Q3.謎解きの街の大事件

それなりの心配

「すずめ、勝負よ!」


 気づくと、わたしは畳の敷かれた部屋の中に立っていた。

 どこまでも続く緑の畳と黄色いふすま。

 それをバックに、蒼衣ちゃんがビシッとわたしを指差す。


「……どうしてまた……」

「そんなの、勝つために決まってるじゃない。今度こそ覚悟することね!」


 ……そこでわたしはハッとする。

 蒼衣ちゃんは、汗だくだ。


 それだけじゃない。

 蒼衣ちゃんの息が荒い。肩が、指さした手が、足が震えている。

 わたしより背が高いはずの蒼衣ちゃんが、なんだか小さく見える。


「……蒼衣ちゃん……?」


 わたしが一歩近づくと、蒼衣ちゃんはわたしを指した手を払いのける動作をする。

「来ないで! あたしはすずめに絶対勝つ! そうじゃないと……そうじゃ、ないと…………」


「蒼衣!」

 その時、空間いっぱいに大声が響き渡り、畳が、ふすまが真っ黒になる。


「やみくもに勝負して、また負けたらどうするのよ! 龍沢家の恥よ!」

「……お母さん、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 蒼衣ちゃんの声がか細くなるのと同時に、蒼衣ちゃんの姿も遠ざかっていく。


「蒼衣ちゃん……」

 わたしの声が、暗闇に消えていく。


 ごめんなさい、蒼衣ちゃん……わたしと、勝負したから…………



 ***



「ごめんなさい!」

 その自分の声で、わたしは目が覚めた。


 窓の外を見ると、すでに太陽がかなり高く上がっている。



「すずめ、ようやく起きたか」

 壁の向こうから聞こえる声。


「……あ、おはよう」

「すずめの朝飯、母さんが片付けられなくて困ってるから、食べに来いよ」


 もうそんな時間なのか。

 ここに引っ越してきてから、朝食の時間に遅れたのは初めてだ。


 着替えて、鏡を確認する。

 なかなか寝付けられなかったことを示すかのように、わたしの目の下には黒いくまができていた。



「おばさん、おはようございます」

「おはようございます。すずめさん、早く朝食を食べ終えてくださいな」


 台所からめんどくさそうに声をかけてくる朱那おばさんにあいさつして、わたしは食卓につく。

 箸を持ったところで、寝そべっていた隼くんから声がかかった。


「おはようすずめ。その……」

「隼くんおはよう。……ん? どうしたの?」


 隼くんが、前にわたしがおすすめして貸したミステリ小説から目を離し、わたしに何か言いかけた……ような気がした。


「あ、いや……その、昨日のこと……」

「……あれは、わたしと蒼衣ちゃんが関わっちゃったせいだよ」


 その事実が、昨日からずっと頭の中をぐるぐるしてる。

 龍沢家から帰ってきて、夕食を食べて、お風呂に入って、寝て、その間ずっと。

 だからきっと、あんな夢を見たのだ。


「そんなことないって。虎子も言ってただろ、いちいちそんなこと考えてたら海老川ではやっていけないぞ」

「だけど……でも、わたしが来なければ、蒼衣ちゃんが果たし状なんて書くことも無かったわけで」

「それを言ったら、蒼衣が勝負に勝てていれば良かったんだよ。せめて……すずめの最終問題を蒼衣が正解できていたら……いや……とにかく、すずめが落ち込むのはおかしいって」


 食卓の向こうから隼くんが身を乗り出す。

 心配そうな顔をしているのは、わたしの心配をしているのか、蒼衣ちゃんの心配をしているのか……


 あ、でも蒼衣ちゃんの心配は隼くんよりも鷹くんがしてそう。

 学校でもよく一緒にいたし……そういえば。



「……あれ、鷹くんは?」

「鷹ならさっき龍沢家へ行ったよ。蒼衣が心配なんだろうな」


 やっぱり。

「……だよね……蒼衣ちゃん……」


 わたしは蒼衣ちゃんと知り合って、まだ一週間も経っていない。

 だけど、最初にわたしのところに来たときのあの勝ち気な態度を考えると、怒られて泣き出し、か細い声で『ごめんなさい』を繰り返すというのが、いかに普通じゃないか……というのは簡単にわかる。


 しかも蒼衣ちゃんは、わたしの最終問題が解けない時点で、すでに様子が変わっていた。

 ということは、過去に何かしらで負けて怒られた経験があり、今回もそうなるとわかっていたということで。



 ――そんなふうに怒られることが何回もあって、平然としていられる小学生なんているだろうか。

 少なくとも、蒼衣ちゃんのように謎解きができる、頭のよく回る子が、けろっとしていられるなんて思えない。

 


「……ああ、あのさ、すずめ……俺ら、聞いたんだ。すずめのこと」

 

「わたしの……こと?」

「うん。その……すずめが何か考えてるんじゃないかって……茜おばさんが死んじゃったことに対して」


 ……えっ。

 出てきた言葉に、わたしは思わず箸を置く。

 なんで、母さん父さんのこと……


「すずめが風呂に入ってる間、母さんから聞いたんだよ。『すずめは、茜おばさんの葬式のときも似たようなことを言っていた。事故は自分のせいだ』って……」



 ……そういえば、言ったような気がする。

 あのときは、急に朱那おばさんが登場してきたり、海老川への引っ越しの話が出てきて、そのことで頭がいっぱいだったけども。

 でもそれは間違いようのない事実だ。だってあのときも、わたしを迎えに行こうとして母さん父さんは……


「『だから、今回も同じように自分が悪いと思っているのかもしれない。海老川に来て当主になれば、そういうのも少しは改善されると思ったのだけど……』と母さんは言ってた。……一応、母さんもすずめの心配はそれなりにしてるんだぜ」

「本当に?」

 心配するなら、わたしを無理に当主にするのはやめてほしいと言いたいのだけども……


「当たり前じゃないですか。すずめさんは唯一の当主候補なんですもの。これぐらいでへこたれていては困ります」

 台所から朱那おばさんの声が響く。

「すずめさんにとっては残念でしょうが、すでに龍沢家や白井家からは、すずめさんが赤崎家の当主として認識されているということがこの一週間でわかりました。だとしたら、すずめさんにはそれらしく振る舞ってもらわないと」

「だからそういう言い方はまずいって母さん。すずめは好きでこうなったわけじゃないんだ」

「でも、そのような事情は向こうには通じない。だからすずめさんには、強くなっていただきたい。それに……」


 朱那おばさんが台所を出てきて、わたしの隣にしゃがみこむ。目が合う。

 ……家の中だから化粧とかしてないようだけど、本当にきれいな顔だ。


「あなたがそんなでは、天国の茜姉さんが安心できませんよ」



 ――一瞬だけ、朱那おばさんの厳しい目つきが和らいだように見えた。



 そして同時に、隼くんのスマホがブルブル振動する。


「ん、どうした鷹? ……えっ? ……わかった、俺もすずめと行くよ」


 隼くんは読んでいたミステリ小説を置き、立ち上がる。

「すずめ、朝飯食べたらすぐ出かけるぞ」

「出かけるって……」


 

「龍沢家に行くんだ。蒼衣がゆうべに家を出たっきり、連絡がつかないらしい」

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