■ 21 ■ AHM対DEMON
下着とスカート、そして肌着のシャツのみを身につけたフィリオはAHMのコクピットへと乗り込んだ。
身体の内側がジンジンと痛む。未だ体内を何かにかき回されているような異物感と疼痛があるが、動けないほどではない。
「AHMは
「はい」
傍らにいるヘイズの助言に従い、二つに割れた長手袋、あるいはブーツのようなスリットに両手両脚を収め、魔力を流すと――
「アァアアアアッ――!!」
バシン、と両腕両脚が拘束されるように機械に挟み込まれ、何かが次々と両腕両脚の皮膚を食い破ってフィリオの神経に突き刺さってくる。
眩暈がするほどの苦痛だ。体内の疼くような痛みなど、一瞬で忘れてしまうほどの。
「……初回サービスだ。半分は受け持ってやる」
フィリオの腰掛けるシートの背後に、上半身が裸のままのヘイズがスッと回って、フィリオの肩に両腕を回してシートごと背後から抱きしめるように位置取った。
「は……んぶん?」
「お前にはまだ翼が無いからな――ッグ」
何事か、と首を捻って背後を見やればヘイズの背中から幾つもの管が生えていて、あれもヘイズがいなければ恐らくフィリオの背中に挿入されていたのだろう。その苦痛を想像してフィリオの肩が自然と震える。
「
ヘイズの呟きと同時に、コクピットが自動で閉じ始める。真っ暗になったそこにあるのはフィリオとヘイズの息遣いのみで、否。暗闇に文字が浮かび上がる。
――接続第一段階:接続者名、フィリオ=ユスティーア・ボレアリウス、
Assassination Number. 000 000 019 552 443 219
――並列接続確認:接続者名、ヘイズ・■■■■■■、
Assassination Number. 000 000 000 000 003 472
コクピットに、血管のような赤い光が走る。光がフィリオの、ヘイズの脈拍に同調するように明滅を開始する。
――接続第二段階:
思考が一瞬クリアになり、次いで起こった頭の中が引っかき回されているような感覚に、堪らずフィリオは悲鳴を上げた。
自分が書き換えられているのが分かる。自分の思考が無理矢理矯正されているのが分かる。自分がこの機体を操る為に最適な思考を持つよう、組み換えられてしまったと理解できる。
――接続第三段階:
フィリオの脳内にハンガー内部の情報が自動的に投影される。見ているのに、目で見ていない。新しい目が増えた感覚。
顔を覆うように手を動かすと、フィリオの身体ではなくAHMの身体が、そのように動く。
――接続第四段階:
ふわり、と機体が自然にハンガー内で浮き上がる。機体の頭上に、機体から漏れ出した魔力が光の輪となって円を描く。
機体背部から二本の細い棒が突き出し、幾重にも分岐した後に光の羽を生やして為した翼を大きく広げる。
「……せっかく造り上げたソードロッドだが……ちっ、ここで使い捨てだな」
フィリオが手を伸ばして、傍らに置かれていたソードロッドを掴み取る。
機体と同じ青色に塗られたそれは『凍星』。これまでマンジェットの中でペキニエ=ユーグリス間を往復する間にヘイズが組み上げた、『焔星』と同型のソードロッドだ。
これですらこの機体に対しては役不足だが、現時点ではこれ以上の品は用意できない。
「機動制御は此方でやる。お前は敵機への攻撃に専念しろ。同調しているから機体がどう動くかは分かるはずだ」
「分かりました」
起動完了を告げるメッセージが、全周囲投影ディスプレイに現れる。
神霊機、AHM第六の機体。
その機体の
「出撃する。行くぞフィリオ」
「フィリオ=ユスティーア・ボレアリウス、『雪姫』出ます!」
§ § §
「凄い……地面があんなに遠くなって――風が、熱砂が、日光を感じる……」
フィリオは呆然と小さくなっていくユーグリスを見下ろしていた。現実味のない光景だ。そこそこの大都市であるユーグリスが今や、フィリオの掌に収まってしまいそうだ。
「呆けている時間は無い、前を向け。DEMONが動き出す前に雑魚共を一掃する」
「わ、分かりました……!」
ひとりでに背部の光の翼が羽ばたいて、雪姫は一瞬にして二千トールの距離を詰め戦場へと到達する。
《
