知らないことが多すぎる
「……どういうこと?」
わたしと鷹くん(?)の目が合う。
彼の、わたしに向ける目が変わった。
とても、真面目な目をしている。
「ああ、あなたの名前は聞いただけだから、鷹くんという名前自体が嘘なのかもしれないけど……最初にわたしを駅で出迎えたのが鷹くんだとして、今いるあなたは、同じ鷹くん?」
「同じって?」
「途中であなたは、鷹くんと入れ替わって、鷹くんのふりをしてわたしをここまで連れてきた。多分公園のトイレに行ったとき。違うかしら?」
もしそうなら、今目の前にいる彼と本当の鷹くんとは仲間だ。
示し合わせて、公園のトイレで入れ替わった。
万が一わたしが『わたしもトイレ行く』となったとしても、男子トイレの中までは一緒に行かない。
なんでわざわざそんなことを、という疑問はあるけど、それは一旦置いといて。
「何を言ってるんだ? 俺は鷹だよ。そのトイレに行った前後で何か変わったって言うのか?」
「変わったわ。大きく2つ」
わたしは指を2本立てる。
鷹くん(?)の顔は、トイレに行った前後で変わってない。
双子だろうか、本当に良く似ている。
でも、明らかに違うところを、わたしは見つけてしまった。
「まず靴」
「靴?」
わたしは、鷹くん(?)の足元に目を向ける。きれいな運動靴だ。
でも、きれい過ぎる。
「最初にわたしが駅で会ったとき、鷹くんの靴は汚れていた。体育の時間とか休み時間の後、それも校庭で走り回った後みたいに、砂がたくさんついていた。でも、今あなたが履いている靴は、同じ柄だけど、ピカピカ」
わたしとバスに乗ったり歩いてたりするうちに靴が汚れた、というのならまだ可能性が無くはない。でも靴がきれいになった、はどう考えてもおかしい。
「途中で靴を履き替えた? としたら、それはわたしが唯一鷹くんの姿を見てないあの公園のトイレで、ということになる。でもなんでわざわざそんなことを? 何か理由があったとしても、わたしから隠れてするのはなんで?」
鷹くん(?)は、黙ってわたしの話を聞いている。
鍵を持った手を動かすのも止め、わたしを相変わらずの良い顔で見ている。
「まあとにかく、外で靴を履き替える、それも人と一緒に歩いているときにというのは不自然。だから、靴じゃなくて人が変わったのかな、と考えた」
もっとも、靴を履き替える理由があった可能性もゼロではない。だけど、別人になったんじゃないかと考えると、もう1つの違いがはっきり浮かび上がる。
「それから、右手と左手」
――鷹くん(?)の表情が、ほんの少し変わった。
「わたしとバスに乗ってきた鷹くんは、ペットボトルを右手で開けてた。髪を右手でかき上げていた。わたしのスーツケースを右手で持とうとした。でもあなたは、ペットボトルを左手で開けてた。髪を左手でかき上げていた」
わたしの母さんは右利き、父さんは左利きだった。
わたし自身は右利きだけど、左利きの人がとっさに左手を使いやすいということは、父さんを見ていてなんとなく知っている。だから目についたのだ。
「今もほら、鍵を左手で持ってる。それ、家の鍵だよね?」
わたしの指した先では、鷹くん(?)の左手が鍵を握って、玄関の方を向いている。
「両利きの人もいるとは思うけど、それよりは右利きの人と左利きの人が入れ替わった、というのが自然じゃない? 特にペットボトルを開けるのなんて力がいる。日常的に両方の手で開ける人なんて、多分いない」
両利きの人に出会ったことはないけど、例えそういう人でも、普段この動作はこっちの手でやる、って決まってるんじゃなかろうか。無意識だとしても。
「――以上2つの理由から、わたしはあなたが鷹くんではない、とてもよく似た別の人間だと考える」
そこまで言って、わたしは鷹くん(?)をじっと見つめる。
鷹くん(?)の表情は、困っているような、慌てているような。
駅で最初に会ったときなれなれしくしてきた鷹くんとは、雰囲気が違う。
「でもさ、すずめ。俺がなんでそんな面倒なことをする、と思うんだ? いとことはいえ、初対面のすずめ相手に」
鷹くん(?)がようやく絞り出した言葉。でもそれは確かに、当然の疑問だ。
なぜそんなことをしたのか? わたしをだます理由は?
「本当にただの想像だけど……これも、わたしに対しての問題だった、とか?」
赤崎家の人は、謎解きが好き――
それを鷹くんたちは、わたしと出会った瞬間から示していた、のかもしれない。
何しろ、赤崎家についてわたしは知らないことが多すぎる。
これからわたしもそこの一員になる、というのに。
もしかして鷹くんたちにとって、これぐらいはあいさつのようなものなのか。
「そんなめんどくさいことするわけないだろ」
「
その時、2つの声が重なった。
目の前の鷹くん(?)が発した声に重なって、彼を隼と呼ぶもう1つの声がする。
「しかし、すずめは俺たちがこんなことをした理由をまだ当てきれてない」
「いやいや、そこまで当てられるわけ無いだろ。俺らの入れ替わりを当てた時点で合格じゃないのか」
門から入ってきたのは、もう1人の鷹くんだった。
隣で鍵を持ったままの鷹くん(?)を指して、わたしに向かってほほえむ。
「すずめ、すごいな。あ、俺は本当の
「……ったく。そういうことだ、すずめ。続きは家の中でちゃんと説明する」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます