第1話 新連載:打ち切り漫画家、デビュー作の最悪悪女に転生する
使えない。
使えなさすぎる。
「ったくもう、あの無能達は…!」
アタシは一人ため息をついた。
世界はこのアタシ、アグネス・スタンフォードを中心に動いている。
欲しい物は何でもすぐに手に入った。
お母様はいつもアタシを可愛がってくれた。
この世界は、アタシのためだけにあるのだ。
アタシが何か動きを起こせば、
周りの人間は必ずそれに答えなければならない。
なのに、そのアタシの要求を叶えられない無能な召使の、何と多いことか…。
「アグネス~、ちょっといらっしゃい!」
お母様がアタシを呼びに来た。
「はい、ただいま参ります」
ちょろいものよねぇ。
お母様の前では、こうやってお行儀良くしているだけで無条件で可愛がってくれる。
アタシは部屋を出て、お母様の下へ向かった。
部屋に入ると、アタシの目の前にはお母様と、もう一人横に男性が立っていた。
アタシの新しい”お父様”だ。
そう、早くに夫(つまりアタシの本当のお父様)を亡くしたお母様は、今まで女手一つでアタシを育てていた。
けれど最近、お母様は新しい男の人と良い仲で、間もなく再婚するという噂を屋敷の者から聞いた事があった。
しかもその再婚相手が平民出身らしく、そんな平民が名門家系のスタンフォード家に婿入りするとあって屋敷は大騒ぎだ。
…まぁ、アタシとしてはどうでも良かった。
新しい”お父様”がどんな人であれ、アタシの邪魔をしない人であれば、適当におべっかを使って都合よく利用するだけだ。
……しかし、一つだけ気になる事がある。
新しい"お父様"の横にはさらにもう一人、見知らぬ女の子が立っていたのだ。
…誰?コイツ。
「アグネス、ご覧なさい。お父様の他にもう一人、私達に家族が増えるわよ!」
…は?
「アグネスちゃん、この子は僕の娘のエリナ。同い年だけどエリナの方が遅く生まれたから、これから君の妹になるんだ」
……は???
「…はじめ、まして。エリナと申します。
これからよろしくお願いします……!」
ウジウジした態度でたどたどしくアタシに挨拶をするエリナなる少女。
平民であるためか着ている衣服はとてもボロッちく、背中に伸びる長い金髪もどこか汚れっぽい。
……はぁ~!?!?!?
アタシは脳内が爆発しそうな程怒りを感じた。
こんな???
こんな汚らしくてウジウジした小娘がアタシの妹になるですって???
アタシの妹になる、それはつまりアタシのお母様からの愛を受け取るという事。
お母様から愛されるのはアタシだけのはずなのに。
それをこんな…、汚らわしいクソガキに取られるって言うの!?!?!?
「さ、アグネスも挨拶なさい!」
お母様からそう言われて、アタシは脳内の憎悪を表に出さないようにしながら一歩前に出ようとする。
気に食わないけど、ここはお母様や新しいお父様の前である以上、今にも爆発しそうな感情を押さえつけてこのクソガキに挨拶するしか無かったからだ。
アタシが足を一歩前に出し、表面上取り繕った挨拶をしようとしたその時だった。
なぜか足を踏み外してしまい、アタシはバランスを崩してしまう。
「えっ…?」
何が起こったのかわからず困惑の声を上げると、次の瞬間には右に倒れて、頭を強打した!
ガンッ!!!
「アグネスちゃん!?」
「アグネス!?
し、しっかりなさい!
誰かお医者様を呼んで!!!今すぐに!!!!!!」
今までに経験したことも無い激痛が頭に走って、アタシは頭を手で押さえた。
痛い!!!
頭がガンガンする…。
吐き気までしてきた。
こんなことになったのも、全部目の前のエリナとかいうクソガキのせいだわ!
絶対に許さない、後でお母様達の見ていない所で死んだ方がマシな位精神的に追い詰めてやる…!
…ん?
