最後の勝負

 ……無言の時間が流れる。


 5分、10分と経っても、誰も何も言わない。



 ……横を見ると、鷹くんも隼くんも、虎子ちゃんも難しい顔をしている。

 みんな、真面目に蒼衣ちゃんの問題を考えているんだ。


 もちろんわたしも考えている。

 ただ、どうしても思いつかない。

 同じコースを同じところから走り出して、終わったときも同じ場所にいた。

 でも走る速さは片方がずっと速かった。

 そんなのが可能だとしたら、途中でコースが分かれたりとか、一周差がついたとかいう状況しかありえない。

 けどコースが分かれるのでは同じコースとはいえないし、周回コースではないという条件はついている。


 わたしは頭の中に、一本道の道路を思い浮かべる。

 その端に鷹くんと隼くんを置くと、2人が同時に走り出す。


 鷹くんの方が足が速いらしいので、どんどん2人の差はついていき……



 ――ダメだ、やっぱり普通にはどうやっても無理だ。


 ここは問題を整理し直そう。

 1問目のお寿司みたいな思い込みがどこかにあるのかも……



「今日は快晴、絶好のスポーツ日和」


 ……わたしはつぶやき、蒼衣ちゃんの座る向こうに目をやる。障子は開け放たれ、その向こうは縁側を挟み太い木が何本も生えている広い庭。

 のぞいている空は気持ちいいぐらいの真っ青。まさにこういう日のことを言っているのだろう。


 あれ、でもこれって問題に関係あるのかしら……?



「なあ、これ2人とも本当に走ってるのか?」

 その時、沈黙を破ったのは鷹くんだった。


「あたし、うそは一言も言ってないわ。AさんもBさんも、確かにジョギングをしている」

「ジョギングって言ってるけど、実は歩いていたとか?」

「何言ってるんだ鷹。走行距離は離れていった、って言われただろう」


 隼くんが鷹くんの肩を小突く。

 確かにそうだ。AさんもBさんもちゃんと走っているということは示されている。


 でも鷹くんの言うことは正しい。

 始めから止まってでもいない限り、こんなことは……



 ……止まる……


 

「――あっ!」


「すずめさん?」

「……そういうことね……やられた」


 気づいた瞬間、わたしは心のなかで笑っていた。

 またわたしは、思い込みをしてしまっていたのだ。

 鷹くんも隼くんも、虎子ちゃんもきっと。


 そして同時に、これは確かに質問禁止にするにふさわしい問題なんじゃないか、とも思った。


 もし質問ありだったら、わたしはコースのところを細かく突っ込んでいた気がする。

 そしたら、すぐにこの思い込みに気づけたかもしれない。



 とにかく、こんなふうにわたしたちをだます蒼衣ちゃんは、確かに出題が上手い。

 謎解きの出題が上手い人は、当然謎を解くのも上手い。


『海老川四家』の当主には謎解きの能力が求められる……それをわたしは初めて実感した。



「答えるわ。『AさんとBさんは、ランニングマシンでジョギングしていたから』」


「ああっ!」

 鷹くんと隼くんの声が重なる。息ぴったりだ。


「……はあっ、確かに外を走ってたとは一言も言われてないわね……すずめさん、さすが赤崎家新当主と言われる方だけありますね」

 虎子ちゃんも納得してる……けどわたしを当主というのはやめてほしい……


「そう、わざわざ快晴なんて言ったのは、外を走ってたと思わせるための引っ掛け。ジムなんかにあるランニングマシンを使えば、どれだけAさんとBさんの間で足の速さや体力が違っていても、最初から最後までずっと隣同士にいられる。でも、2人の走行距離は、当然同じにはならない」


 晴れた日にだって、ジムで運動するのが好きって人はきっとたくさんいるだろう。

 いじわるな問題文ではあるが、思い込みを誘うという意味では良い文章だ。


 

「正解よ。……あーこれは結構自信あったんだけどなー」

 蒼衣ちゃんが両手で伸びをする。その顔は悔しいような、どこか吹っ切れたかのような。


「蒼衣、認めなさい。すずめさんの実力は確かよ」

「わざわざ虎子に言われなくてもわかってるって。それともあんたは最初からわかってたって言うつもり?」

「少なくとも、いきなり果たし状なんて送りつける真似はしなかったけど? 龍沢家って本当にはしたないわよね」

「はしたないは関係ないでしょ! というか虎子だって、本当はすずめの力におびえてるんじゃないの? 赤崎家まで相手にできない、とかね」

「あら、その言葉そのままお返しするわ。蒼衣、赤崎家をめんどくさく思ってるのはあなたでしょう?」


 蒼衣ちゃんと虎子ちゃんから赤崎家という言葉が出て、鷹くんが勢いよく立ち上がった。

「なんだよ2人とも、俺らをめんどくさいとかなんだとか言いやがって」

「鷹、落ち着け。2人がそういうことを言うのは当たり前だろ。それにこれは、すずめが認められてるってことだ」

「だけど……」

 隼くんに制止されて、鷹くんは再び畳に腰を下ろす。



「それよりもすずめ、最終問題だ。すずめの一番を、蒼衣にぶつけてやれ」


 ……そうだ。

 わたしからの最後の問題。これを蒼衣ちゃんが答えられなければ、わたしの勝ちが決まる。


「うん……わかった」


 わたしは改めて、蒼衣ちゃんを真っ直ぐ視線に捉える。

 しかしこうして見ると、蒼衣ちゃんはやっぱりかわいい。

 くりくりした大きな瞳に整った顔立ち。勝ち気な表情。

 ……わたしなんかよりもよっぽど恵まれた見た目だ。家はお金持ちだし、男子からも人気ありそう。



 ――でも、それと勝負とは全くの別問題だ。



「問題。この暗号を解読してください。『のそつそてくけさなそせおきあけてくけすあてな』」



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