どうせやるしかないのなら
***
数日後の土曜日。
「これ、向こうの角までずっと龍沢家、なの?」
「そうだ」
鷹くんの言葉を聞いて、わたしは改めて目の前の建物を見上げる。
日本の大きなお屋敷というイメージそのままの、木造の和風建築。
建物も庭も赤崎家より何倍も広いお屋敷が、龍沢家であり、今日わたしたちが招かれた場所だった。
「――果たし状?」
「ええ。今度の土曜日、龍沢家に来なさい。すずめ、勝負よ」
わたしの机の上に紙を叩きつけてそれだけ言うと、蒼衣ちゃんは教室を出ていってしまった。ちなみに蒼衣ちゃんのクラスは2組。
わたしがその紙に視線を落とすと、ボールペンで大きく『果たし状』と書かれていて、その下には小さく日付と時間が書かれている、それだけ。
「ねえ、果たし状って」
「それは当然、謎解きですずめさんに挑戦しようと言うのでしょう。今そんなことをして、何になるのやら」
ため息をついて、虎子ちゃんも出ていった。虎子ちゃんのクラスは3組だ。
「全く、初日から面倒なことになっちゃったな、すずめ」
「あの、隼くん」
「申し訳ないが、すずめに拒否権はないぞ」
わたしの言葉を先回りするように、隼くんが答える。
「多分、蒼衣は俺らが何を言ってもすずめを連れてこようとするだろう。それに、考えようによってはこれはチャンスでもある」
チャンス?
「すずめの実力を龍沢家に見せてやるんだよ。赤崎家にすずめあり、ってな」
――というわけで、わたし、鷹くん、隼くんは今、龍沢家の前にいる。
龍沢家の次期当主である蒼衣ちゃんと謎解きで勝負をする。それはそのまま、龍沢家と赤崎家の家同士の戦いになる。
って、そんなの嫌だよ。わたしは目立ちたくない、頑張りたくないんだ。
もし何かあって、わたしの両親のときみたいになったら。どうしてもその可能性を考えてしまう。
でも。
「すずめ、やっぱり嫌か?」
隼くんがわたしの顔を少しのぞき込んでくる。
「本当に嫌なら、俺が代理で勝負しても良い」
「ううん、大丈夫」
嫌だけど、断ることはできないのだ。
何しろ蒼衣ちゃんは、クラスのみんなが聞いているところでわたしに果たし状なんてものを叩きつけてきた。つまり、これを無かったことにはできない。
そして、それでもわたしが無理やりにでも無かったことにしようとしたなら――つまり、蒼衣ちゃんの誘いに応じず逃げたなら、『赤崎家の人間はそういうものだ』というイメージを持たれてしまう。
と、ここまでは鷹くんと隼くんが言っていたことだけど、確かにわかる。
残念ながら、今のわたしがいるのはそういう立場なのだ。
――と考えた時に、である。どうせやるしかないのなら。
「行こう。蒼衣ちゃんが待ってる」
わたしが声を上げると、両脇から反応がきた。
「すずめ?」
「すずめ、笑ってる……?」
2人にはそう見えたのだろうか。
とにかく、いったい蒼衣ちゃんがどんな謎を用意してるのか、楽しみになってるわたしがいたのだ。
「よく来たわね、すずめ。逃げ出しても良かったのよ?」
屋敷の玄関を開けて、蒼衣ちゃんはそう言い放った。
学校で見たときと同じツインテール姿で、少し上から見下される。
「でも……逃げるわけにはいかない」
「その割には、なんだか弱々しそうね」
「なんだと! うちのすずめはちゃんと来たんだぞ!」
鷹くんがすぐさま声を上げ、蒼衣ちゃんをにらみつける。
学校でも2人でいる時間があるのに、仲が良いわけではないのだろうか?
