Q2.謎解きの街の新学期
新しい環境、新しい学校
「すずめちゃん! いた!」
校門で両親の迎えを待っているわたしの後ろから、悲鳴のような声がする。
「先生?」
「お父さんと、お母さんが……!」
***
「すずめ!」
「起きろ!」
目を開けると、窓の外から明るい日差しが入ってきていた。
「そろそろ起きないとダメだぞ、母さんは朝から厳しいからな」
「おい、入るぞ」
「え、隼! すずめとはいえ女子の部屋だぞ」
ふすまの開く音に、わたしは布団から身体を起こす。
「大丈夫よ、おはよう」
――わたしの声は、かすれたような小さい声だった。
「おはよう、すずめ」
「どうした? つらそうだけど……」
「ううん。大丈夫」
鷹くんと隼くんが心配そうに声をかけてくれるけど、これはわたしの問題だ。
よりによって、新しい学校に初めて登校する日の朝に、この夢を見るなんて。
「そうか、早く居間に来いよ」
「さっきも言ったけど、母さんは遅刻とか絶対許さないからな」
兄弟が見えなくなってから、わたしは立ち上がり着替える。
時計を見ると、7時ちょっと前。
良くない気分を必死に振りほどいて、わたしは自分の部屋を出た。
――わたしの両親が、交通事故で死んだ日の夢。
あの日、父さんと母さんは、わたしを学校に迎えに行く途中で、ブレーキが壊れて暴走した車にはねられた。
わたしが病院に着いたときには、もう亡くなってしまっていた。
父さんも母さんも、普段から学校帰りのわたしを迎えに来ていたわけではない。
その日は、わたしが県の読書感想文コンクールで入賞したごほうびに、駅前のレストランに連れてってくれる約束だったのだ。それが無かったら、父さんは会社、母さんは近所のスーパー。事故にあうことは無かった。
表彰されたわたしにごほうびをあげるために、両親はいつもと違うことをして、それで……
「すずめさん。どうしたのですか、朝から」
今度は朱那おばさんの声。
……ダメだ。どうしても振りほどけない。
数日に一度、朝に見る夢。忘れたいけど忘れられない日のこと。
わたしは気をまぎらわすように、目の前の焼き鮭をほぐして食べる。
――そういえば、和風の朝ご飯なんて、父さん母さんと過ごしてた頃には無かった。
この家を飛び出した母さんにとっては、こういう食事すら嫌だったのだろうか。
「すずめさん、今日からあなたも学校に行くのです。赤崎家の当主としての立ち振る舞いが求められるのですよ」
「だからすずめはまだ当主になると決まったわけじゃないだろ!」
右手に持った箸を投げ出さんばかりの勢いで声を上げる鷹くん。
「落ち着け鷹。当主じゃなくても、すずめが赤崎家の一員であることには変わりない。母さんがすずめにしっかりしろというのも、間違っちゃいないよ」
「そりゃそうだろうけどさ」
ぶつくさ言う鷹くんに、箸を持ったままの左手でそっと触れる隼くん。
「そういうことだ。すずめにも頑張ってほしいんだよ。俺も、鷹もそれは思ってる」
「うん……」
海老川に来て、赤崎家で暮らして1週間。
その間に朱那おばさんや鷹くん隼くんから色々教えられた。
当主不在になっている今の赤崎家は龍沢家や白井家から下に見られていること。
それを解消するには、一番の当主候補であるわたしが当主になるのが手っ取り早いこと。
そして当主のわたしには、『海老川四家』にふさわしい謎解きの力が必要なこと……
「でも、わたしが当主でいいのですか? わたしは、海老川のことについてまだまだ知らないことがたくさんある」
それより、ずっと海老川で暮らす朱那おばさんの方がよっぽど良いのではないか?
