やっぱり、わたしは

「だからえっと、『YOROSHIKUONEGAISHIMASU』になるわね。『よろしくおねがいします』……すずめさん、あなたすごいわね」

「何が?」

「赤崎家当主として、これ以上ない自己紹介じゃないの」

 だから虎子ちゃん、わたしを当主って言うのはやめてほしいんだけどな……

 とはいえ、海老川で生きていく以上、龍沢家や白井家との絡みは必ず起こると、鷹くん隼くんは言っていた。

 だから、こうやって謎解き勝負をすることになった以上、きちんとあいさつはしないといけない。

 たとえ本当は関わらずにやり過ごしたかった、としても。

「ひとまず、この勝負はすずめさんの勝ち。時間ももったいないし、次はわたしがすずめさんと勝負、と行きたいところなのだけど」

 虎子ちゃんは立ち上がり、うずくまる蒼衣ちゃんには目もくれず部屋の入口へ。

「蒼衣、お手洗い借りるわよ」

 虎子ちゃんが入口のふすまに手をかけようとしたとき。


「蒼衣! あなた、勝負に負けたの!?」

 その声とともに、虎子ちゃんがまだ触れていないふすまが開いた。

 声の主は部屋に入り、虎子ちゃんを押しのけて進み、ずんずんと蒼衣ちゃんへ向かっていく。わたしや、鷹くん隼くんには気づいていないかのように。

 その人は、とてもきれいな背の高い女性。

 だけど、引きつった顔には有無を言わさぬ迫力がある。

「その、あたしは」

「言い訳のつもり? あなたに負けは許されないのよ!」

 その女性は、顔を上げた蒼衣ちゃんの前に立ち……


 バチン

 蒼衣ちゃんの右頬を、思いっきりビンタした。

「ごめんなさい……お母さん、ごめんなさい」

 信じられない。

 あれだけ強気に振る舞っていた蒼衣ちゃんが、目の前の女性におびえている。

「あの、そこまで言わなくとも」

 鷹くんが声を上げても、女性の態度は変わらない。

 いや、それどころかむしろヒートアップする。

「何よ、赤崎家のあなたには関係ないでしょう! 口を出さないでちょうだい!」

「だけど」

「鷹、やめて……あたしが負けたからなの」

 力なく返事する蒼衣ちゃんが泣いていることに、わたしはそこで気付いた。


 ***


 結局、蒼衣ちゃんは突然現れた女性に連れて行かれて部屋を後にした。

「お見苦しいところをお見せしました。みなさんも、できればお引き取りいただけるとありがたいです」

 その言葉だけが、広い畳の部屋に残される。


「あの人は、蒼衣のお母さんの青海あおみさん。龍沢家の現当主だ」

 ややあって、口を開いた鷹くん。

「話には聞いていたが、蒼衣に厳しすぎるというのは本当だったんだな」

「というより、負けるということが許せないんだよ。事あるごとにすぐ『龍沢家は海老川で一番。全てにおいて勝って当たり前』って言ってる」

「それは、白井家も似たようなもんだぞ」

 隼くんが言葉を返す。そんなことをお母さんから言われ続けるのって、どういう気持ちなんだろう……

「だけど、わたしの母上はあそこまでは言わないわ。わたしも作法を間違えたりして怒られるときはあるけれど、それでもさっきの蒼衣のようにはならない」

 虎子ちゃんの落ち着いた声は、まるでこの状況を予想していたかのよう。

「あれはさすがに、蒼衣に同情するわね。あんなに怒ると、蒼衣でも怖がってしまう」

 その言葉に、はっと気づく。

 わたしの問題に対し、蒼衣ちゃんは解けない悔しさで涙を浮かべていたのではない。

 解けなかった結果、わたしに負ける悔しさからでもない。

 わたしに負けることで、お母さんに怒られるからだったんだ。

 じゃあ、蒼衣ちゃんが泣いてしまったのは、わたしが勝ったから……?

「すずめ?」

「どうしたんだ?」

 思わずわたしは、両手で顔を覆っていた。

「だって、わたしのせいで、蒼衣ちゃんは」

「あら、その理屈はおかしいですわね。すずめさんは蒼衣と本気で謎解き勝負をし、そして勝ったのです。すずめさんが責められる理由はどこにもない」

「そうだぞすずめ。おかしいのはあんなに怒るあの人の方だ。うちの母さんだって赤崎家の地位向上のために必死だけど、俺や隼にあそこまで言うことはない」

 虎子ちゃんや鷹くんが声をかけてくれる。

 2人が言っていることは正しいのかもしれない。

 けど、わたしに負けたから蒼衣ちゃんが怒られる、という事実は変わらない。

 やっぱり、わたしが頑張ると、ろくなことがない。

 わたしの両親のときと同じなんだ。

「で、でも、わたしが、蒼衣ちゃんの前に現れなければ」

 出ていった声は、声にならない。

 顔を拭いた右手がぬれている。

「勝負できる状態じゃないわね」

「虎子?」

「わたしは帰るわ。ここですずめさんを無理やり立たせて勝負するほど、わたしはひきょう者じゃない」

 虎子ちゃんが、わたしに背を向けたのがわかった。

「すずめさん。勝負した相手のことをいちいち考えていたら、海老川ではこの先やっていけませんわよ」

 その声は、厳しく、冷たい。

「それに、あなたの能力をそんなことで失うのはもったいなさすぎます。わたしにとってあなたは敵だけど、だからっていなくなれとは思ってません」

「虎子……」


「――期待してますわよ。赤崎家当主さん」

 ふすまの閉まる音がしても、わたしはしばらく立ち上がれなかった。

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