救出
***
その直後に、誘拐犯から2度目の電話が、今度は青海さんのスマホに来た。
「お嬢さんは、『ふじの書状』が確認できたらお返しします」
誘拐犯の指示に従い、青海さんが『ふじの書状』を持って、数名の刑事と共に指定された場所へ向かう。
それとは別に、警官たちが小学校の周辺を捜索して蒼衣ちゃんを見つける。特にわたしたちが伝えたつぶれた工場は重点的に。
「では、よろしくお願いします。蒼衣を、助けてください!」
未だに取り乱している様子のままながら、青海さんは刑事と使用人の人に両脇を支えられるような形で覆面パトカーに乗り込んでいく。
……ってちょっと待って、みんなわたしの推理を信じているの?
「ねえ、鷹くん、隼くん」
わたしは聞いてみる。
「どうして、刑事さんたちは素直にわたしの言葉を信じてくれるの?」
「えっ?」
「だって、わたしの言うことに確かな証拠があるわけじゃないのに」
鮮やかに登場した名探偵の推理によって、警察が動く。そんなのは小説やマンガ、ドラマやアニメの中の世界だ。
現実には、警察が一般の人の言葉をそのまま信じるなんてことはなかなかない。だってそれで間違いだったりしたら大問題だし。
だから今、わたしの推理を青海さん、はまだしも警察の人たちが正しいと思い、その前提で動いているというのは、おかしいのだ。
「それはね、ここが海老川だからさ」
わたしの疑問に答えたのは、残っていた若い刑事さんの一人だった。
「あなたの推理を、『海老川四家』の人たち――青海さんや龍沢家の人々、あるいは白井家の虎子ちゃんが信じてくれているというのが、一番の理由になる。青海さんは相当取り乱しているようだけど、彼女の頭の良さはよく知っているからね。虎子ちゃんも同じ理由だし、あとは蒼衣ちゃんなら暗号でメッセージを送るなんてやりそうだ」
「刑事さんは、蒼衣ちゃんや虎子ちゃんとかと知り合い、なんですか?」
今のは、明らかにそういう感じの言い方だった。わたしというよりは、青海さん、蒼衣ちゃんや虎子ちゃんを信じているような。
「知り合い、ってほどじゃないけどね。我々も海老川にいる以上、この街の事情とかは知っておく必要がある。龍沢家と白井家がずっともめていることとか……」
つまり、海老川の人間は謎解きが好きなこと、その中で龍沢家と白井家が力を持ってること。それらは警察の人たちも承知の上、ということなのか。
頭の良さに関して、きっとそれらの家の人たちは信頼されてるんだろう。
「そうそう、もちろん君の話も少し聞いてるよ。赤崎家の跡取りさん……すずめちゃんだっけ?」
「いや、あの、わたしはまだ跡取りになると決まったわけでは」
わたしは手をブンブン振って否定する。
でも、警察の人にまでわたしって、そういう認識なのか。
「あれ、そうなのかい? どちらにしろ、今後は君の意見も参考にしなきゃいけなくなるかもな。さて、そろそろ我々は蒼衣ちゃんの捜索に向かうぞ」
***
約20分後、龍沢家を出た覆面パトカーが小さな公園の前で止まった。
その後部座席には、わたしと鷹くんが並んで座っている。
「よし、君たちはここで待っていなさい」
止まるとすぐ、刑事さん2人のうち1人が車を降りて、目の前の交差点を問題の工場へ向かって左折する。
もう1人がわたしたちと一緒に残って、他の人たちとの連絡係。
覆面パトカーはもう1台あり、そっちには虎子ちゃんと隼くんが乗っている。
蒼衣ちゃんの捜索に、子どもたちがついていくこと――それを鷹くんが言い出したときはびっくりした。でも意外なことに、隼くんも、虎子ちゃんでさえ、その気だった。危険があるのを承知の上で。
それぐらい、みんな蒼衣ちゃんのことを気にかけていたのだ。
「人影なし。敷地内に侵入する」
刑事さんが手に持った無線機から、そんな声が聞こえてくる。
「大丈夫だ、蒼衣はきっと見つかる」
「鷹くん?」
わたしの後ろから、鷹くんがそっと肩に手を置く。
結局、反対した刑事さんを押し切って、わたしたちはついてきた。
でも、捜索にそれほど時間はかからなかった。
「被害者発見! 被害者発見!」
無線機から次に大声が響いてきたのは、5分後ぐらい。
「もしかして!」
「うん。蒼衣ちゃんが見つかったんだ」
刑事さんがわたしたちの方を振り返ってにっこりとほほえむ。
そしてさらに5分後。
警官の人に背中を押さえられながら、交差点を曲がって、蒼衣ちゃんが現れた。
目に涙を浮かべ、全身からぐったりしている様子が伝わってくる。
「蒼衣!」
ずっとそわそわしていた鷹くんが、ついにパトカーの扉を開けて飛び出した。
もう一台のパトカーからは、隼くんや虎子ちゃんも出てくる。
「鷹、隼、虎子……すずめまで……」
思わず次にパトカーを出たわたしと視線があったその途端、蒼衣ちゃんがひざから崩れ落ちた。
「蒼衣ちゃん……」
「平気よ、なんだか力抜けちゃった」
そして、蒼衣ちゃんは泣き出した。
でもその顔は、昨日青海さんに怒られていたときとは、全く違う顔だった。
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