モニターに表示される文字が歯抜けで読みにくい。ソードロッドと機体の規格が合っていないのだ。
「撃ち殺す」
《
「す……凄い……!」
「これでもこの機体の実力の二割も出てねぇぞ。機体の保存状態が悪くてボロボロだし、ソードロッドが規格を満足できてねぇ」
「こ、この威力で……!?」
「ああ、そもフレームが剥き出しだからな。一発食らったらアウトだ」
骨のようにしか見えなかったこの雪姫は今、メインフレームだけで稼働しているような状態らしい。
攻めているから強いだけで、守勢に回ったらあっさり破壊される、と聞かされてフィリオはむしろ納得してしまった。
「チッ、DEMONがマンジェットを追うのを止めた。十秒後に会敵するぞ」
その指摘にハッとフィリオは機体の首を左右させる。視界の先ではマンジェットの主砲副砲を破壊し追い詰めていた
「魔力効率は劣悪だが――激突前に雑魚を広範囲攻撃で一掃する。凍星、強制連結。
《
何をやっているんだ、とフィリオが問う暇すら無く、
《E tutta la Caina potrai cercare, e non troverai ombra degna piu d'esser fitta in gelatina.》
ソードロッドが円柱状に変形。そのまま輪切りにされた円錐のように先端が広がっていき――
《
請われるがままにフィリオが脳内でトリガを引くと、
《I cerchi de lo 'nferno scuri,【Caina】》
ソードロッドから竜巻もかくやと言わんばかりの超低温の吹雪が吹き荒れ、一瞬にして眼下にいた総ての
「なんて……力……」
「準備体操は終わりだ。さぁDEMONが来るぞ、迎撃、やってみせろよ!」
迫りくる
《
「切ります!」
《
ヴン、と大気を焼きながら迫るは、
それに氷の刃を纏う凍星を叩き付ければ、氷刃が凄まじい昇華音を立てて熱の刃と拮抗する。
だが、武装はさておき機体のトルクにおいては――
「お、押されます!」
「だから二割も出ねぇっつったろ! 正面から打ち合わず
力で押し込まれる光剣がフレームを焼き切るより前にヘイズが干渉、爪先が跳ね上がって相手の腕を蹴り上げ、光翼を撒き散らしながら雪姫が後退。
追うように
「させるかよクソが!」
ヘイズが機体を旋回させれば、光の翼が輝きの尾を引いて
死を覚悟していたフィリオは呼吸を整えるので精一杯だ。敵がやっているように射撃
――クソがぁ! 練度も剛性も出力も負けてやがる!
ヘイズは歯がみをするが、口に出しては何も言わない。元より初陣で勝ちを拾えるほど、DEMONが甘いはずもない。その程度なら人類文明はここまで押し込まれていない。
だが、ここで勝たねば意味がない。価値がないのだ。
「こっちが機動で何とかする! どうにかして叩き切れ!」
「わ、分かりました……!」
光翼を翻し、つかず離れずの距離を維持しつつ敵の放つ光線を躱す。
可能であれば射撃
高度を下げて流砂表面スレスレを飛行。光線を紙一重で避けて上がる砂埃を目くらましに急上昇。一気に上を取って、
「やれ!」
「あぁあああああっ!!」
唐竹割りの大剣を、自重とスラスターの出力も乗せて光剣に叩き付けるも――
「これでも!?」
ググ、と上から両手で押しつける凍星が、易々と相手の片手に押し上げられていき――凍星が真っ二つにへし折れる。
雪姫の無防備な胴体を敵の二本目の光剣が貫かんと光を放ち――
しかし、ヘイズは不敵に嗤う。
「……馬鹿が、ARMを見下しているからそうなるんだ」
地上から放たれた集束火線砲が、敵
それを成したのは意識を取り戻し、ずっとマンジェットのハッチ内で隙を伺っていたグラナの駆る実験機だ。
ハッチを貫通して迫る火線など、流石の
切断面から火花を散らし、しかし未だなお負けぬとばかりに
「墜ちろォオオオオオッ!」
雪姫が半ばで折れた凍星を振り抜く方が早い。
「ハァ、ハァッ……か、勝った……ん、ですか?」
「緒戦はな」
ハァ、とヘイズは重い吐息を吐いた。
勝ちはした。だがこの勝利は以後幾度となく交わる無数の戦の、その最初の一つでしかないのだ。
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