第12話
殺人鬼のクローンの存在が世間に知られ、殺処分を免れた時、問題となったのが、幼い僕の親をどうするのか? ということだった。誰もかれも、殺人鬼のクローンである僕を気味悪がり、里親に名乗り出てくれる者はいなかった。
結局、僕は施設に送られることとなった。
そんな時に、手を挙げてくれたのが、篠宮静江さんだった。
綺麗な女性だったよ。おっとりとした目をして、赤みがかった茶髪は艶やかで、良い匂いがした。声も窓際の風鈴みたいで、聞いていて落ち着いた。料理も美味かったし、滅多に怒らなかった。犬をあやすみたいによく撫でてくれて、それが本当に嬉しかった。
そんな、僕の母親となる彼女は、当時二十一歳。彼女も『木漏れ日の烏』の一員であり、幸田宗也を慕っていた者の一人だった。
周りは当然これに反対した。当たり前だ。幸田宗也のクローンが生まれたのは、『木漏れ日の烏』の者たちが、彼を心酔するが故。その一人だった女性が引き取ろうものなら、きっとまた、あの悪魔のような危険な思想を持つ者に育てるに違いないと思われたのだ。
だが、静江さんはそれを必死に否定した。
僕に、自分の苗字の「篠宮」と、新たな「青葉」という名前を与え、殺人鬼とは全く別の人生を送らせると訴えた。
度重なる説得の末、彼女は僕の親権を獲得した。
世間の心配を他所に、静江さんは僕を「篠宮青葉」として育てた。普通の暮らしを送ろうとしたのだ。だけど、それは、そう簡単なものではなかった。
人の言伝とは怖いもので、何度引っ越しても、僕たちの正体は町の者にばれた。
親しかった人も一瞬にして離れていき、道を歩けば、皆、化け物を見るような目で僕たちを見て、そして、攻撃した。
まるで、荒野に放り出されたかのような、地獄のような日々だったよ。
アパートの扉に、「殺人鬼」と書かれるのは日常茶飯事。後ろ指差されて、「あの子ども、人殺しなんだって」と陰口をたたかれるのも当たり前。ふとした拍子に、背後から突き飛ばされることも、珍しいことではなかった。四年に一度は、刃物を持った奴に殺されそうにもなった。
静江さんは決して、報復をしようとしなかった。
何を言われても、無視をして、何をされても、歯を食いしばって耐えた。そして、怯える僕の方を振り返って、笑って言うのだ。
「大丈夫。青葉君には、関係のないことだから」と。
静江さんは、幸田宗也の件を僕に話したことは無かった。聞いたとしても、答えてはくれなかった。僕に、殺人鬼と同じ道を歩んでほしくなかったのだ。だから、今僕が知っている幸田宗也の話は、全部、世間様から聞いたことだった。
ある日、静江さんと僕は、ある約束をした。
「青葉君、私と、約束をしようか」
彼女は、あかぎれた手で僕の手を取ると、小指と小指を絡めた。
「残念なことに、みんなは、青葉君のことを酷い殺人鬼だと思ってる」
その日、僕は小学校の同級生に虐められ、傷ついていた。
「でも、絶対に、やり返したらだめだよ」
無理やり、指切りげんまんをする。
「人を攻撃することは、君が殺人鬼であることの証明になっちゃうの。だから、絶対に、やり返したら、ダメだよ」
「でも…」
でも、僕は悔しいよ…と言いかけた瞬間、感情が溢れ出し、静江さんの胸に飛びつき、泣いていた。
静江さんは僕を強く抱き締め、背中をぽんぽん…と叩いてくれた。
「ごめんね」
そう、ぽつりと言った。
「でも、復讐はダメ。復讐は、絶対にやったらダメ。あの人と、同じになっちゃうから」
不本意ながらも、僕は静江さんと「誰も傷つけない」と約束をし、それをずっと守ってきた。
そして、彼女が、半年前に事故で死んでからもずっと、守っている。
本当に、損しかない約束だと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます