第1話 静寂の中の誘い

扉が閉まると、世界は完全な暗闇に包まれた。涼子は、美咲の手の温もりだけが頼りだった。彼女たちの足音さえも吸い込まれるような静けさが辺りを支配している。目が慣れるまでの間、涼子は息を潜め、周囲の微かな音に耳を澄ました。


「怖くないから、大丈夫。」美咲の声が、どこか遠くから聞こえてくるようだった。


少しずつ、涼子の目は闇に慣れ、僅かな光の差す方向を感じ取り始めた。しかし、それは明かりというよりも、外から漏れる微かな光だけだった。そのほのかな光を頼りに進むと、二人は小さなテーブルに辿り着いた。


座ると、どこからともなく温かい空気が流れてきた。涼子は目を閉じて、その感触を楽しんだ。何も見えない、何も聞こえない。ただ、存在することの感覚が研ぎ澄まされる。


しばらくすると、何者かが静かに近づいてきた感じがした。そして、肩を軽く一回叩かれる。これがサインだと美咲が教えてくれた。涼子はテーブルの上を手探りし、冷たいガラスのタッチが感じられる。カップには何かが注がれている。


涼子はゆっくりとカップを手に取り、唇に近づけた。一口含むと、未知の味が口いっぱいに広がった。甘く、芳醇なアロマが彼女の感覚を包み込む。この瞬間、外の世界の雑音や疲れが遠のいていくのを感じた。


食事も同じように運ばれてきた。肩を二回叩かれると、涼子はテーブル上を再び手探りした。何か柔らかく、温かいものが皿に盛られている。彼女はそれを口に運び、優しい味わいに心が満たされるのを感じた。


時間がどれくらい経ったのかわからない。涼子はふと眠気に襲われ、意識が朦朧としてきた。美咲の声が遠くで聞こえるが、その声も次第に遠ざかっていく。


目を覚ますと、涼子は「虚無堂」の外、小さな公園のベンチに座っていた。膝の上には小さな賽銭箱が置かれている。何故かその箱にお金を入れるべきだと直感が告げた。彼女は財布からいくつかの硬貨を取り出し、箱に落とした。


お金が賽銭箱に触れると、涼子の心に一陣の風が吹き抜けるような感覚が走った。何かが解放される感じ。立ち上がった涼子は、ふと気づく。心が軽くなり、疲れがどこかへ消え去っていた。


「また来よう。」彼女はほっと息をつきながらそう決心した。そして、自分が何を求めているのか、少しずつではあるが、理解し始めていた。

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