第27話
「ねえ、大丈夫?」
その瞬間、眠っていた僕の頬を、誰かが撫でた。
夢を破壊して割り込んでくる、鈴のような声と、冷たい指の感覚。全身の毛が逆立つような、ぞわっ…としたものが、触れられた場所から、つま先にまで駆けた。
「うわあ!」
僕は叫ぶと、手を振っていた。その時、指先にザクッ…と何かを引っ掻くような感覚が残る。それと同時に、牧野の呻く声が聞こえた。
汗まみれで目を覚ました僕は、電気に触れたように後退り、後ろの壁に背中をぶつけた。
「え…、あ、ええ…?」
見ると、そこには、牧野が蹲っていた。干してあった制服を着ている。
ぽた…と、床に赤い雫が落ちた。
「あ…」
自分が何をしたのか気づき、慌てて駆け寄った。
「ご、ごめん」
顔を上げさせると、彼女の右頬に、僕の爪で抉られた赤い傷があった。
ああ…、くそ、やっちゃった…。
「本当にごめん…、そういうつもりじゃなかった…、ちょっと、びっくりしちゃっただけ…」
「うん…」
牧野は傷から溢れる血を拭って頷いた。
「…わかってる」
「悪気はなかったんだ…、ちょっと、混乱して、だから、だから…」
息が絶え絶えになる。髪の毛を掻き毟る。
震えた声で、絞り出した。
「僕のことを、殺人鬼って、呼ばないで…」
「うん…」
牧野は僕の方を見ずに頷いた。立ち上がると、血で汚れた手で、僕の肩を叩く。
「あんたが苦しそうだったから…、声を掛けただけなの」
「本当に、ごめん」
「布団取ってごめんね。ちゃんと寝なよ。隈、すごいから」
そう言い残すと、牧野は鞄の紐を掴み、部屋を出て行ってしまった。
パタン…と扉が閉まると同時に、最悪感が右心房に噛みつき、死ぬんじゃないか? ってくらいに動悸が速くなった。
僕は床に額を押し付けて蹲ると、ガリガリと頭を掻いた。食いしばった歯の隙間から洩れるのは、「違う、違う、違う」という、殺人鬼の悲痛な声だった。
「僕は、殺人鬼なんかじゃ…」
その日は眠れなかった。
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