どうしてだろ、アタシ、この場面をどこかで見た事がある様な気がする…。
何だろう…、思い出せない……。
けど、アタシはこの『アグネス・スタンフォードがエリナ・スタンフォードと出会い、一方的な嫉妬から憎悪を向けるようになる』という場面をどこかで見た様な気がしてならないのだ。
どこかで…、遠い昔……。
「…、はっ!?」
その瞬間、アタシの脳内で身に覚えのない記憶がフラッシュバックする。
それは、小さな部屋の中の映像。
黒い髪の見知らぬ女性が、机の上に紙を敷いて何やらブツブツ喋っている。
『このアグネスはもうひたすら同情できない最低最悪の悪女にしたいよね~。
何たってシンデレラの意地悪な継母や姉のオマージュキャラだし、とにかくエリナに陰鬱な嫌がらせをしまくって来た設定にしよう!
そんでもってエリナを恨み始めたきっかけも「母親からの愛が自分以外に取られてしまうかも」というとにかく自己中で身勝手な理由!!!
いや~、自分で考えててもクソだな~この悪女!!!
その分終盤でこいつ死んだらカタルシス出まくりそう!!!』
な……、何?
今アタシの名前を呼んでいたけど。
この女性、アタシの事を喋っているの?
設定、って…。
シン、デレラ……???
『キャラデザもとにかく憎たらしい顔の方が良いよね!
吊り目に不気味な笑顔、偉そうにおでこなんか出しちゃって、いかにも"自分は高貴です!"って主張してそうな感じ。
髪の色は…、紫色で良いかな!悪そうだし!
よし、これで林田さんに見せましょう!!!』
アタシは、その黒髪の女性が描き込んでいる紙をそっと覗いて驚愕する。
「嘘…、でしょ……?」
何故なら、その女性の手元にある紙には、このアタシ、アグネス・スタンフォードの肖像画が描かれていたのだから……。
それだけじゃない、アタシが描かれた紙の横にはあのエリナ・スタンフォードの絵も描いてあるし、他にもアタシの知らない誰かの絵がたくさん…。
……いや、知っている。
アタシ…、いや、”私”は、この紙に描かれた"キャラクター"達も、この”光景”も、全て。
そうだ、だって…”私”は……。
「っ…、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?」
さらに脳内を迸る激しい頭痛。
「アグネス!!!」
「アグネスちゃん!!!」
私は、意識を失った。
目が覚めると、自分の部屋のベッドで横になっていた。
どうやら数時間目を覚まさなかったらしい。
…けど、それどころじゃない。
「あ……、あぁぁ……。
あた、し。
わたし、は……」
”アタシ”の名前はアグネス・スタンフォード……、13歳……。
それは間違いない
でも、思い出してしまった…。
私の、”もう一つの”名前。
「私は……、渋谷、翼……。
25歳、漫画家……だった……」
間違いない、今の私には本来この世界に存在しないはずの”日本”という国で漫画家として生きていた記憶が宿っている。
いや…、宿っているというよりもさっき頭を打ったショックで『前世の記憶』を思い出したと言うべきなのかな。
いわゆる異世界転生的な現象…と思うしかない。
…しかし、何よりも重要なのは、この世界がただの異世界というわけではない事で。
私はベッドから立ち上がり、恐る恐る姿見に自分の姿を映す。
綺麗なドレスに身を包み、僅か13歳にして非常に高貴な雰囲気を纏った”アタシ”が映っていた。
長く伸びた紫色の髪は後ろで結って、前髪も一緒に編み込んでいるので額は全て露出している。
赤いルビーの様な三白眼の瞳を縁取るのは鋭く吊り上がった目で、口角を上げても下げても常に不機嫌・もしくは怒っているかのように見える悪人相…。
間違いない、これは私が、漫画家・渋谷翼が初連載作品『メルヘン・テール』で描いた敵キャラクター『アグネス・スタンフォード』のデザインその物だ。
見た目、性格、経歴、その全てが私の描いた設定画と一致している。
それはつまり…、何を意味しているのかと言うと……。
「私……、打ち切られたデビュー作の世界に転生しちゃったのぉぉぉぉぉぉ!?!?!?」
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