本気の2人


 ――虎子ちゃんが出題した途端、蒼衣ちゃんの顔つきが変わった。

 さっきまでの言い争いが嘘のように、腕を組み考えこんでいる。

 その光景に、わたしが海老川に来た日を思い出した。

 わたしが出した問題を真剣に考えていたあのときの鷹くんが、今の目の前の蒼衣ちゃんにダブって見える。

 謎を出題されるとこうなるのは、海老川の人みんなに共通することなのか。

「すずめさん、わかります?」

 そんな声がして、わたしは視線を虎子ちゃんに向ける。

 余裕たっぷりの表情。あなたには解けるのか、と言われているみたいだ。

 わたしは問題の状況を整理する。いわゆる川渡りパズルと言われる問題。

 懐中電灯を投げたりはできないのだから、吊り橋のあちらとこちらで往復してやり取りするしかない。

 2人で吊り橋を渡り、懐中電灯を返すために1人が帰ってくる。

 これを繰り返して4人全員が渡ることを目指す。

 そのうえで、どういう組み合わせで渡れば一番速く全員が渡れるか、を考えれば良い。試すべき組み合わせはたくさんありそう。


 ただやはり、帰りの時間をいかに短くするかがポイントだろう。わたしは答える。

「答えは、16分?」

 一番速いAさんに帰りをすべて任せると、こうなる。

 AさんとBさんで行く(2分)

 Aさんが戻る(1分)

 AさんとCさんで行く(4分)

 Aさんが戻る(1分)

 AさんとDさんで行く(8分)

 合計、16分。

 適当に組み合わせるよりは、効率いいと思うのだが。

「残念。引っかかりましたね、すずめさん」

 しかし、虎子ちゃんは待っていたかのようにそう言った。

「――そうよね。虎子がそんな単純な問題を出すはずがない」

 そして蒼衣ちゃんがつぶやく。

 蒼衣ちゃんもここまでは行き着いてるんだ。

 そしてその上で、より良い答えを探している。

 会ってすぐのわたしでもわかる。

 蒼衣ちゃんも虎子ちゃんも、真剣だ。

「どうしたんです、すずめさん。わたしの方をじろじろと」

「えっ、ああ、虎子ちゃんいきなりこんな問題出せるなんて、すごいなって……」

 知らず知らずのうちに、わたしの視線は虎子ちゃんを向いていたらしい。

 なんと言葉を返せばいいかわからなくなる。

「あら、ありがとう。でもすずめさんも、これぐらいできるんじゃなくて? 隼から話は聞いてるわよ」

「わたしはそんな……だって今の問題もまだ解けてないし」

 そう、16分というわたしの答えはあっさりと却下された。

 つまり15分以下で全員渡る方法があるということになるが、見つからない。


 と、思っていたら。

「わかったわ! 15分でいける!」

 唐突に、蒼衣ちゃんの声がした。

「本当か!」

「あら、どうやったの? ちゃんと説明してご覧なさいな」

 驚く鷹くんと、右手で蒼衣ちゃんをあおるように指差す虎子ちゃん。

「余裕でいられるのも今のうちよ、虎子」

 勝ち誇った顔の蒼衣ちゃんが説明してくれた手順をまとめると、こうなる。

 AさんとBさんで行く(2分)

 Aさんが戻る(1分)

 CさんとDさんで行く(8分)

 Bさんが戻る(2分)

 AさんとBさんで行く(2分)

 合計、15分。

「どう?」

「正解。やるわね蒼衣」

 ため息をつく虎子ちゃん。悔しいような、笑ってるような、変な顔をしている。

「まあね。遅い人同士を組ませればいいだけの簡単な話だし」

 なるほど。言われてみれば、蒼衣ちゃんの言うとおりだ。

 AさんとDさんで行っても、CさんとDさんで行っても、かかる時間は同じ。

 だったらCさんとDさんが一緒になって、遅い人はまとめて行ったほうが良いに決まっている。

 かといって帰りもCさんにお願いするのではまた4分かかっちゃうから、AさんかBさんを先に行かせて帰り担当にするというわけだ。

 ――2人とも、すごい。

 16分という答えを予想していたかのようにすぐ否定した虎子ちゃんも。

 その上を行って、15分の正解手順をあっさり導いた蒼衣ちゃんも。

 これが、2人の本気なんだ。

「どう、すずめ? これでまた、龍沢家が一番だという証明になったわね」

「だからどうしてすぐそうなるのよ。あなたのそういうところ、本当にわからないわ」

 わたしを見下ろす蒼衣ちゃん。あきれた表情の虎子ちゃん。

 鮮やかな謎解きの直後にこんな言い合いをする2人を前に、わたしはどういう顔をすればいいのだろうか。

 ――しかし考えてみると、対立している龍沢たつざわ家と白井しらい家の次期当主である一人娘が同じ学校で同学年というのも、なかなかの偶然だ。きっとこの2人はわたしが海老川に来るよりもずっと前から、こうやって言い争っていたのだろう。

 ちなみに、『海老川四家えびがわよんけ』の残る1つである亀倉かめくら家の一人息子も同い年、この学校の5年生だと、鷹くん隼くんから聞いている。わたしも含めると、4つの家の関係者がみんな同じ学年にいるということだ。

 運命のいたずらにしては、やりすぎではないだろうか……

「ねえすずめさん、こんなお金だけの家の人間の言葉なんて信じないでくださいな。まあ、すずめさんが赤崎家を一番だと言い出すなら、また話は変わってきますが」

「すずめ、こんなやつの言葉を信じるぐらいなら、あたしの方が良いわよ。まあ、別にあんたを信用してるわけじゃないけど」

 わたしが色々と思い巡らせている間にも、蒼衣ちゃんと虎子ちゃんの言葉のぶつけ合いは続いている。

 ってあれ、いつの間にわたしが言葉を求められてる流れになってる?

「虎子、あまりすずめに色々言わないでくれ。すずめはまだいまいち飲み込めてないこともあるんだ。海老川に来て1週間だしな」

 助け舟をだしてくれたのは、ずっと虎子ちゃんの後ろにいた隼くんだった。

 確か、鷹くんが龍沢家に出入りしているのと同様に、隼くんは白井家に出入りしている。理由は『虎子ちゃんに誘われたから』とか言ってたっけ。

「それもそうね。隼、ちなみにすずめさんには何を説明したの?」

「一応、海老川の街についてとか、龍沢家や白井家の話は一通りした。で、これは前も言ったとは思うが」

 隼くんは、ため息をつきながら虎子ちゃんに話しかける。

「すずめは決して、赤崎家の当主に決まったわけじゃない。だから必要以上に、すずめに敵意を向けたりしないで欲しい」

「それは無理よ、すずめさんが赤崎家の人間である限りは。というより、すずめさんは一番の当主候補だって、隼も言ってたわよね?」

「だからって、すずめをどうにかするつもりなのか」

「隼、言っとくけど、あなたのことだって完全には信用してないのよ。あなたは使えると思ったからわたしと一緒にいることを許しているけど、そうじゃなかったら敵。あの向こうにいるすぐ怒るのと何も変わらない」

 そう言って、虎子ちゃんは蒼衣ちゃん、の後ろにいる鷹くんを指差す。

「おい、俺をそんな危ないやつみたいに言うなよ」

「いや言っとくけど、鷹はそういうところあるからな。元気ってことでは許されないこともあるぞ」

「なんだよ隼まで」

 嫌々ながらも自覚はあるのかなと、鷹くんのふてくされた顔を見て思う。

 1週間一緒に過ごしてみて、熱くなりがちな鷹くんと落ち着いてる隼くん、という構図がわたしにもわかってきた。

「まあ、でも隼の言ってるとおりだ。すずめは当主に決まったわけじゃないから、色々言いすぎるのはやめて欲しい」

「何よそれ。当主じゃなくても、そのうち当主になるかもしれないんでしょ? すずめ、あなたを試させてもらうわよ」

 鷹くんも隼くん同様わたしのことを気づかってくれた。

 が、蒼衣ちゃんはそれを聞く気がないらしい。

 その蒼衣ちゃんがわたしの机の上に叩きつけた紙を見て、何と反応していいかわからなかった。

「――果たし状?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る