ほんと村とうそ村と赤崎家


 なるほど。

 つまり、例えば「どっちが『ほんと村』へ通じていますか?」と聞いたとして、左、と答えが返ってきたとする。

 でも、それは左が『ほんと村』へ通じていて、『ほんと村』の人が本当のことを言ったのか、左は『うそ村』へ通じているけど、『うそ村』の人が嘘をついたのか、分からない。

 わたしは、聞いた人がどちらの村の人か、そしてどっちの道が『ほんと村』へ通じているのかを、1回の質問で見破らないといけない。 

 ――って、そんなの無理じゃないの?

 だとしたら、聞いた人がどちらの村の人であるか、それを知るのを諦めないといけない。そしてそれでも上手くいく方法がきっとあるのだろう。

 どうあれ、『ほんと村』へ通じる道を確定させるには……

「すずめ、真剣だな」

「へっ?」

 急に聞こえてきた声に思わず顔を上げると、鷹くんの顔が目の前にあった。

 左耳にかかった髪を自分でかき上げ、わたしと目線が合う。

「やはりすずめも赤崎家の人間、謎解きには目が無いってことか」

「えっそんなこと」

 考えたこともない、と言いかけて、母さんの顔が脳内をよぎる。

 母さんの本棚に並んでいた、たくさんのミステリ小説。

 そして、赤崎家というのは母さんの実家だ。

 ……赤崎家の人は、謎解きが好き?

「まあいいや、ちゃんとした説明は後でするよ。この問題が解けたら、だけど」

 目の前の彼はそう言ってにやにや笑う。

 それを見てたら、なんだか意地になってきた。

 絶対に『ほんと村』へ行き着いてやる。


 聞いた人が『ほんと村』の人か『うそ村』の人か。左右どちらの道が『ほんと村』へ通じているのか。

 可能性は2×2で4通りだ。

 聞いた人がどっちなのかに関係なく、答えで左右どちらの道かを見分けるためには……『うそ村』の人が嘘をついてもいいようにする?

 あっ、分かった!

「こう聞くのね。『あなたは、左右どちらの道の先にある村から来ましたか?』」

「その理由は?」

 淡々と聞き返す鷹くん。

「まず左が『ほんと村』、右が『うそ村』へ通じているとする。聞いた人が『ほんと村』の人だったら、当然左って答えるわ。で、『うそ村』の人だったら、右から来たことになるのだけど、嘘をついて左と答える」

 鷹くんからは何も返ってこない。ということは、説明は合っているのだろうか。

「で、今度は右が『ほんと村』、左が『うそ村』へ通じているとする。さっきと逆で、『ほんと村』の人は右って答えるし、『うそ村』の人は本当なら左というところを嘘をついて右って答える」

 しかし説明しながら思う。よくできた、面白い問題だ。

「だから、質問して返ってきた答えの方に進めば、その先は『ほんと村』に通じる。――聞いた相手が『ほんと村』の人でも『うそ村』の人でも関係なく、ね」

「正解だ、すずめ。俺の期待通りだな」

 鷹くんはまた小さく拍手する。……期待?


「って、この街の人は、こんなやり取りをしょっちゅうしてるの?」

 問題が解けたはいいが、改めて疑問が出てきた。

 今の問題は、ちゃんと考えて解かなきゃいけない問題だ。

 学校のテストにはこんな問題は出ないだろうけど、頭を使うのは間違いない。

 海老川ではこういう問題を出し合うのはよくあること、というのは、今みたいにしゃべってる中で問題を出されて考えるということなのだろうか。

「しょっちゅう、となるとまあ人によるかな。でも、すずめが赤崎家で暮らすなら、これぐらい慣れてくれないといけない」

 また赤崎家という言葉が出てきた。

 わたしがこれから住むことになる、母さんの実家。

「赤崎家のこと、わたし全然知らない。ねえ、何かあるの?」

 そう言いながら横を見ると、鷹くんはジュースを飲んでいた。

 左手で開け一飲み。その横目でわたしをちらり。

「詳しくは家で話すよ。ほら、あそこ」

 彼が指差すその先、歩いている道の突き当りに、古そうな家があった。

「あれが俺の、そして今日からすずめが住む赤崎家」


 話しているうちに、いつの間にかすぐそこまで歩いてきていたらしい。

 わたしの目の前にあったのは、狭い庭に囲まれた一軒家。

 といっても、色あせた瓦の屋根に、古そうな木造の見た目。

 隣の家との間に立っている周りの塀も、ブロック塀じゃなくて木でできている。

 テレビでたまに見かける昭和時代の家、というのが一番近いだろうか。

「どうだ? 古いけど、中は普通だからな。あ、ちゃんとすずめの部屋はあるし、荷物はもう運んであるぞ」

 門のところには太い字で『赤崎』と書かれた表札。これも古そうだ。

 玄関の扉は横に引くやつ。門から入った脇には、縁側っぽいのが広がっている。

「ああ、やっぱ誰もいないか」

 ここだけ後から取り付けたのだろう、真新しい呼び鈴のボタンを、左手を伸ばして鳴らした鷹くんがつぶやく。

「あ、鍵は持ってるから、上がって」

「ちょっと待って」

 わたしは、彼の言葉を制した。

 ここに来るまで、ずっと気になっていたこと。

 家で荷物を広げて色々やる、その前に解決させておきたい。

「どうした?」

 わたしは呼吸を整える。

 そして、目の前の彼に問いかける。

「――あなた、誰? 本当に鷹くん?」

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