謎解きの街で、わかったこと
***
「鷹、隼、すずめさん、おかえりなさい」
あの後、すでにお昼になっていたので、警察の人のご厚意でお昼ご飯に弁当を食べさせてもらった。
そして蒼衣ちゃんや虎子ちゃんと別れて、わたしたちが赤崎家に戻ると、朱那おばさんが待っていた。
「何があったのかは、鷹や隼から連絡もらってたからある程度はわかっているけど、改めて何があったのかしら」
そう聞かれて、わたしたちは朱那おばさんに全部説明する。
その間、朱那おばさんは正座したまま、黙って聞いていた。
――そして説明した後、朱那おばさんはまず一言。
「そう。まずは、あなたたちが無事で良かったわ。特にすずめさんに何かあったら、姉さんにも申し訳ないし」
ちょっと意外だった。
赤崎家の地位を上げることにこだわっている朱那おばさんなら、『なんで龍沢家の娘を助けに行ったの?』とか言ってもおかしくない気がしてたから。
いや、でもよく考えたら、そうだったら最初にわたしと隼くんが龍沢家に行こうとした時点で止めていただろうか。
「それはそれとして、まさか龍沢家の娘を助けに行くなんて」
朱那おばさんのため息。あ、やっぱり『どうして』という疑問はあるのか。
「すずめさん、赤崎家の人間としての振る舞いをもう少ししてくれないかしら。一度言いましたが、あなたはすでに赤崎家当主として周りからは認識されているのです。あなたが望むかどうかに関わらず」
「はい。でも、それはそれとして、蒼衣ちゃんを助けたかったんです」
「すずめ?」
しゃべったわたしに、隼くんがびっくりした感じで声を出す。鷹くんの方はわたしを見つめるだけだ。
どうしたのだろう。思ったより大きな声がわたしから出たから、だろうか。
「昨日、蒼衣ちゃんからの挑戦を受けて、今日蒼衣ちゃんを助けて……蒼衣ちゃんと、また勝負したいと思った。虎子ちゃんも同じ。わたしは純粋に、蒼衣ちゃんや虎子ちゃんや、一緒にいる鷹くん隼くんのことが……」
友達?
その表現も間違ってはないと思う。
けど、前の学校で仲良くしていた子たちと、蒼衣ちゃんや虎子ちゃんとは、何か決定的に違う気がする。
多分、それは。
「……うらやましいんです。謎解きの話ができること。ミステリの話ができること。あ、ミステリの話は、まだ隼くんとしかしてないか」
でも、きっとみんなミステリも好きになってくれるはず。
そして、好きなことの話をしたくない人なんていないはずだ。
わたしだってもちろんそう。
「だからわたしもそうしたい。――朱那おばさん」
わたしは一旦呼吸を整える。
今回の一連の事件で、わかったことがある。
どうやらわたしには、みんなを助けることができるらしいのだ。
さっき病院で、蒼衣ちゃんに抱きつかれたときのあの感覚がよみがえる。
思えば、テストで良い点取ったら、母さんは褒めてくれた。
読書感想文コンクールで受賞したと知ったときも、母さんはわたしの頭をなでなでして、すごい!と言ってくれた。
でも、感謝されたことは無かった。
だから、今回みんなからありがとうとか言われて、蒼衣ちゃんにあんな笑顔を見せつけられて、どうすればいいかわからなくなって。それで、きっと涙が出てきたのかもしれない。
だけど、感謝されてそれはもう嬉しかった。これだけは、確実に言える。
わたしは、みんなのためになることだってできる……のかもしれない。
そのためには、きっと後ろを向いてなんかいられない。
蒼衣ちゃんみたいに進んで目立ちたい、頑張りたいわけではないけれど、そうしなければいけないときはこれから先も、きっとある。
それに、そうすることで、蒼衣ちゃんや虎子ちゃんとまた勝負できるんだ。
こんなに心おどったのは、久しぶりである。
「――わたしは、赤崎家当主の地位を継ぎます」
一瞬で、朱那おばさんの顔がぱっと明るくなったのがわかった。
「決めました。どうせわたしが嫌がったら、朱那おばさんはわたしをここから追い出すかもしれない。だったら、わたしは受け入れます」