「そうね。まずはその勇気をたたえても良いんじゃなくて、蒼衣?」
その途端後ろから声が聞こえて、思わずわたしは振り向く。
「何しに来てんのよあんた。ここは龍沢家の敷地よ」
「あら、わたしもすずめさんの実力を見たくなったのだけど、だめ?」
虎子ちゃんが、庭の入口に立っていた。きれいな黒髪を風になびかせながら。
「だめに決まってるじゃないの。誰に断って白井家の人間がここに入るつもり?」
「じゃあ、わたしはすずめさんの付き添いということにするわね。すずめさん、よろしくて?」
「え、ええ」
急に話を振られたわたしが言葉にならない返事を上げると、虎子ちゃんがさっとわたしに近づいて、耳元でささやいた。
「あなた良い顔するわね、気に入ったわ。後で、わたしとも勝負してくれないかしら?」
その虎子ちゃんの提案は、どう答えれば良かったのだろうか。
一瞬では考えが及ばなかったけど、わたしは結局、こう返事した。
「わかった。虎子ちゃんも来て」
そこには、謎解き勝負に対する不安の想いがあったのか。
はたまた、面白くなりそうという予感がしたからなのか……
きっと、その両方だ。
赤崎家の居間より何倍も広そうな、畳の敷かれた部屋に通される。
途中の廊下には高級そうな壺や掛け軸が飾ってあるのが、赤崎家との大きな違いだ。
そしてこの広い部屋の壁にかかっているのは、額に入れられた……手紙?
博物館に展示されてそうな、横に長くて古い紙に、筆と墨で文字のような何かが書かれている。
「ふっふっふっ、それは『ふじの書状』よ。あたしのご先祖様が江戸時代の初めからすごかったことがわかるお宝!」
わたしが聞く前に、目を輝かせて話し出す蒼衣ちゃん。
「それにこの中には、あたしのご先祖様がすでにお客に対して謎かけを出していたことが書かれているのよ!」
「龍沢家はこれを理由に、『海老川で初めて謎解きのサービスを始めたのは自分たち、だから海老川の人は自分たちに感謝しなさい』って言ってるんだ」
隼くんが小声でそっと補足してくれる。
わたしが見ても、何が書かれているかまるでわからないけど、専門の人にはわかるのだろう。
「全く、本物かどうかもわからないものをこんなに堂々と飾るなんて」
一方、虎子ちゃんはあきれているようだ。
確かに、白井家も自分たちが最初に謎解きのサービスを始めたと主張しているなら、これの存在は否定したいところである。
「前も虎子には言ったよね? ここに飾ってるのは確かにレプリカだけど、本物はちゃんと蔵に保管してるんだから。それに偉い大学の先生、みたいな人がちゃんと本物だって言ってるの」
「どうかしら。その先生とやらも龍沢家と付き合いがある人でしょう? 都合の良いことを言わせてない?」
「そんなわけないでしょ!」
声を上げて虎子ちゃんに迫る蒼衣ちゃん。それを慌てて鷹くんが止めに入る。
「落ち着け蒼衣。すずめがどうすればいいかわからなくなってる」
その言葉で、蒼衣ちゃんの上がった肩がゆっくりと戻る。
しばらく無言だったが、結局蒼衣ちゃんはちらっとわたしの方を見てため息。
そして、中央に置かれた2枚の座布団のうち奥の方に座ると、わたしに手前の座布団に座るよう指示してきた。
「とにかく、勝負しましょうすずめ。ルールはシンプル。互いに問題を2問ずつ出し合い、より正解できた方の勝ち」
「同点だったら?」
わたしが聞くと、蒼衣ちゃんは難しい顔をする。
「そうね、悔しいけど引き分けかしら」
「あら、それで良いの蒼衣?」
虎子ちゃんは部屋の隅に積まれた座布団から勝手に1枚引き抜いて、わたしと蒼衣ちゃんを横から見ることのできる真ん中に座る。
「同点の場合は、わたしが勝敗を判断するというのは?」
「何よそれ! あんた、絶対すずめのひいきする気でしょ!」
「いや、虎子はそんなことしない。それはすずめに、というより勝負に対して失礼だ」
虎子ちゃんの後ろに座った隼くんが言う。
「良いんじゃないか。他に良さそうな手もないし」
その隣に座った鷹くんも同意する。
「2人の言う通りよ。隼や鷹はすずめの身内だもの。この中で最も公平な審判ができるのはわたし。そして白井家の人間として、というか海老川の人間として、謎解き勝負に私情を持ち込むことはしない」
「…………わかったわよ」
蒼衣ちゃんがようやく言葉を絞り出すと、虎子ちゃんはにっこりとほほえんだ。
「すずめさんは、いいかしら」
「はい」
虎子ちゃんの顔は笑っていたけど、わたしに向ける視線は笑ってなかった。
「じゃあすずめ、先攻はあたしよ。ちゃんと、頭を使って考えてね?」
蒼衣ちゃんはそう言うと、スマホの画面を見せてきた。
『声が大きい、体力がある、絵は普通、早足、愛情豊か、女の子、意思が強い』
「これらに当てはまる人物は、誰でしょう?」
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