好きなことは嬉しいに決まっている

 小学校があるのは商店街と住宅街の境目あたり。

 周りは家だけでなく、高いビルやマンションも多い。

 だから、道のすき間からあの時計が見えることはあっても、普通の家とかからでは他の建物が邪魔になるような気がするのだ。

「確かに、候補は多くないと思う。でもだからこそ、端からあたっていくことができるはずよ」

 虎子ちゃんが答える一方で、警官の人は無線機らしきものを取り出している。

「はい、監禁場所の手がかりが、はい」

 さっそく、他の刑事さんにこの情報を伝えているようだ。

 もし、わたしの推理が合っていたら。

 これで、蒼衣ちゃんを救える、のかな?


「なあ、もしかして蒼衣、あそこにいるんじゃないか」

「俺もそんな気してる。蒼衣が行くような場所じゃねえと思ってたけど、連れ去られたんなら話は別だ」

 今度は隼くんと鷹くんがそんな話を始めた。

「2人とも、何か当てがあるの?」

 暗号が解けても、具体的に蒼衣ちゃんの居場所の候補としてどういうところがあるのかは、海老川に来たばかりのわたしにはわからない。

 わたしができるのは、蒼衣ちゃんからのメッセージを読み解く、そこまで。

 そのメッセージは『一小の時計』。きっと閉じ込められた場所から見えたもの。

 そして勝手な想像だけど、他に見えたものはあまりないんじゃなかろうか。

 もし他に目立つもの、例えば駅ビルとかが見えたとしたら、きっと蒼衣ちゃんはそれもメッセージにしてるはずだからだ。

 そうしていないということは、そもそも見えていないのか、あるいは『一小の時計』だけで十分だと蒼衣ちゃんが判断したということ。

 わたしにはわからなくとも、海老川で生まれ育った鷹くん、隼くん、虎子ちゃんたちになら、わかるかもしれない。例えば『一小の時計』以外はあまり他の風景が見えないような低い建物とか。

「ああ。一小の正門の前に川があるだろ?」

「うん」

 全力でジャンプすれば対岸まで飛べそうなぐらい細い川だけども。

「その向かい側が、つぶれた工場になってるんだよ」

 わたしは思い出す。

 確かに川に面して町工場っぽい建物があったような……

「あそこなら正面に一小の時計が見える」

「それに、ある程度敷地が広いから、蒼衣が大声を出しても外まで聞こえない」

 なるほど。

「そういえばそんな場所があったわね。たまに男子が勝手に入ってるところでしょ?」

 虎子ちゃんも会話に入ってきた。

 やっぱり、わたしは知らなくともみんなの知ってる場所はあったんだ。

 あの建物から手がかりを伝えようとしたら、『一小の時計』は確かに外せないだろう。あまりにも正面だからだ。

「そこだよ虎子。――すずめ、ありがとう。これで蒼衣を助けられるかも」

「そうだな。さすがだ」

 隼くんがうんうんと首を縦に振る。

 鷹くんはわたしの肩に後ろから右手を回して、そのまま優しくぽんぽんする。

「でも、まだこれで合ってるかもわからないし、それに」

「これならみんなも思いつく、かしら?」

 言おうとしたことを、虎子ちゃんに見透かされた。

「そうかもしれません。ですが、真っ先に思いついたということに価値がある」

「…………」

「言われてみれば『なんだ、そんな簡単なことだったのか』っていうのは、すずめさんもよくあることではなくて?」

 確かにそうだ。

 ミステリのトリックだって、意外とそういうのが多い。

 でも、解決編を読んでからどうしてわからなかったんだ、って思っても意味がない。

 今もそれは同じ。

 早くひらめくことも、謎解きの力のうちなのか。

「すずめ。これで蒼衣を早く助けられるんだ」

「そうだ。もっと自分を誇れ!」

 わたしの背中を、鷹くんがバンと叩いた。

「そうね。それにすずめさんも、蒼衣を助けたいでしょう?」

「えっ」

「そうじゃなければ、真剣に考えないですもの。まだ会って1週間の人のために」

 ――虎子ちゃんの言う通り、蒼衣ちゃんとは知り合ったばかりだ。なんなら、いきなり果たし状なんて突きつけられる出会いだった。

 でも。蒼衣ちゃんとの謎解き勝負、今思い出すとものすごく楽しかった。

 同い年の子とあんなことができるなんて思わなかった。

 そして性格的に、また蒼衣ちゃんはわたしに勝負を挑んでくるだろう。

 それすらも、ちょっと楽しんでいる自分が、間違いなくいたのだ。

 だったらそのために、蒼衣ちゃんは全力で助けないといけない。

 むしろ、今気になるのは……

「というより、虎子ちゃんも蒼衣ちゃんを助けたいの? 龍沢家と白井家って」

「そうですね。わたしは蒼衣の主張するほとんどすべてのことに反対しています。海老川の謎解きの伝統は白井家から始まったものだし、蒼衣のあの上から目線には正直うんざりしている」

 虎子ちゃんは小さくため息。でも、顔はほほえんでいる。

「でも、それとこれとは別の話。わたしの両親は、蒼衣、というか龍沢家を滅ぼせぐらいの勢いだけど、わたしはそこまでじゃない。きっと、蒼衣の方もそうだと思う。青海さんはあの通り、わたしを目の敵にしちゃってるけど」

 青海さんがわたしや、鷹くん隼くんに向ける目と、虎子ちゃんに向ける目は明らかに違っていた。そういうことなんだろう。

 もしかしたら、虎子ちゃんの両親も、蒼衣ちゃんには同じ目を向けるのかもしれない。

 だけど確かに、虎子ちゃんの向ける目はそれとは違う気がする。

「蒼衣がいないと、張り合いが無いんですもの。隼も悪くはないけど、勝負は大体わたしが勝っているし」

 ああ、なるほど。

 つまり虎子ちゃんは、蒼衣ちゃんのことを謎解きの遊び相手だと思ってるんだ。

 わたしが、ミステリ小説の話を隼くんとできて嬉しかったように。

 海老川の人はみんな、パズルや謎解きが好きだ――

 最初に海老川に来た日、鷹くんに言われた言葉を思い出す。

 好きなことを他人と共有できて、嬉しくないわけがない。


「なんだそれ、俺では力不足ってことか?」

「そうね、今のところは。でも」

 不満げな隼くんを軽くあしらい、虎子ちゃんの視線がわたしへ。

「すずめさん、あなたの実力は確か。だから、すずめさんともちゃんと勝負がしたい。その前に、蒼衣を助けてからだけど」

 そう言った虎子ちゃんの、どこかわたしに挑んでくるような視線を見ていると、わたしの中の何かに火がついたような気がした。

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