第37話
「娘が男と一緒に寝ているってのに、心配しないのね」
「間違ってはないが、なんかいかがわしいんだけど」
「もう、何もしないの。家に帰っても口を利いてくれないし。嫌がらせのつもりでしつこく話しかけたら、『誰ですか? 警察呼びますよ』って言うし…」
そう愚痴を洩らした牧野は僕の方を見て、手招きした。
「なにやってんの。早く来てよ」
僕は頷き、牧野の隣に横になった。そうすると、彼女は僕をぎゅっと抱きしめる。愛情表現というよりも、抱き枕のような感覚らしい。こうすると、さらによく眠れるそうだ。
僕を抱きしめたまま、牧野の愚痴は続く。
「勉強なんてどうでもいいのよね。もともと、母さんと父さんのためにやっていたことだし。大体、こんな出来損ないの娘を産んだ自分を棚に上げて、私を責めるのって何なの…?」
そう言った後、思い出したように言った。
「まあでも、本当に、取り違えたのかもね」
「どういうこと?」
聞くと、牧野は僕の肩に額を擦りつけて、押し殺した声で言った。
「私はね、体外受精で生まれたの」
ドキッとした。
「篠宮君もクローンならわかるでしょ? 私の元になった受精卵は、セックスによって生まれたわけじゃないんだ。当時、不妊に悩まされていた母さんの卵子と、父さんの精子を一度外に出して受精させて、培養したものを着床させた…」
話のオチを想像して、僕は嫌悪を吐き出した。
「笑えない冗談だな」
「うん、父さんが言うには、その段階で、誰かの出来損ないの受精卵と取り違えられたんだって。もちろん、冗談だよ。だけど…、嫌でしょ」
「うん」
「自分の存在を、否定されたんだよ」
窓の外では、セミが忙しなく鳴いていた。
「篠宮君に言うのもなんだけど…、私、道を間違えたら、多分、両親を殺していると思う。勉強中に握っているシャーペンとか、定規とか、鋏とかで、ざっくりと…」
牧野は少し考えて言った。
「まあでも、いっそ、取り違えていた方がいいかも」
「…そうなのか?」
「だって、そうでしょ。子どものことを成績でしか判断できない親よ? そんな親の血が私の中に流れていると思うと…、たまらなく気持ち悪いわ。もしかしたら、私も将来、あの親みたいになるのかしらね」
「ああ…、そうかも、しれないな」
殺人鬼の血が流れている僕はしみじみと頷いた。
「わかっているのなら、そうならない道を歩くしかないさ。親を反面教師にすればいい」
そう言った後で、「まあ、僕みたいに、殺人鬼らしく振舞わなくても、人は僕のことを殺人鬼と呼ぶんだがな」と付け加えた。
牧野は、ふふっと笑った。
「篠宮くんが言うと説得力が違うね」
「説得力の塊だからね。僕は」
そんな会話を交わしながら、僕たちはまた微睡む。
そろそろ、クーラーをつけないと苦しい暑さになってきた。特にこのアパートは、背の高い住宅に囲まれるようにして建っているから、湿気が溜まりやすいのだ。
でも、汗びっしょりで目を覚まし、「暑いな」「暑いねー」と言いあった後に、シャワーを浴び、ポッキンアイスを食べるのは格別だった。
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