■ 20 ■ それぞれの選択 Ⅲ






「さて質問だ。お前さんはこいつを動かすために、一体どれだけのモノを捨てられる?」


 ユーグリスはH&G北陸グレゴリの運営する工房のハンガーにて、ARMならぬARMを前に一人の男女が対峙する。


 紫髪の痩せこけていかにも不健康そうな青年の、しかし黄金の瞳は生気にギラつき、


「何であろうと――どうしてこうも待たせるのですか。今でも前線で我が国の兵士が死んでいっているというのに!」


 艶やかな白い御髪の少女はその藍の瞳に怒りを湛え、そう嘯く男を睨み付ける。


 既に戦端は開かれている。幸い国防軍は善戦しているようだが、ユーグリス陥落は覆しようがない、という戦術予測に依然変化はない。

 叶うなら早く、と焦るフィリオを嘲笑うようにヘイズはそう問うてきて、


「お前が何も分かってないからだ。AHMを動かすというのがどういうことなのかをな」


 ヘイズがそっと、少女の持ち込んだ蒼い骨格のような機体に手を触れると、ヴンとその機体の瞳に魔力の光が灯る。


「教えてやろう。このAHMはな、毀壊病を患ってなきゃ動かせねぇんだ」

「…………え?」

「もっと正確に言えば、毀壊病自体がこのAHMを動かすために作られた人体改造技術だ。要するにこいつをお前さんが動かしたいなら――あとは分かるな?」


 そうヘイズに見据えられたフィリオは一歩後ずさった。それは、つまり。


「断言しよう。お前がこの機体を駆って如何なるものに勝利しても、お前を待っているのは民の殺意だ。お前は人類の敵になる。例外はない」


 どれだけのモノを捨てられるか、というのはそういう意味で。


「一度こいつに乗ったが最後、お前は人間と見做されなくなる。人に愛されること永久に能わぬ、AHMを動かすための道具になるのさ。その末路は高熱の炉に放り込まれ、灰すら残さず焼却される。例外はない」


 そうだ、毀壊病患者はそういう扱いをされるとフィリオは知っている。

 毀壊病患者はいずれ眼紋獣オセラスになって人を殺すようになるから、と。そんな危険な病を広めないために、と。人の生活を守るために、と。


「もう男を愛することすらできなくなるぞ。性行為は一発で毀壊病を確実に移せる手段だからな。子孫を残すという、生命として当然の権利すらお前は奪われる。そこまでして乗る価値があるか?」


 問われる。何のために乗るのか。何のために戦うのか。


「断言するぞ、お前が助けた者たちがこぞってお前を殺そうとする。これは確定された未来だ」


 この世界に、正確に言えば人界に、毀壊病患者の住処はない。

 だからヘイズはマンジェットに引きこもり、一人地底で生きていたのだから。


「あるところに馬鹿な男がいた。眼紋獣オセラスを滅ぼさん、と恋人を残して戦場へ向かい、敵を撃滅して帰ってきたら恋人は忌むべき毀壊病と焼き殺されていて、男は人類に見限られ人類を捨てた」


 それが誰のことであるかは、もうフィリオは問うまでもなく理解できる。


「『何者かになりたい、自分の価値が欲しい』なんて目的ならやめておけ。これに乗って成れるのは人類の敵だけだ。それ以外の何者にも成れやしねぇ」

「あの、毀壊病なら動かせるというなら――もしや貴方はこれを動かして、御自身でユーグリスを救えるのではないですか?」


 そんなフィリオの問いは、責任逃れや毀壊病忌避など意識もしない純粋な疑問、確認でしかなかった。だがヘイズの貌はそれを予想していたかのように邪悪に歪む。


「そうだよ。そういう我が身愛しき権力者の口車に乗ってまんまと部品パーツになったのがその馬鹿な男さ!」


 不用意に、自分はもっとも言ってはいけなかった一言を口にしてしまったのだと、フィリオは一瞬にして後悔した。

 敵は倒したい。しかし自分はキレイでいたい。そういう誰かがヘイズという男を唆して、使い潰したのだ。その意図はなくとも、同じ事をフィリオは言ってしまった。


――貴き私ではなく、賤しきお前がやればいい、と。


「こいつに乗りたいならその偉そうな服を脱いで股を開け。こいつに乗れる権利と引き替えにお前の全てを奪ってやる」


 まさしくも汚物を、それ以下を見る目でヘイズがフィリオを嗤う。自らが最低のクズだと自ら示したフィリオを。

 この男の虎の尾そんげんを徹底的に踏みつけたフィリオにもう、この男が好意的に振る舞うことは絶対にない。


「さぁ選ぶがいい、お前の未来か、お前の国民たちの未来か、そのどちらかをな!」


 そうヘイズが煽るのと同時に、爆風が工房に、フィリオたちに襲いかかった。

 砲撃が、街まで届いたのだ。国防軍ではなくユーグリスが既に、敵の標的に移行している。


 ハッと空を見上げれば、上空にてソードロッドを構える一体のARMがいる。

 いや、それはARMではない。純白の装甲を纏い、その頭部に七つの目を張り付けた人型のそれは――


「やはり出てきたか、Deus Ex Machina死をまとう機械 Orno Nexの悪魔

「DEMON!? あれが?」

「そうだ。七ツ目ヘプタキュラ以上はDEMONの直轄だ。まあ眼紋獣オセラス同様の自動制御に改造されているのもあるが」


 Deus Ex Machina死をまとう機械 Orno Nexの悪魔宇宙ソラから眼紋獣オセラスを率いてやってきて、この星に大戦を引き起こした文字通りの悪魔。


「DEMONは大戦を経て滅びたのではなかったのですか!?」

「根絶なんてものは容易じゃあねぇんだ。討ち零しの一体や二体いて、そこから繁殖してても何の不思議もねぇだろ。第一、眼紋獣オセラスに命令して特殊な行動を取らせられるのはDEMONだけだ」


 要するに、今ボレアリウス=ティエント間の眼紋獣オセラスが全てボレアリウス側を襲っているのは、


「ティエントが――DEMONと手を組んでいると」

「ハッ、DEMONが人類と手を組むかよ。ティエントは踊らされてるだけの道化さ」


 DEMONが、この状況を作り上げたということだ。


 上空にいる七ツ目ヘプタキュラのソードロッドが光を纏い――街の中に幾つもの爆発が花開く。

 これだ、こうやって護星獣マリステラドゥアムトは倒され、ペキニエの街は砂塵と流砂に呑まれたのだ。


 キッと空を睨み付けるフィリオの頭上で七ツ目ヘプタキュラがソードロットに一際大きな光を蓄え――

 それを阻むかのように、横合いからの誘導飛翔体ミサイル七ツ目ヘプタキュラを打ち据える。


「今のはマンジェットの誘導か? 妙だな、ヤマブキに都市上空のアレを狙うような決定はできねぇ筈だが……」


 だが、ミサイルの直撃を受けた七ツ目ヘプタキュラはそれでトサカにきたようだ。

 ユーグリス上空から再び砂漠の方へと飛び去っていき、これで僅かな時間は稼げるだろう。

 だから――


 フィリオはその身に纏っていた衣服の全てを脱ぎ捨てて、ヘイズの前に決意と共に立つ。


「……後悔はしねぇな?」

「しますよ。でもここで戦わなければ、その方がよっぽど後悔します」


 そうとも。恐らくフィリオは今日のこの日の己の判断を、ずっと死ぬまで後悔し続けることになる。だが、それでも。


「これ以上、誰かの思い通りに踊らされ続けるのだけは許せない――絶対に許せない! 許したくない!」


 この怒りは本物だ。この怒りがフィリオだ。だからこそフィリオはこんなところで死んでられない。

 兄に、ティエントに、DEMONにいい様に踊らされ続けたこの怒りを、恨みを――晴らさずして死ねるわけがないではないか。






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