虚無堂〜誰にも分からない喫茶店

星咲 紗和(ほしざき さわ)

プロローグ

涼子はその日、いつものように残業で疲れ果てていた。街の灯りがぼんやりと照らす中、彼女はただ家に帰りたいと思っていた。だが、同僚の美咲が彼女の腕を引き、小さな横道へと誘った。


「ちょっと寄り道しようよ。」


「どこに?」涼子は訝しげに尋ねたが、美咲はにっこり笑うだけだった。曲がりくねった路地を何度も左右に曲がり、やがて二人は人気のない小路に立っていた。


「ここだよ。」


目の前には何の変哲もない古ぼけた扉があるだけ。看板もなければ、店らしい装飾もない。ただの扉。しかし美咲は確信に満ちた声で言った。


「ここが『虚無堂』よ。」


扉を開けると、音も光もない世界が二人を飲み込んだ。涼子の心臓がどきりと跳ねた。未知との遭遇、そして始まりの予感。同僚の手に引かれながら、涼子はその不思議な喫茶店の中へと踏み込んでいった。


これはただの夜の寄り道ではなかった。それは、涼子が自分自身と向き合う旅の始まりだった。

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