第二章『牧野梨花は自殺を夢に見るか』

第8話

『皆さんこんばんは、今夜も始まりました、世界の衝撃ニュース』

 焼うどんでも作ろうと、台所でキャベツを切っていると、BGM代わりに点けていたテレビが、ゴールデンタイムになったことを知らせた。

『今日ご紹介する事件は、二十年前に××村で起こった、病院襲撃事件です』

 最近、人気沸騰中の俳優の、ねっとりとした深みのある声がそう告げる。

 僕ははっとして、首だけで振り返った。

『ある小さな村に住んでいた、若い凶悪殺人鬼。それを取り巻いていた者たち。なぜ悲劇は起こってしまったのか? そして、その事件が生み出した禍根を、詳しく取り上げていきます』

 テレビに、死んだ魚みたいな目をした男の写真が映る。僕にとてもよく似ていた。

 見ているとなんだか変な気持ちになって、目を逸らした。包丁を握りなおし、黙々と食材を斬っていく。でも、意識はテレビの方に傾けた。

『事件が起こったのは、二十年前の二〇××年の五月。××村にあった内科に、ある男が侵入した。彼の名前は、幸田宗也…当時二十歳』

 棚からフライパンをとり、コンロに乗せる。油を引くとともに、火を灯した。

『幸田宗也は、持っていた日本刀で、受付の女性二名を殴殺すると、待合室に向かう。そして、そこにいた十七名の村人を殺害した。さらに、勤務していた看護師四名、医者二名、そして、別件で訪れていた村長の息子を殺害した』

 壁にもたれ、フライパンが熱されるのをじっと待つ。

『幸田宗也による殺害方法はどれも残忍で、ある者は足の腱を切断され、ある者は腹を突かれて内臓を引きずり出され、ある者は頭蓋骨を割られていたという。村長の息子に至っては、右の手首を切り落とされたうえで、頭を割られていた』

 そろそろいいかな…? と思い、細かく切ったキャベツをフライパンに投入。たちまち、香ばしい音が立ち、甘い煙が鼻を掠めた。

『当時現場にいた者は、二十七名。そのうち二十六名の殺害を終えた幸田宗也は、その場で自らの喉を突いて、自決をした』

 ジャジャジャーン! と不安を煽るようなエフェクトが聴こえた。

『罪のない命が、理不尽に奪われ、そして、罪のある者は裁きを受けることなく死亡。何ともやりきれない結果で、この事件は幕を下ろした』

 ウインナー、うどんの順に入れて、ソースをこれでもかってくらいに掛けた。あとは、少し焦げ目がつく程度に、さっさと炒めていく。

『…に、思われた』

 今度は、ピーン! と、弦を弾くようなエフェクトが聴こえた。

『この事件が世間で問題視されるようになったのは、ここからである』

 そこで、番組はCMに入った。振り返ると、可愛らしい女優が映っていて、新発売のお菓子をひと齧りして、「おいし~」と棒読みと共に頬を綻ばせていた。それから、「美味しくなって新登場! 堂々咲製菓の! あまねスナック! みんな食べてね!」と、なぞるようなセリフ。

 くだらねえ…と思い、またフライパンの方を向き直り、火を消す。

 ソースがよく絡んだうどんを皿に盛っている間に、CMが明けた。

『世間を震撼させたこの虐殺事件。しかし、本当に問題となったのは、ここからであった』

 冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し、シンクの横に置く。

 ええと…、グラスはどこだっけ?

『概要の前に、幸田宗也を取り巻いていた者たちを説明する必要がある。凶悪非道の殺人鬼幸田宗也には、仲間がいたのだ。それが、医者の尼崎翔太。当時高校生だった赤波夏帆…』

 あった…、グラス。

『そして、篠宮静江』

 その名を聞いた瞬間、掴んでいたグラスが指から滑り落ちた。

 ガシャン! と激しい音を立てて、粉々に砕ける。

 ああ…、やっちまった。って思い、しゃがみ込むと、破片を拾っていく。その間にも、テレビは殺人鬼についての話を続けた。

『彼ら四人は、自分たちを『木漏れ日の烏』…と呼び、村で非道の限りを尽くしていたのだ』

 ダメだ…、細かく砕けているから、掃除機が必要だ。

 ため息をつきながら立ち上がり、クローゼットがあるリビングの方を振り返ると、テレビが、マイクを突き付けられた老婆の顔を映しているのがわかった。

『取材班は、当時、××村に住んでいた方に接触することに成功した』

 その声と共に、番組のスタッフが老婆に対して、「幸田宗也を含む、木漏れ日の烏のメンバーは、どんな者たちだったのでしょうか?」と聞いた。

 老婆は顔を顰め、言った。

『本当に、酷い子供たちでしたよ。悪魔の子たちですよ。気に入らないことがあると、すぐに暴力に訴えてくるんです。私の知り合いの孫なんか、目にスプレーを吹きかけられて、失明したって…。本当、村のみんなに嫌われていて、まるで烏みたいな子どもたちでした』

 そこまで言った老婆は、少し上を仰ぎ、思い出したように続けた。

『尼崎翔太さん…だっけね? あの子には学があってね。あの村で初めて、東京の医大に進学して、卒業して、医者になったら、すぐに出世して…。本当、勿体ないねえ。幸田宗也と一緒にならなければ、褒められたことなのに…』

 そこで、老婆へのインタビュー映像は途切れた。

 再び、天の声が言う。

『事件の後、幸田宗也は自らの手で死んだはずだった。だが、それを受け入れることができなかった尼崎翔太が、禁忌を犯してしまうことになる』

 キーン…と軋むようなエフェクトともに、画面いっぱいに現れた文字。

 それは、「クローン」という文字だった。

『狂気ともいえるくらい、尼崎翔太は幸田宗也に心酔していた。彼は、幸田の死亡後、彼の死体から入手した細胞の遺伝情報を受精卵に移植し、それを、同じく幸田を慕っていた女、赤波夏帆の子宮に着床させたのだ』

 ジャジャジャジャーン! と、鬱陶しいサウンドエフェクト。

『つまり赤波は、幸田宗也と全く同じ遺伝情報を持つ赤子を、生んでしまったのである』

 その瞬間、僕はリモコンをひっつかみ、テレビの方に向けた。

 ふっ…と画面が黒くなり、僕の冴えない顔が映し出された。

 幸田宗也と、同じ顔をしていた。

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