最後の勝負
――無言の時間が流れる。
10分経っても、誰も何も言わない。
横を見ると、鷹くんも隼くんも、虎子ちゃんも難しい顔をしている。
みんな、真面目に蒼衣ちゃんの問題を考えているんだ。
もちろんわたしも考えている。が、どうしても思いつかない。
同じコースを同じところから走り出して、終わったときも同じ場所にいた。
でも走る速さは片方がずっと速かった。
そんなのが可能だとしたら、途中でコースが分かれたりとか、一周差がついたとかいう状況しかありえない。
けどコースが分かれるのでは同じコースとはいえないし、周回コースではないという条件はついている。
やっぱりダメだ。普通にはどうやっても無理である。
ここは問題を整理し直そう。
「今日は快晴、絶好のスポーツ日和」
わたしはつぶやき、蒼衣ちゃんの座る向こうに目をやる。障子は開け放たれ、その向こうは縁側を挟み太い木が何本も生えている広い庭。
のぞいている空は気持ちいいぐらいの真っ青。まさにこういう日のことを言っているのだろう。
あれ、でもこれって問題に関係あるのかしら?
「なあ、これ2人とも本当に走ってるのか?」
その時、沈黙を破ったのは鷹くんだった。
「あたし、うそは一言も言ってないわ。2人とも、確かにジョギングをしている」
「ジョギングって言ってるけど、実は歩いていたとか?」
「何言ってるんだ鷹。走行距離は離れていった、って言われただろう」
隼くんが鷹くんの肩を小突く。
確かにそうだ。AさんもBさんもちゃんと走っている、と確かに言われている。
でも鷹くんの言うことは正しい。
始めから止まってでもいない限り、こんなこと……
止まる?
「あっ!」
「すずめさん?」
「そういうことね、やられた」
気づいた瞬間、わたしは心のなかで笑っていた。
わたしは、思い込みをしてしまっていたのだ。
鷹くんも隼くんも、虎子ちゃんもきっと。
いわば、蒼衣ちゃんにだまされていたのである。
しかし考えてみれば、だますのを上手くやるのも謎を作る能力だ。『海老川四家』の当主には謎解きの能力が求められる、というのを改めて実感する。
「答えるわ。『2人は、ランニングマシンでジョギングしていたから』」
「ああっ!」
鷹くんと隼くんの声が重なる。息ぴったりだ。
「はあっ、確かに外を走ってたとは一言も言われてないわね。なるほどすずめさん、さすが赤崎家の新当主と言われるだけありますね」
虎子ちゃんも納得してる。けど、わたしを当主というのはやめてほしい……
「そう、わざわざ快晴なんて言ったのは、外を走ってたと思わせるための引っ掛け。ジムなんかにあるランニングマシンを使えば、どれだけAさんとBさんの間で足の速さや体力が違っていても、最初から最後までずっと隣同士にいられる。でも、2人の走行距離は、当然同じにはならない」
晴れた日にだって、ジムで運動するのが好きって人もきっといるだろう。
いじわるな問題文ではあるが、思い込みを誘うという意味では良い文章だ。
「正解よ。あーこれは結構自信あったんだけどなー」
蒼衣ちゃんが両手で伸びをする。
その顔は悔しいような、どこか吹っ切れたかのような。
「蒼衣、認めなさい。すずめさんの実力は確かよ」
「わざわざ虎子に言われなくてもわかってるって。それともあんたは最初からわかってたって言うつもり?」
「少なくとも、いきなり果たし状なんて送りつける真似はしなかったけど? 蒼衣、そういうところ本当にはしたないわよね」
「はしたないは関係ないでしょ! というか虎子だって、本当はすずめの力におびえてるんじゃないの? 赤崎家まで相手にできない、とかね」
「あら、その言葉そのままお返しするわ。蒼衣、赤崎家をめんどくさく思ってるのはあなたでしょう?」
蒼衣ちゃんと虎子ちゃんから赤崎家という言葉が出て、鷹くんが勢いよく立ち上がる。
「なんだよ2人とも、俺らをめんどくさいとかなんだとか言いやがって」
「鷹、落ち着け。2人がそういうことを言うのは当たり前だろ。それにこれは、すずめが認められてるってことだ」
隼くんに制止されて、鷹くんは再び畳に腰を下ろす。
「それよりもすずめ、最終問題だ。すずめの一番を、蒼衣にぶつけてやれ」
そうだ。わたしからの最後の問題。これを蒼衣ちゃんが答えられなければ、わたしの勝ちが決まる。
「うん、わかった」
わたしは改めて、蒼衣ちゃんを真っ直ぐ視線に捉える。
しかしこうして見ると、蒼衣ちゃんはやっぱりかわいい。
くりくりした大きな瞳に整った顔立ち。勝ち気な表情。
きっと男子からも人気ありそうだな。家はお金持ちだし。
――でも、それと勝負とは全くの別問題だ。
「問題。この暗号を解読してください。『のそつそてくけさなそせおきあけてくけすあてな』」
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