「……すずめさん、ありがとうございます」
言えた、と思う暇もなく、朱那おばさんの声。押し殺してるけど、嬉しそう。
「どういう心境の変化があったのかは、私には想像することしかできないですが。その返事をしてくれて、私としてもありがたい。……では、改めて」
朱那おばさんは、わたしに向かって深々と頭を下げた。
「当主様、私はあなたのために全身全霊を持って尽くすことを、ここに誓います」
「そ、そんなこと言わないでください」
わたしは慌てて畳から立ち上がろうとするが、わたしもずっと正座だったせいか足がしびれてしまう。
「いえ、当主様が安心してこの赤崎家を背負って立つためには、私のようなものが頑張らないといけないのです。ほら、鷹、隼、あなたたちも頭下げなさい」
「まあ、そうだな。せっかく決心してくれたんだ」
「新しい当主様の誕生を祝わないと」
兄弟はにっこりと笑って、軽く頭を下げる。
「鷹くん、隼くん、もう」
でも、その光景がちょっと面白く思えた。
それぐらいの余裕が、今のわたしにはあった。
***
「本当は母さんも、不安だったんだぜ」
その晩、わたしが部屋で明日の学校の準備をしてると、隼くんがミステリ小説を返しに来た。と思ったら、一緒に来た鷹くんがそんなことを言い出した。
「不安?」
「今朝言ってたんだよ。『茜姉さんは、当主になりたくなくてここを飛び出した。その茜姉さんの娘であるすずめさんが、簡単に当主になる気はしない』ってな」
そんなことを……
「ああ、そういえば言ってたな。あんなことを言う母さんは久しぶりだった」
隼くんも、わたしの本棚を眺めながら声を上げる。
実の息子である鷹くん隼くんからしても、やはり意外な言葉なんだ。
「だからきっと、反動でしばらく母さんは、当主様当主様言いまくると思う」
「確かに。明日のご飯は、すごいごちそうかもな」
2人はそんなことを言っているが、それはそれでなんだか恥ずかしくて嫌だ。
「まあそれは置いといても、改めて俺らからも。――すずめ、当主を継いでくれてありがとう。赤崎家のために、すまない」
「でも、ゴールデンウィークまでまだ時間はあるし、そんなに急いで決めなくても良かったんだぜ?」
鷹くんの言うとおり、朱那おばさんの言った期限はゴールデンウィーク。今はまだ4月の初め、1ヶ月近く余裕はある。
でも、決めたときに言わないと、踏ん切りがつかなくなる。そんな気がした。
「大丈夫。決めるなら早いに越したことはないし、それに、2人だってわたしに当主をやって欲しかったでしょう?」
「それはまあ」
「そうだけどさ、すずめ、それで……?」
「いや、勘違いしないで。わたしは、自分で当主をやることに決めたから。もう、逃げない。わたしは、ここでやっていく」
朱那おばさんがどこまで本気なのかはわからないけど、『当主をやらないのなら、この赤崎家に置いとけない』と言われた。
つまり、この海老川で暮らし続けるには、当主をやるしかない。他に手段はないのだ。
いつまでも逃げてばかりじゃいられない。
それに、わたしが当主をすることを望んでいる人たちがいる。
その期待には、応えないといけない。
応えることで、例えば今日蒼衣ちゃんを助けたようなことが、これからもできるなら。
「それに、蒼衣ちゃんとも虎子ちゃんとも、ちゃんと勝負しないと」
もちろん、それも目的の1つだ。
いや、むしろそっちの方が、ひょっとしたら大事かも。
「そうか、そうだな」
鷹くんはそう言ってほほえんでくれた。そして隼くんは別の言葉。
「確かに。……ならすずめ、すずめと謎解き勝負したい人が蒼衣や虎子以外にもいるんだけど、どうだ?」
隼くんはスマホを取り出す。
わたしは少し気を引き締め、向き直った。
「もちろん、やりたい」
パズル・ウォーズ 〜謎解きの街で、ご当主様始めます!?〜 しぎ @sayoino
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