第39話

 夏課外最終日。牧野は学校に行く前に、アパートに寄った。

「じゃあ、行ってくるから」

「うん、気を付けて」

「行きたいところ、決めた?」

「うーん、まだ」

「あまり待たさないでよね」

 牧野はそんなことを言って、僕の額を小突いた。

「じゃあ、行ってくるから」

 そう言って踵を返した時、「あ…」と何かを思い出し、首だけで振り返った。

「家の前に、誰かいたから、気を付けてね」

「え?」

「ほら、あそこ」

 僕はサンダルを履いて外に出ると、牧野が指す方を見た。

 アパートの前にある道路。そこに立っている電柱の陰に、確かに人が隠れているのがわかった。肩と腰が少し出ている。

「スーツ着た女の人だったよ。私の顔をじろじろ見てきたから、気持ち悪いなあ…って」

「そうか…」

 嫌な予感がして、僕は牧野の頭をポンポンと叩いた。

「アルミの階段を降りたら、裏に行きな。駐輪場からでも道に出られるから」

「うん、わかった」

 牧野は黒髪を揺らして頷くと、階段の方へと歩いて行った。途中で振り返り、「約束、忘れないでね」と言った。そして、階段を降り、裏を通って学校に向かうのだった。

 牧野を見送った僕はため息をつき、サンダルのまま炎天下の中に踏み出した。

 階段を降り、電柱の方へと歩いていく。

 電柱の陰には、案の定、坂本記者が立っていた。

「なにやっているんですか」

「ああ、幸田宗也さん、こんにちは」

「こんにちは」

 この猛暑の中、ずっと僕のアパートを見張っていたのだろう。彼女の頬には汗が浮かび、化粧も崩れかけていた。シャツに汗が染みて肌に張り付いている。

 とろんと下がった瞼が苦しみを滲み出しているというのに、坂本記者は毅然とした声で言った。

「先日は、取材に協力いただき感謝します」

 僕は「うん」と頷くと、汗だらけの彼女に手を出す。

「取材料、もらっていないんだけど」

「ああ、そうです。それを持ってきました」

 皮肉のつもりだったが、坂本記者はにやっと笑い、足元に置いてあった紙袋の中から菓子折りを取り出して僕に渡した。

「つまらないものですが、お納めください」

「お金が良かったな。日本人に染みついている『お金が生々しい』っていう考え、そろそろやめた方がいいと思うんだけど…」

 嫌味を言いながら菓子折りを受け取る。ずしっとした重さから、ジュースかゼリーだと思った。

「あと、これも。サンプルです」

 坂本記者はもう一つ僕に渡した。それは、今日発売の「週刊バーニー」だった。

「へえ…。新刊ですか」

 受け取った僕は、パラパラとめくってみる。そして、鼻で笑った。

「退学になったとはいえ、十七歳の少年に、ヌードが掲載されている週刊誌を渡すって、どういう神経しているんですか? 坂本さん的に、こういうのって良いんですか?」

「そこは見なくていいです」

 坂本記者の指が伸びて、あるページを開いた。もちろん、僕についての記事だ。

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恋するクローン(完全版) バーニー @barnyunogarakuta

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