恋するクローン(完全版)

バーニー

第1話

 三年前に住んでいた町で、なんの変哲もない殺人事件が起こったことがある。

 ある四十代の男が、職場の上司をナイフで刺したのだ。

 動機は度重なるパワハラによるものらしい。「辛いなら辞めればいいじゃないか」というツッコミは置いておく。きっと、追い詰められて、正常な判断ができていなかったのだろう。

 事件から半年が経った頃、僕はたまたま、その男が住んでいた家の前を通りかかったことがあった。

 まだ奥さんと、中学生の子どもが住んでいたのだが、その家は廃墟と見間違えるほど荒れ果てていた。庭に雑草が生え散らかしているのは言うまでも無い。ベランダのガラスは割られていて、その上に段ボールをかぶせてガムテープで固定していた。扉も、ハンマーで殴られたみたいにバキバキに凹んでいて、「町から出ていけ!」と書かれた紙が貼りつけられていた。家の周りを囲む塀には、黒いスプレーで、「殺人鬼」や、「殺人一家」と書かれていた。

 それを見たとき、僕は「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という言葉を思い出した。

 殺人と言う禁忌を犯したのはあの男だ。妻や子どもではない。それなのに、どうして彼らを責める必要があるだろうか? まあ、「犯罪者の子供は犯罪者」という言葉が完全に間違っているとは言わないよ。確かに、犯罪者に育てられたなら、その子供は犯罪者の思想に染まっているだろうから。でも、それはあくまで可能性の話だ。必ずそうなるとは限らない。そこに、相関関係はあっても、因果関係は存在しない。少なくとも、僕はそう思った。

 じゃあ、クローンはどうなのだろう?

 少し、例え話をしようと思う。

 …あるところに、殺人鬼がいるとする。

 そいつが、罪のない二十六人を殺して、自殺したとする。

 …もし、その殺人鬼の体細胞を、受精卵に移植して、女性の子宮の中で育てたとする。

つまりクローンを作成したってことだ。

 そうして生まれた赤ちゃんは、その殺人鬼と同じ遺伝情報を持っているのだ。つまり、成長すればするほど、姿かたちは、殺人鬼と瓜二つになる。

 あくまで、姿かたちが殺人鬼と同じなだけだ。

 ええと、僕のことじゃないよ。うん、別に、僕が「殺人鬼のクローン」って言っているわけじゃない。余計な詮索はやめてくれ…。

 そうやって生まれてきた彼を、人は「殺人鬼」と呼べるのだろうか? 

 そして生まれてきた彼自身は、「殺人鬼」と同じ道を歩むことになるのだろうか?

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