母さんが残したもの
***
「すずめの部屋はここだ。あ、荷物とかはもう届いてるぞ」
「もし良かったら、俺らも何か手伝おうか?」
「ありがとう。――じゃあ、本棚組み立てるの手伝ってもらっていいかしら」
鷹くん隼くん兄弟の部屋の隣にある、6畳の畳敷きの部屋が新しいわたしの部屋。引っ越しセンターの人が運んでくれていた家具がすでに置かれている。
その中でひときわ目立っていたのが、部屋の片隅にあった分解された本棚。
「これ、すごい古そうだな」
隼くんが木製の部品を眺める。
こげ茶色になった部品はあちこち傷がついており、組み上がったまま運ぶのではさらに傷がつくという理由で一旦バラして運ぶことになったのだ。
「うん。母さんが結婚した時に買って、その時もう中古品だったらしいから」
だから、何年前に作られたのかは分からない。
確実なのは、この本棚とその中にあった本は母さんの形見であるということ。
「そうか茜おばさん、本が好きだったのか」
早くも組み立てを始めている鷹くんがつぶやく。
「わたしの母さんとは、2人は会ったことあるの?」
「いや、顔も知らない。俺らの母さんやおばあちゃんから話で聞いただけだ」
「すずめの方は、本当に赤崎家について何も知らなかったんだよな」
「なんにも。母さん、そんな話全くしてなかった」
だから、今日海老川に来て、鷹くんや隼くん、朱那おばさんから聞いた話がわたしにとっての赤崎家の全てだ。
母さんは当主を継ぐのを嫌がって、ケンカ状態で家を飛び出してきたから、実家のことを話したくなかったのだろう、というのが朱那おばさんの考えである。
「――申し訳ない、すずめ。母さんが無理を言って」
段ボール箱を開けていた隼くんが、軽く頭を下げた。
「でも、すずめが赤崎家当主になってほしいという気持ちは、俺らにもある」
「だからその、できれば、すずめには『はい』と返事してほしい」
鷹くんも言葉を続ける。
――朱那おばさんの、ゴールデンウィークまでに返事してほしいという提案。
それに対し、鷹くん隼くんはしばらく反対の声を上げていたが、最終的には朱那おばさんに押し切られた。
そのまま、朱那おばさんは仕事があるからと自分の書斎にこもってしまい、わたしたちは置き去りに。
で、わたしは2人に家の中を一通り案内され、最後にこの新しいわたしの部屋にやってきたのである。
「だって、当主なんて、絶対その、何かあるんじゃ」
「平気だよ。俺らが手助けする。すずめに迷惑はかけさせない」
「――鷹は強気に言ってるけど、何もないとはさすがに言い切れないな」
本棚の大きな部品を器用に組み立てながら、鷹くんは笑顔になる。
一方、隼くんの顔は真顔のままだ。
そっくりの二人でも、ここまで違うとさすがに表情の変化は読み取れる。
「まずは
「あの、その龍沢家と白井家って?」
さっきの朱那おばさんの言葉の中にも出てきたはずだ。
「話があっただろ、『
「両方とも、『江戸時代、海老川で最初に謎解きのサービスを始めたのは自分たちだ』って主張してるんだ。だからいつもバチバチにケンカしてる」
「ちなみに最後の1つは
赤崎家と同じ『海老川四家』、つまり江戸時代から続く家柄。
そして、謎解きの能力で競ってきたという家たち。
「心配するな、すずめ。別に誰かに襲われるわけじゃないし、もしそういうことがあったら、俺がそいつを殴り飛ばしてやる」
「鷹、変なこと言うなよ。まあ、そういう身体を使うのは鷹に任せるけど」
「隼ももっと運動しろよ。お前もう少しかっこよく思われたくないのか」
この兄弟は、そうやって言い合いながら、わたしの荷物を整理するのを手伝いながら、でもやっぱり、わたしが当主になることを望んでいる。
逃げられそうな感じは、今のところ無い。
「ところで、茜おばさんの形見だからって、こんな大きな本棚どうするんだ?」
いつの間にか、鷹くんはほとんど1人で本棚を組み上げていた。
釘とかは使わず、部品同士を組み立てるだけとはいえ、結構重い部品とかもあったのだけども。
それはともかく、本棚の使い道なんて1つしかないだろう。
「もちろん、本をしまうのよ」
わたしはスーツケースを開ける。中身は最低限の衣服以外、全部わたしの本。
「隼くん、そっちの段ボール箱も開けてくれないかしら。多分本が入ってるから」
わたしが指した箱のガムテープを隼くんが切って、ふたを開ける。
「わっ、すごいぞ鷹。全部文庫本、それもミステリ小説だ」
「ミステリ?」
「ああ、本当にすごいな。『ドグラ・マグラ』もある」
「えっ、隼くん知ってるの?」
まさか同い年で知ってる子に会えるなんて。
「聞いたことあるだけだ。というか、これ全部すずめのものなのか?」
「ううん、その箱は母さんの本。といっても、ほぼ全部わたしも読んだけど」
「あっ、こっちの箱も本しか入ってないぞ隼」
「そっちは、母さんのとわたしのが半々かな」
確か、もう何箱か本を入れたはずだ。
母さんの持っていた、数え切れないほどのミステリ小説。前に住んでた家では、本棚からあふれた本が母さんのベッドの周りに積み上がっていたっけ。
その上、わたしがいくら読んでも、いつの間にか本が増えているのだ。さらに、母さんがわたしに買って勧めるなんてこともしょっちゅうだったから、わたしの目の前には、当たり前にミステリ小説があった。
それらを全部この家に持っていくのは無理だということで、古本屋に売ったり、近所の図書館に寄付したりしたけど、それでも数百冊はあるはず。
わたしが自分で買った本と合わせると、本棚の8割ぐらいは埋まるだろう。
「もしかして、段ボール箱がやたら多い理由って」
「なるほど。すずめの謎解き能力を生んだのは、このミステリというわけか」
「ねえねえ、鷹くん隼くんもミステリ読むの? いくらでも貸してあげるよ?」
そういえば母さん、『他人に本を勧めるのが一番楽しい』とよく言ってたっけ。
その気持ち、今ちょっとわかる。
「ああ、鷹は漫画しか読まないよ。俺もあんまりちゃんとした小説は読んだことないけど、せっかくだから少し読んでみようかな」
「ほんとに! じゃあ、おすすめは……」
今日一番の喜びとともに、わたしは目についた本を1冊取り出す。
わたしもかなり昔に読んだ、子供向けのとっつきやすい作品だ。
いや、ちょっと待てよ。
わたしはこの本の中のあるくだりを思い出す。
今日は結局、鷹くん隼くんに問題を出されただけ。
わたしからは何も出来ないまま、というのは、なんだかしゃくにさわる。
「そうだ、このわたしのおすすめの中から1つ、2人にも問題を出してあげる」
「ほう、そう来たか」
「おっ、すずめも問題を出してくれるのか!」
その途端、兄弟の顔つきが変わった。
問題という言葉に反応したかのように。
「800mlのパックいっぱいに入ったジュースを、2人で400mlずつ分けようと思います。ところが、300ml入る容器と、500ml入る容器しかありません。しかも、パックにも容器にも目盛りがついておらず、容器ちょうどの分量しか測れません。さて、どうすれば400mlを測れるでしょうか? ただし、パックと容器以外の道具は使えないものとします」
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