赤崎家のテスト


 ***


「改めて、俺は赤崎あかざき たか。すずめを駅で出迎えたのは俺」

「で、鷹とトイレで入れ替わって、すずめとここまで来たのは自分。赤崎あかざき じゅん

 今わたしの前には、畳の上であぐらをかく鷹くんと、足を伸ばす鷹くんがいる。

 ……ん? 鷹くんが2人?

 でも、それぐらいこの2人の顔はそっくりだ。ただ今は髪型が変わっているので、なんとか見分けがつく。

 駅で初めて会ったときと同じ、普通の髪型なのが鷹くん。

 一方、隼くんの髪はぼさぼさになっている。きっと寝ぐせが立っていても気づかないだろう。

「すずめと同じ、今度から5年生になる。あ、学校も同じになるんだよな。母さんから聞いてるか?」

「うん。もう転校の手続きは済んでるって」

 ちなみに、ランドセルなどの大きな荷物も、朱那しゅなおばさんが手配した引っ越しセンターの人によってすでに運ばれている。わたしが今日持ってきたのは、今部屋の隅に置いてあるスーツケース1つだけだ。


 ――2人の鷹くん、もとい双子の鷹くん隼くん兄弟によってわたしが家の中、居間に入るとそのまま引越しの挨拶が始まった。

 と言っても、ここにいるのはわたしたち3人だけなのだけど。

「よろしく。そうそう、さっきはすごかったな。隼、結構慌ててたぞ」

「えっ、そうなの?」

 表情変わったな、と読み取るのがわたしにはやっとだったのけれど。

 普段から見慣れてる双子の兄弟だからこそわかるものもあるのだろうか。

「ああ。珍しいな、隼があんな顔するなんて」

「あのな、大変だったんだぞ鷹のふりするの。お前があんまりすずめに気軽に接するんだから」

「隼くんは、もしかしてやりたくなかったの?」

「まあ……でも、鷹が『すずめを試すにはこれしかない』って言って聞かないから、仕方なく」

 わたしを試す、か。

「そういうわけだ。母さんから言われたんだよ。『この赤崎家を任せるにふさわしい人間か、すずめさんをテストしなさい』って」

 鷹くんは、そう言って右手で髪をかき上げる。

「……テスト?」

 思わず聞き返してしまうわたし。

 やっぱり、赤崎家は普通じゃないんだ。

「ああ。というのも……」

「ただいま。すずめさんはもう来ているかしら?」

 隼くんの声を遮って、女性の声が聞こえてきた。


 ***


「お久しぶり、赤崎あかざき 朱那しゅなです。鷹、隼、どうだった?」

「すずめのことなら文句なしの合格だよ」

「良いんじゃないの?」

 居間に入ってきたのは、朱那おばさんだった。

 顔を合わせるのは両親の葬式の日以来で、2度目の対面になる。

「そう。じゃあ早速、本題に行きましょうか」

 朱那おばさんは、鷹くん隼くんを押しのけて、わたしの正面に正座。

 しかしこうして見ると、朱那おばさんもやっぱり結構な美人だ。スタイルもいいし、モデルとかできそう。


「すずめさんには、この赤崎家の当主になっていただきたいのです」

 ――え?

 とうしゅ、という言葉を漢字に変換するのに、少し時間がかかった。

「当主って、そんな大げさな」

「いえ、赤崎家は江戸時代から続く、由緒正しき『海老川四家えびがわよんけ』の1つ。その歴代当主の血を引くすずめさんには、この赤崎家を背負って立つ義務がある」

 ちょっと待って、話が大きくなってきた。

 わたしが、歴代当主の血を引くって……

「鷹、隼、すずめさんに説明してないの?」

「ずっとすずめをテストしてたから、時間が無かったんだって。な、隼」

「鷹は余裕あっただろ。俺は鷹のふりをするのに必死だったって言ったよな」

「はあ。ではすずめさん、私から説明します。……海老川が『謎解きの街』と呼ばれているのはご存知で?」

「はい」

 なんたって、駅前のビルの垂れ幕や、街なかの掲示板にまで書いてあるのだ、嫌でも目に付く。

「その由来は、江戸時代の初めにまでさかのぼります。当時この辺りには、江戸からの街道沿いに大きな宿屋が4つあり、互いに客の争奪戦を繰り広げていました。これが『海老川四家えびがわよんけ』の始まりで、我々赤崎家の先祖もその1つとしてこの地に店を構え、多くの客をもてなしていたそうです」

 なるほど、由緒正しきというのはどうやら本当のようだ。

「さてそんな中、ある宿屋が客を呼び込む新たなサービスを始めました。客に飲食物と一緒に謎かけの出題を始めたのです」

「謎かけって、あの『〇〇とといて〇〇ととく、その心は』みたいなやつです?」

「最初はそのようなものだったそうです。ですが好評になるにつれて、とんちやひらめきが必要なものから、今で言う論理パズルまで多種多様になっていきました。そして同時に、それを見た他の宿屋も同じようなサービスを始め、あっという間に海老川全体に広まったのです」

 飲み食いすると、一緒に謎が出題される、か。

 でも、そんなサービスが好評になるなんて、江戸時代の人たちってそういうの好きだったのかしら?

「当然、謎を作る人間は自身も謎を解けなければいけません。必然的に海老川の住民は謎を作り、解けるようになりました。特に『海老川四家』の歴代当主には高い謎解きの能力が要求され、その能力で家同士の力関係も決まるようになりました」

 家同士の力関係が、謎解きの能力で決まるなんて、すごい話だ。

 というかそれ本当?

「そしてその伝統は、今でも続いています。特に龍沢たつざわ家と白井しらい家はライバル関係が強く、どちらが上かをいつも争っています。ですが、赤崎家も負けてはいられない。すずめさんを新たな当主に迎えて、海老川で一番の家になるのです」

「ちょっと待ってください。わたしが当主って……わたし、まだ小学生ですよ」

「しかし、あなたの母親が亡くなってしまった以上、すずめさんが次の当主候補筆頭になるのです」

 朱那おばさんの有無を言わさぬ口ぶり。まるでわたしが当主になることは、もう決定しているかのようだ。

 あれ、でも……

「当主候補だったら、朱那おばさんも入るのでは?」

「いえ。先代当主の長女だったあなたの母親――あかね姉さんが本来の次の当主であり、そのあかね姉さんが亡くなった以上、その子であるすずめさんが次の候補なのです」

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