間違えられない暗号メッセージ


「ど、どうしましょう」

「奥さん落ち着いてください。応援の刑事を呼びました。一旦、深呼吸して」

 ひざから崩れ落ちた青海さんを、警官2人が両脇から支える。

「はーはー…………すみません、ありがとうございます」

「それより奥さん、『ふじの書状』というのは、確か龍沢家の所蔵品ですよね」

「はい。うちで最も価値があるものでして」

 警官に『ふじの書状』の説明をする青海さん。

 昨日わたしが蒼衣ちゃんから聞いたのと同じ内容だ。

「では、その書状を欲しがっているという方に心当たりは?」

「どうでしょう、白井家は以前から書状が本物かどうか疑っていましたけれど」

 そう言い放って、青海さんは虎子ちゃんをにらみつける。

「あの、白井家は今回の件と本当に無関係です。疑うのなら、今からわたしの父上、白井家現当主に電話してもいいですよ」

 虎子ちゃんはたじろぐこともせずスマホを取り出す。昨日の蒼衣ちゃんと虎子ちゃんのように、青海さんと虎子ちゃんの間にもバチバチと火花が散り出しそうだ。

「奥さん、落ち着いてください。それよりも、一旦その書状をお見せしてもらうことは可能ですか。誘拐犯がそれを欲しがっているなら、偽物を作って渡すという手もあります」

「わかりました。……それで、蒼衣はいったいどこに?」

「今、足取りを追っているところですが、まだ時間かかりそうです」

 ――そうだ。蒼衣ちゃんはどこへ行ってしまったのか。

 蒼衣ちゃんは謎解き勝負でわたしに負け、青海さんに怒られて落ち込んでしまった。

 で、ぼんやりしたくなって、家を出ていった。

 そしたら、龍沢家と近所の公園の間のどこかで、誘拐犯にさらわれた。

 多分、誘拐犯は『ふじの書状』目当てで、蒼衣ちゃんを狙っていたのだろう。

 しかし誘拐犯によって閉じ込められているとなると、蒼衣ちゃん探しは難しくなる。

 極端な話、そこら辺の適当な家や、マンションの一室に閉じ込められていてもおかしくないのだ。

 これで手がかりも全く無いとなると、本当に警察による地道な捜索しか……


 いや、手がかりになるかどうかはわからないけど。

「ねえ。念の為確認だけど、『えてせりおひにさえ』について何か心当たりある? 海老川に関する事とか」

「いや」

「ないな」

「無いですわね。それって、蒼衣が電話で言っていた?」

 鷹くんも隼くんも、虎子ちゃんも心当たりはないようだ。

 とすると。

「じゃあ、あれって、蒼衣ちゃんが残した手がかりなんじゃないのかな」

 蒼衣ちゃんが電話越しに、わたしたちに告げてきた謎の言葉。

 いや、『えてせりおひにさえ』もそうだけど、その後クラスの事を言ったのも謎だ。

 蒼衣ちゃんが、そんなよくわからないことを突然言うだろうか。

 誘拐されて頭が混乱していた、というのはあるかもしれない。

 だとしても。

 わたしは、昨日の蒼衣ちゃんとの謎解き勝負を思い出す。

 ――うん。

 あれだけ頭のキレる蒼衣ちゃんが、意味不明な言葉を叫ぶわけがない――

「暗号……」

 虎子ちゃんがつぶやく。

 やっぱり、そうだよね。

 ならば多分これは、蒼衣ちゃんが、電話越しに何か伝えようとしたものだ。

 誘拐犯にはわからないよう、暗号の形で。

 そしてわたしたちは、この暗号を解かなければいけない。

 昨日と違うところは、絶対に失敗が許されないところだ。

 特に、昨日蒼衣ちゃんを負かしてしまったわたしは。


 えてせりおひにさえ。

 意味不明な文字列。

 しかも短いから、文字を足し引きすることもできない。

 やれることは多分、文字の変換。

 それなら、いくつかパターンはある。

 昨日わたしが蒼衣ちゃんに出した暗号問題が、そのまま返ってきたような感じだ。

 もしかして、あれを思い出して、蒼衣ちゃんは……

 いや、そんなことよりも暗号を解くのが先決。

 今回は時間をかけてる場合じゃない。今こうしている間にも、蒼衣ちゃんの身に危機が迫っているのだ。

 早く解かないと。

 ひたすらパターンを試していたのでは時間がかかりすぎる。

 でも多分、どのパターンなのか、蒼衣ちゃんはそれもヒントに込めているはず。

 クラスの話をしたのが、きっとそうだ。

 蒼衣ちゃんのクラスって、確か……


 あっ。

 だから、そういうこと……?

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