やっぱり、わたしは


「だから……『YOROSHIKUONEGAISHIMASU』になるわね。『よろしくおねがいします』……すずめさん、あなたすごいわね……」

「何が……?」

「……赤崎家当主として、これ以上ない自己紹介よ……」

 だから虎子ちゃん、わたしを当主って言うのはやめてほしいんだけどな……


 ……でも、海老川で生きていく以上、龍沢家や白井家との衝突は必ず起こると、鷹くん隼くんは言っていた。しかも龍沢家の蒼衣ちゃんと白井家の虎子ちゃんはわたしと同い年。必ずわたしに絡みに来るはずだ、と。

 だから、こうやって謎解き勝負をすることになった以上、きちんとあいさつはしないといけない。……たとえ本当は関わらずにやり過ごしたかった、としても。



「……ひとまず、この勝負はすずめさんの勝ち。時間ももったいないし、次はわたしがすずめさんと勝負、と行きたいところなのだけど……」

 虎子ちゃんは立ち上がり、うずくまってしまった蒼衣ちゃんには目もくれず部屋の入口へ。

「蒼衣、お手洗い借りるわよ」

 虎子ちゃんが入口のふすまに手をかけようとして……



「蒼衣! あなた、勝負に負けたの!?」

 その声とともに、虎子ちゃんがまだ触れていないふすまが開いた。


「あ……」

 声の主は部屋に入り、虎子ちゃんを押しのけて進み、ずんずんと蒼衣ちゃんへ向かっていく。わたしや、鷹くん隼くんには気づいていないかのように。

 その人は、とてもきれいな背の高い女性。だけど、引きつった顔には有無を言わさぬ迫力がある。


「その……あたしは……」

「言い訳のつもり? 龍沢家に負けは許されないのよ!」

 その女性は、顔を上げた蒼衣ちゃんの前に立ち……



 バチン



 ……蒼衣ちゃんの右頬を、思いっきりビンタした。


「ごめんなさい……お母さん、ごめんなさい……」

 

 ――信じられない。

 あれだけ学校で強気に振る舞っていた蒼衣ちゃんが、目の前の女性におびえている。


「あの、そこまで言わなくとも……」

 鷹くんが声を上げても、女性の態度は変わらない、どころかむしろヒートアップする。

「何よ、赤崎家のあなたには関係ないでしょう! 口を出さないでちょうだい!」

「でも……」

「鷹……やめて……あたしが負けたからなの……」

 

 力なく返事する蒼衣ちゃんが泣いていることに、わたしはそこで気付いた。



 ***



 ……結局、蒼衣ちゃんは突然現れた女性に連れて行かれるようにして部屋を後にした。


「お見苦しいところをお見せしました。みなさんも、できればお引き取りいただけるとありがたいです」


 その言葉だけが、広い畳の部屋に残される。



「……あの人は、蒼衣のお母さんの青海あおみさん。龍沢家の現当主だ」

 ややあって、口を開いた鷹くん。

 

「話には聞いていたが、蒼衣に厳しすぎるというのは本当だったんだな……」

「というより、負けるということが許せないんだよ。事あるごとにすぐ『龍沢家は海老川で一番。全てにおいて勝って当たり前』って言ってる」

 

「……それは、白井家も似たようなもんだぞ」

 隼くんが言葉を返す。……そんなことをお母さんから言われ続けるのって、どういう気持ちなんだろう……


「でもさ、蒼衣がテストで90点取ったって知って、『なんで100点じゃなかったの!?』って怒るんだぜ? 90点って普通に良い点だろ」

「確かに、わたしの母上はそんなこと言わないわね。どちらかというとわたしが怒られるのは……作法を間違えたりしたときかしら。それでもさっきの蒼衣のようにはならない」

「……虎子、だいたいテストは100点だからな」


「……そうなんだ……虎子ちゃん、すごい……」

 わたしだけ沈黙したままなのが怖くて、何とか声を出す。


「ありがとう、すずめさん。――それはそれとして、さっきの蒼衣とその母親の関係については……さすがに少し同情してしまうわね。あそこまで怒ると、蒼衣は怖がってしまう」

 虎子ちゃんの言葉に、はっと気づく。

 


 わたしの最終問題に対し、蒼衣ちゃんは解けない悔しさから目が潤んでいたのではない。

 解けなかった結果、わたしに負ける悔しさからでもない。

 

 わたしに負けることで、お母さんに怒られるからだったんだ。



 ……じゃあ、蒼衣ちゃんが泣いてしまったのは、わたしが勝ったから……?



「……すずめ?」

「どうした、すずめ?」


 気づくとわたしは、両手で顔を覆っていた。


「だって……わたしのせいで、蒼衣ちゃんは……」

「あら、その理屈はおかしいですわね。すずめさんは蒼衣と本気で謎解き勝負をし、そして勝ったのです。そこに何一つやましいことはない」

「そうだぞすずめ。おかしいのはあそこまで極端に怒るあの人の方だ。うちの母さんだって赤崎家の地位向上のために必死だけど、俺や隼にあんな風に言うことはない」


 虎子ちゃんや鷹くんが声をかけてくれる。


 ……2人が言っていることは正しいのかもしれない。

 けど、蒼衣ちゃんがわたしとの勝負に負けたから怒られる、というのは紛れもない事実だ。



 ――やっぱり、わたしは目立ってはいけないんだ。

 ろくなことがない。



「で、でも……わたしが、蒼衣ちゃんの前に現れなければ……」

 出ていった声は、声にならない。

 顔を拭いた右手がぬれている。



「……勝負できる状態じゃ……ないわね……」

「虎子?」

「わたしは帰るわ。ここですずめさんを無理やり立たせて勝負するほど、わたしはひきょう者じゃない」


 虎子ちゃんが、わたしに背を向けたのがわかった。


「――すずめさん。勝負した相手のことをいちいち考えていたら、海老川では生きていけませんわよ」

 その声は、厳しくて、冷たくて。

「それに、あなたの能力をそんなことで失うのはもったいなさすぎます。わたしにとってあなたは敵だけど、だからっていなくなれとは思ってません」

「虎子……」


「……期待してますわよ。赤崎家当主さん」



 ふすまの閉まる音がしても、わたしはしばらく立ち上がれなかった。

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