「いえ、それはこれから知っていけば良いのです。それに、茜姉さんの娘であるあなたには、当主になる権利がある」
「もしかして、仮にもっと早く母さんを見つけていたら、朱那おばさんは、強引にでも母さんを連れ戻そうと……」
わたしがそう聞くと、朱那おばさんの箸が止まった。
「…………」
そのままわたしが食べ終わるまで、朱那おばさんが返事することはなかった。
***
「きっと母さんは、茜おばさんのところにも押しかけるつもりだったと思う」
わたしの右隣で歩く隼くんがぼそっとつぶやく。
道沿いに植えられた桜は満開。その下を歩く隼くんの横顔はいつも通りかっこいいけど、正直寝ぐせがひどい。
「やっぱり?」
思わずわたしはため息をついてしまう。
それを母さんが本気で嫌がっていたのなら、わたしに赤崎家の話を一切しなかったのもわかる気がする。
「そうなったら、俺も止められなかったと思う。すずめには申し訳ないけど」
わたしの左隣で歩く鷹くんは、右手で握りこぶしを作る。朝食のときの勢いを見ると、そのうち本当に朱那おばさんを殴る……のはさすがにないか。
鷹くんの横顔は、本当に隼くんとそっくり。でもやっぱり髪型が違う。
そう言えば、春休み中には隼くんが鷹くんに宿題を教える光景を何度も見た。きっと本当に鷹くんが朱那おばさんに飛びかかったときは、隼くんが止めに入ってくれそうな気がする。わたしもこの1週間で、それぐらいはわかった。
あ、あと隼くんとミステリの話もできた。正直この春休み、悪くはなかった。
でも。
「着いたぞ」
「ここが
目の前には、わたしが前に通ってた学校とあまり変わらない、4階建ての校舎。
ゆうべ、隼くんから言われた言葉を思い出す。
「他の家にとっては、すずめはもう赤崎家の当主ということになってるはずだ。多分、すずめ自身が嫌だったとしてもきっとそういう目で見られる」
その目から、わたしは逃げたい。けど、そういうわけにもいかないらしい。
この
今日、わたしはここで5年生の始業式を迎える。
***
「ねえ、すずめちゃんって呼んでいいかな?」
「鷹くんや隼くんとはどういう関係なの?」
先生から転校生として紹介されたわたしは予想通り、休み時間になってクラスの子に取り囲まれた。真新しい教室に、真新しいクラスメイト。
「えっと待って、順番に聞くから。わたしのことは、別になんと呼んでくれてもいいけど……」
初めての環境でいきなり囲まれるというのは、あまりいい気分ではない。
せめて鷹くんや隼くんがいれば、と思ったがクラスは別になってしまった。
わたしは1組、鷹くんは4組、隼くんは5組。
「あ、聞いたよ? すずめちゃんって、赤崎家の新しい当主様になるんでしょ」
「でも、すずめちゃんって海老川に来たばかりなんだよね? 海老川のことってその前から知ってたの?」
やっぱり、そういう質問も飛んでくるのか。
「ううん、わたしそういうの全然知らなくて。鷹くんや隼くんはいとこなんだけど、それも海老川に来て初めて知ったことなの」
「いとこ? もしかして一緒に住んでるの?」
「そうだけど……」
「いいなー」
女子たちからうらやましそうな声が飛ぶ。
そういえばと思って、わたしから聞いてみた。
「鷹くんや隼くんって、学校ではどんな感じなの?」
その途端、女子たちの顔がぱっと変わる。
「それはもうかっこいいし」
「あと優しいよねー」
思った通りだ。
鷹くん隼くんは、学校ではイケメン兄弟として通っているのだろう。
対照的な一面もある2人だから、どちらが好みか、みたいな話もありそうだ。
「ねえねえすずめちゃん、鷹くんや隼くんのことももっと教えてよ」
「あたしも。そうだ、メッセージ交換しよ?」
どうやら、赤崎という名字を持って、鷹くん隼くんと一緒に暮らしている時点で、目立たなくやっていくのは相当難しい、らしい。
――しかし、わたしが赤崎家の当主として見られていることを本当に実感するのは、その日の学校が終わった昼前だった。
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