敵である前に

 ***



 龍沢家の玄関前で、鷹くんが出迎えてくれた。

「連絡がつかないってどういうことだ?」

「そのままの意味だよ。俺が来たら、龍沢家の人たちがすごい慌てていてさ……」

 

 鷹くんによると、蒼衣ちゃんはゆうべの17時頃に家を出ていったという。

 わたしとの謎解き勝負が終わったのが昼前で、その後多分、蒼衣ちゃんのお母さんに色々言われて……


「17時頃に……なんか習い事でもしてるのか、蒼衣は?」

「そういうわけじゃないけど、たまにあるんだ。近所の公園に行って、1時間ぐらいぼんやりするって……だから、龍沢家の人たちも少ししたら帰ってくるだろってあまり気にしてなかったらしい」


 

 わたしは、想像する。

 あの厳しそうな蒼衣ちゃんのお母さんから色々言われて、泣いたまま、公園のベンチでぼんやり座り込む蒼衣ちゃん。

 想像はできるが、信じられない。


 今まで見てきた蒼衣ちゃんと、明らかに違いすぎる。


「でも、1時間、2時間経っても帰ってこない。蒼衣のスマホに電話しても繋がらない。メッセージを送っても既読にならない。それで、このあたりの公園とかを探し回っても見つからない」

 

 

「……事故……」


 ふっとわたしの口をついて出たその言葉に、鷹くん隼くんが反応する。


「それか、もしかしたら家出かも」

「家出?」

「お母さんから色々言われたショックで……」


「そんな……」

 やっぱり、それぐらい蒼衣ちゃんは……


「待て待て。すずめが落ち込んでどうする」

「まだ家出と決まったわけじゃない。それに蒼衣が家を出ていくのも前からあることだって言っただろ」


 2人がわたしを心配してくれる。でも、蒼衣ちゃんはお母さんから怒られたりしなければ、きっと家を出ていくことだって……


「とりあえず、ここで立っていても邪魔になるだけだ。中に入ろう」

 そう言われてわたしは、龍沢家を見上げる。

 

 まさか、昨日の今日でまた来ることになるなんて……



「ちょっと、赤崎家のあなたたちがどうしてここにいるのよ。関係ないでしょう」


 大きな部屋に入り、蒼衣ちゃんのお母さんと目が合った瞬間そう言われた。

 使用人っぽい人とずっと話していたのに、わたしたちが入ってきた瞬間、表情が変わる。


「俺が連れてきたんです。赤崎家の人が嫌なら、なんで俺は入れたんですか」

「あなたは蒼衣と仲良くしてくれたからよ。……あなた、昨日蒼衣を負かしたっていう子よね」

 

「……赤崎 すずめです……」

 精一杯声を上げたつもりだったけど、わたしの声は部屋に響かない。


「龍沢家当主の、龍沢たつざわ 青海あおみです。……あなた、どうして来たの? あなたにとって我々龍沢家は敵でしょう」

「敵だからって心配しなくてもいい、ってことですか……」

「そうね。少なくとも、朝から駆けつける理由はないんじゃないかしら。ましてや自分が勝った相手のために、なんて」


 蒼衣ちゃんのお母さん――青海さんはじろりとわたしを見つめる。


「……蒼衣ちゃんがいなくなったのは……わたしと勝負したから……」

「すずめ、だからそんなこと言うなって」

「……だから、もし何かあったら……」


 もしも。

 もし、蒼衣ちゃんが何か、大変なことになっているとしたら、わたしにも責任はある。



 ――それに。

 赤崎家と龍沢家が敵同士だったとしても。

 わたしと楽しい謎解き勝負をしてくれた蒼衣ちゃんを心配する気持ちは、わたしの中でごく自然に起こっていた。


 ああ、そうだ。わたしは昨日、楽しかったんだ……



「とにかく、俺とすずめも、鷹と一緒に蒼衣探しを手伝います。少しでも人手は多い方がいいでしょう」

「だけど、あなたたち変なことはしないでしょうね?」

「……奥様、ここは赤崎家の皆さんの言葉も一理あります。今は緊急事態です、素直に協力は受け入れたほうが……」


「……わかったわよ。その代わり、常に私の目の届くところにいなさい」


 使用人っぽい人に言われ、青海さんは不満そうな顔をしながらもようやく、わたしたちが蒼衣ちゃんを探すことを認めてくれた。



「……そうね。ではわたしもそこに甘えさせてもらおうかしら」


 と、またも聞き覚えのある声。



「……白井 虎子……なぜここに……!」

「あ、俺がメッセージしました。蒼衣が行方不明だって」


 顔を真っ赤にする青海さんに、隼くんがしれっと返事する。


「あなた、また勝手に龍沢家の門をくぐって……! 全く、白井家の人間はしつけがなってないわね……!」

 押し殺したような声から、逆に青海さんの怒りが感じられる。

 わたしと隼くんが入ってきたときよりも明らかに怒ってる。龍沢家と白井家の対立関係は、やっぱり深いんだ。


 でも、だからこそ、どうして虎子ちゃんは……


「では、今日もわたしはすずめさんの付き添いということで」

 虎子ちゃんはわたしの隣にそそくさとやってくる。


「ねえ、なんで来たの? 蒼衣ちゃんは敵、でしょ?」

「……敵である前に、蒼衣はわたしの同級生です。それに敵と言っても殺し合いをするわけじゃない」

「そうだけど……」


 昨日、事あるごとに口げんかしていた2人を思い出す。

 そして、龍沢家と白井家は海老川の街の東西の端同士にあって、歩くと結構時間も距離もある、と鷹くん隼くんから教えてもらったのも思い出す。


 いや。

 昨日蒼衣ちゃんが青海さんに連れて行かれた後、虎子ちゃんは別に『ざまあみろ』とか言ってなかった。

 わたしのことも、『敵だけどいなくなれとは思ってない』と言っていた。



 ――虎子ちゃんなりに、蒼衣ちゃんのことを気にかけてはいる……?



「そうだとしても、あるいは白井家が何か策略を用意して、そのために蒼衣をどうにかした可能性だってあるのよ!」

「そ、そこまで言わなくても……」

 こちらに歩み寄る青海さんと虎子ちゃんの間に隼くんが割って入ろうとする。



「……奥様、警察の方が……」



 新たな使用人っぽい人が来なかったら、そのまま本格的なけんかになりそうな勢いだった。

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