく。






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