Q4.謎解きの街で、決意する

謎解きの街で、出会ったもの

 蒼衣ちゃん誘拐事件の結末は、あっけないものだった。

 蒼衣ちゃんは警察突入からすぐに救出され、犯人グループの男2人はそのまま確保。

 それを受けて、『ふじの書状』を青海さんから受け取りに来た仲間の男2人も確保。

 蒼衣ちゃんを監禁していたつぶれた工場からは、連絡に使った電話や蒼衣ちゃんを乗せたトラックなど、誘拐の証拠がたくさん見つかっているという。

 男たちもおおむね自白しており、動機も『ふじの書状』を売って金にするため、とはっきり話しているらしい。


 警察の人からそんな話を聞いたあと、龍沢家の人々や、わたしや鷹くん隼くん、虎子ちゃんたちは、海老川警察署内の待ち合わせスペースで蒼衣ちゃんを待っていた。

「ねえ、虎子ちゃんは、いていいの?」

 わたしは前のベンチにゆったりと座っている虎子ちゃんへ、周りの迷惑にならないよう小声で話しかける。

「どういうこと?」

「だって、もう蒼衣ちゃんは戻ってきたし、それに」

 周りを見回すと、龍沢家の使用人たちの目が、心なしか怖い気がする。

 やっぱり、龍沢家からしたらわたしたちは他の家の子供。あまり蒼衣ちゃんとは関わってほしくない、ということなのだろうか。

「別にいいじゃないですか。同級生の心配をして、何が悪いのですか?」

「そうだよすずめ。さっき虎子も言ってたけどさ、俺らと蒼衣は対立しているけど、心配ぐらいしていいと思う」

 右隣に座る隼くんが話に入ってくる。

「というか、すずめだって心配してるんだろ?」

「それは、当たり前よ」

「だよな」

 だって、蒼衣ちゃんに何かあったら、蒼衣ちゃんに申し訳無さ過ぎる。

 ……それに、あの蒼衣ちゃんともう謎解き勝負ができなくなるのは、嫌だ。

「特にすずめは、蒼衣からの暗号を解読してくれたんだから、もっと偉そうにしてて良いんだぞ」

 左隣に座る鷹くんがわたしの肩をまたぽんぽんと叩く。

「そうね。すずめさん、改めてありがとう」

 虎子ちゃんがそう言ってわたしに向き直った直後。

「みんな、ありがとう!」

 蒼衣ちゃんの声がした。奥のドアから、青海さんに付き添われて出てくる。

「蒼衣!」

 鷹くんが叫ぶと、龍沢家の人たちがわっと取り囲むのをくぐり抜けるようにして、蒼衣ちゃんがこっちに来た。

「大丈夫?」

 わたしも声をかける。

 ここまで来るパトカーでは蒼衣ちゃんとは別の車だったから、こうして話ができるのは初めてだ。

「あたしが大丈夫じゃないわけ、ないでしょ」

 そんなことを言う蒼衣ちゃんだけど、まだ涙目だ。

 でも、そんな蒼衣ちゃんの顔を間近で見て、ようやく落ち着けたような気がした。


「蒼衣、昨日どうしてたんだ?」

 鷹くんが聞くと、蒼衣ちゃんは昨日と変わらないハキハキした声で喋り始める。

「えっと、夕方ぐらいに家を出たんだけど」

 蒼衣ちゃんは、龍沢家の人たちが言っていたように、ゆうべの17時頃1人で家を出ていったという。

「なんか、家に居づらくって。そういうとき、お気に入りの場所があるの」

「ねえ、家に居づらかったって、それやっぱり」

「別にすずめは気にしなくていいわ。で、家を出て歩いてたら……」

 角を曲がったところで、蒼衣ちゃんは背の高い男に道を聞かれた。

 海老川駅に行きたいと言われたので、最寄りのバス停を教えていると、突然首筋にしびれるような衝撃を受けてそのまま気を失ったのだという。『1人が蒼衣ちゃんの気を引いている間に、もう1人が後ろからスタンガンを当てて気絶させた』という誘拐犯の自白どおりだ。

 そして、蒼衣ちゃんが目を覚ますと、両手をロープで縛られて明かりのない、倉庫らしき部屋の中にいた。

 明かりは無かったが小窓から差し込む光で、夜が明けたことを把握できた。

 窓から外をのぞくと、正面に小学校の校舎と時計が見えたことで、自分が閉じ込められていることがわかった。

 ちょうどその時、別の男が入ってきて龍沢家との電話に出るよう言われたので、とっさに場所を伝えようとしてあの暗号を考えたのだという。

「えっと……なんか心配して損したわね」

「おい虎子!」

 蒼衣ちゃんの話を聞いて、ため息をつく虎子ちゃん。

 そこに鷹くんがくってかかる。

「だって、話聞いてると、蒼衣結構冷静だったんじゃないの。まさか、それも嘘泣きなんじゃないんでしょうね?」

「そんなわけないでしょ!」

 蒼衣ちゃんは否定するが、虎子ちゃんの言うこともちょっとわかる。

 目を覚ましてすぐに自分が誘拐されたことを知り、それでも慌てずに、青海さんと電話できるとわかって自分のいる場所を伝える、それも誘拐犯にすぐわからないように暗号にして。……泣き出してしまうような状況でも、蒼衣ちゃんの頭はちゃんと回っていたのだ。

 やっぱり、蒼衣ちゃんは頭が良い。だからこそ、青海さんも次期当主として蒼衣ちゃんに厳しく当たる、のかもしれない。

「まあいいわ。その蒼衣の冷静さと、すずめさんのスピード解読のおかげで、無事に事件が解決できたわけだし」

「え、じゃあすずめがメッセージを解読してくれたの!」

 蒼衣ちゃんはそう言って、なんとわたしに抱きついてきた。

「ちょっと、蒼衣ちゃん」

「ありがとうすずめ! さすがあたしを負かした子!」

 背の高い蒼衣ちゃんが上から覆いかぶさってきて、わたしはその腕のすき間からなんとか顔を出す。

「そんなことない。たまたまわたしが最初に思いついただけで、虎子ちゃんや、鷹くん隼くんでもきっとわかったと思う」

「でも、すずめがまず解いたんでしょ? 実は、ちょっとそんな気がしてたんだよね」

 そういえば。

「どうしてあんな暗号にしたの? やっぱり、昨日わたしとあの勝負をしたから?」

 一応、聞いてみたくなった。

 昨日のわたしとの謎解き勝負を思い出させるような、文字をずらす暗号。とっさに蒼衣ちゃんの考えた暗号があれなのって、もしかして……

「ああ、どうだろう。あのときは夢中で考えたから気にしなかったけど……」

 蒼衣ちゃんはわたしから身体を離すと、今度はわたしの右手を両手で握った。

「もしかしたら、あの勝負のおかげかもしれない。うん、きっとそう。やっぱり、すずめすごいよ! ありがとう!」

 蒼衣ちゃんはわたしの右手を激しく振る。

 その顔はまだ涙が浮かんでいるけれど、すごい笑顔だった。

 こんな笑顔を向けられたの、いつ以来だろう。

 少なくとも、海老川に来てからは初めて。

 この笑顔は、わたしが蒼衣ちゃんと謎解き勝負をして、それを元にした蒼衣ちゃんの暗号を、わたしが解けたから生まれたものなんだ。

「――すずめ? どうしてすずめが泣いてるの?」

 気づくと、わたしの目から涙がこぼれていた。

「えっ、ああ……蒼衣ちゃんが助かったの、嬉しくて」

 わたしが思わず顔を左手で覆うと、隼くんがわたしの頭を触る。

「もらい泣きか。すずめは優しいんだな」

「あーやべえ。俺も泣きそうになってきた」

 鷹くんは自らの目を手でこすって、それから蒼衣ちゃんの肩に手を置く。

 その様子を、少し離れたところからほほえんで見つめる虎子ちゃん。


 ――わたし、蒼衣ちゃんや虎子ちゃんとも、これからも仲良くしたいな……

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