機械的な電話


 ***


 部屋に入ってきた警官の人に青海さんが話した内容は、鷹くんがわたしたちに話してくれたものとほぼ一緒。

 蒼衣ちゃんはゆうべ家を出ていってから連絡が全くつかず、心当たりのある場所を全部探しても見つからない。スマホに電話しても繋がらない、メッセージの既読もつかない。場所を知らせる書き置きのたぐいもない。

「言っておきますが、白井家には蒼衣は来ていません。怪しいと思うのなら家に電話してみてください」

「赤崎家にも来てないです」

「じゃあ他に、蒼衣ちゃんが行きそうな場所とか、友達の家とかは」

「全部探しました。でも、どこにも」

 メモを取りながら、難しい顔で聞く警官の人。

 対して、指をトントンと素早く動かす青海さん。心配してるというより、焦ってるような、イライラしてるような感じだ。


 プルルル プルルル

「はい、龍沢です。えっ……えっ!?」

 その時、部屋備え付けの電話を取ったのはさっきの使用人の人、なんだけど。

 その人の受話器を持つ手は震え、呼吸は荒くなっている。

 どう見ても普通の状況じゃない。

「奥様、大変なことになりました…………」

 そしてその声とともに、電話のスピーカーボタンが押される。


「――お宅のお嬢さんは、こちらで預かっています。ご心配ならば、いくつかこちらの要求をお聞きいただきたい」

「蒼衣!? 蒼衣がそこにいるの!?」

 青海さんが、文字通り受話器に飛びつく。

 けど、両足は震え、ふらついている。それでも壁にもたれかかりながら、なんとか受話器を手に取る。

「はい。ご心配なく、怪我などはさせていません。でも、申し訳ないがタダでそちらにお返しすることはできません」

 電話から聞こえてくるのは、低い男の声。だけど、そのままの人間の声じゃない。絶対に何かで声を変えている、そんな声。

「まず条件として、このことを他に連絡しないようにお願いします。と言っても、もう警察とかに通報してるんですかね。なら仕方ありませんが、今後一切、今お嬢さんを我々が預かっていることは言わないでもらいたい」

 警察という言葉が出てきて、部屋の中の警官たちがざわめく。

「大変なことになったわね」

 虎子ちゃんの顔は厳しくなる。

 鷹くんはもう顔から血の気が引いてるし、隼くんはどうしていいかわからないって感じでぐるぐる回りだした。

 わたしも、自分が今巻き込まれていることが信じられない。

 なんとか、なんとか息を整える。

 ――蒼衣ちゃんは、誘拐されたのだ。

「もしもこれを破って、新たな人間に協力を頼んだりした場合は、こちらとしてもお嬢さんの安全は保証できません」

「本当に、蒼衣がそこにいるんです……?」

 電話の向こうから来る声とは対照的に、青海さんの声は激しく震え、うわずっている。

「はい、間違いなく。あ、ちょうど起きたところみたいですね」

「ならば、声を聞かせてくれませんか?」

「いいでしょう。お嬢さんも何か言いたげみたいですし」

 その声の後に、ちょっとだけ沈黙。


「お母さん!?」

 ついで、泣きながらしゃべっているかのような叫び声。昨日たっぷり聞いた声。

 間違いない、蒼衣ちゃんだ。

「蒼衣、どうしたの?」

「お母さん、えてせりおひにさえをお願い」

「え……え?」

「だから、『えてせりおひにさえ』をお願い。……それで、上のあたしのクラスを助けて!」

 蒼衣ちゃん、何を言っているの……?

「助けてって、当たり前でしょう! あなたがいなくなったら誰が龍沢家を継ぐのよ!」

 青海さんの声が大きくなる。思わずわたしが耳をふさぎそうになるぐらいには。

「奥様、落ち着いてくださ……」

「落ち着けるわけ無いでしょう!」

「お気持ちはわかりますが、ここで焦っても何も解決しません」

「…………」

 あの使用人の人も動揺しているだろうに、必死で青海さんの身体を押さえてなだめようとしている。

 そのおかげなのか、青海さんの声は止まった。けど、まだ呼吸が荒い。

「お願い、お母さ……」

「確かにお嬢さんだという確認は取れましたね?」

 そんな青海さんと、蒼衣ちゃんの言葉を無視するように、また機械的な男の声。

「――はい。蒼衣でした」

「では、確認の取れたところで本題に行きましょう。我々には欲しいものがありましてね。それとお嬢さんを交換、という形でいかがでしょうか?」

「何が欲しいのですか?」

「龍沢家が所有している『ふじの書状』です」

 ……『ふじの書状』、ああ、あれだ。

 昨日の勝負の前に蒼衣ちゃんが話していたやつだ。

 誘拐犯が要求するってことは、やっぱりあれは価値のあるものなのか。

「『ふじの書状』をお持ちいただければ、お嬢さんはちゃんとお返しいたします」

「わかりました」

「では、30分後、あなたのスマホにおかけします。番号を教えてもらえますか」

「は、はい」

 青海さんが震えながら電話番号を言うと、そのまま電話が切れた。

 そして、また一瞬の沈黙。

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