敵である前に


 ***


「ちょっと、赤崎家のあなたたちがどうしてここにいるのよ。関係ないでしょう」

 龍沢家の玄関前で鷹くんと合流して、大きな部屋にわたしたちが入った瞬間、青海さんにそう言われた。

 使用人っぽい人とずっと話していた青海さんの表情が、すぐさま変わる。

「俺が連れてきたんです。赤崎家の人が嫌なら、なんで俺は入れたんですか」

 青海さんはその鷹くんの言葉には答えず、わたしに視線を向ける。

「ねえあなた、昨日蒼衣を負かしたっていう子よね」

「はい、赤崎あかざき すずめです」

 精一杯声を上げたつもりだったけど、わたしの声は部屋に響かない。

「龍沢家当主の、龍沢たつざわ 青海あおみです。あなた、どうして来たの? あなたにとって我々龍沢家は敵でしょう」

「敵なのにどうして心配しているんだ、ってことですか?」

「そうね。少なくとも、朝から駆けつける理由はないんじゃないかしら。ましてや自分が勝った相手のために、なんて」

 青海さんはじろりとわたしを見つめる。

「蒼衣ちゃんがいなくなったのは……わたしと勝負したから」

「いやいや、すずめはそんなこと言うなって」

 鷹くんがわたしの肩を軽く叩く。でも、わたしの心配は変わらない。

「もしも、何かあったら……」


 ――鷹くんによると、蒼衣ちゃんはゆうべの17時頃に家を出ていったという。

「17時頃? なんか習い事でもしてるのか、蒼衣は?」

「そういうわけじゃないけど、たまにあるんだ。近所の公園に行って、1時間ぐらいぼんやりするって。だから、龍沢家の人たちも少ししたら帰ってくるだろってあまり気にしてなかったらしい」

 で、そのまま行方不明になってしまった。

 もしかしたら、蒼衣ちゃんが家を出たのは、青海さんに怒られたからかもしれない。

 そうだったら、その原因を作ったわたしにも責任はある。

 それに、赤崎家と龍沢家が敵同士だったとしても。

 わたしと楽しい謎解き勝負をしてくれた蒼衣ちゃんを心配する気持ちは、わたしの中でごく自然に起こっていた。

 ああ、そうだ。わたしは昨日、楽しかったんだ……

「とにかく、俺とすずめも、鷹と一緒に蒼衣探しを手伝います。少しでも人手は多い方がいいでしょう」

「だけど、あなたたち変なことはしないでしょうね?」

「奥様、ここは赤崎家の皆さんの言葉も一理あります。今は緊急事態です、素直に協力は受け入れたほうが」

「――わかったわよ。その代わり、常に私の目の届くところにいなさい」

 使用人っぽい人に言われ、青海さんは不満そうな顔をしながらもようやく、わたしたちが蒼衣ちゃんを探すことを認めてくれた。


「そうね。ではわたしもそこに甘えさせてもらおうかしら」

 と、またも聞き覚えのある声。

「白井 虎子! なぜここに!」

「あ、俺がメッセージしたんです。蒼衣が行方不明だって」

 顔を真っ赤にする青海さんに、隼くんがしれっと返事する。

「あなた、また勝手に龍沢家の門をくぐって! 全く、白井家の人間はしつけがなってないわね。大丈夫かしら」

 押し殺したような声から、逆に青海さんの怒りが感じられる。

 わたしたちが入ってきたときよりも明らかに怒ってる。龍沢家と白井家の対立関係は、やっぱり深いんだ。

 でも、だからこそ、どうして虎子ちゃんは、ここに?

「では、今日もわたしはすずめさんの付き添いということで」

 虎子ちゃんはわたしの隣にそそくさとやってくる。

「ねえ、なんで来たの? 蒼衣ちゃんは敵、でしょ?」

「対立する家の次期当主である前に、蒼衣はわたしの同級生です。それに敵と言っても殺し合いをするわけじゃない」

「でも」

 昨日、事あるごとに口げんかしていた2人を思い出す。

 そして、龍沢家と白井家は海老川の街の東西の端同士にあって、歩くと結構時間がかかる、と鷹くん隼くんから教えてもらったのも思い出す。

 いや。

 昨日蒼衣ちゃんが青海さんに連れて行かれたとき、虎子ちゃんは同情すると言っていた。決してざまあみろ、とか言ってはいない。

 ついでにわたしのことも、『敵だけどいなくなれとは思ってない』らしいし。

 虎子ちゃんなりに、蒼衣ちゃんのことを気にかけてる……?

「だとしても、白井家が何か目的があって蒼衣をどうにかした可能性だってあるのよ!」

「そ、そこまで言わなくても」

 こちらに歩み寄る青海さんと虎子ちゃんの間に隼くんが割って入ろうとする。

「あの、奥様、警察の方が」

 新たな使用人っぽい人が来なかったら、本格的なけんかになりそうな勢いだった。

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