第20話 打ち解けたい

「おはよう、アグネス、エリナ!」

「おはよ~、トオル!」

「おはようございます、トオルさん!」

ザックが”一度目の世界”の記憶を保持しているという衝撃的な一幕から一夜明け、私はごく普通の朝を迎えていた。

「昨日のトオルさんの模擬戦、本当にすごかったです!

僕もトオルさんみたいに縦横無尽に動き回って相手を翻弄したいんですけど、何かコツはあるのでしょうか?」

「う~ん、コツって言われても難しいな…。

俺、物心ついた頃から割と運動神経だけは良くってさ。

あぁ、あと子供の頃は山奥で自給自足生活だったから、それも運動神経向上に繋がってたのかも」

「自給自足!?

と言うと、例えば狩りをしたり!?」

「そうそう、パパがイノシシを狩るのが上手くて…」

よしよし、トオルとエリナは初日の頃と比べたら少しずつではあるけど親しくなってきているわね!

作者のエゴではあるけれど、出来ればやっぱりエリナとトオルには良い感じにくっついて欲しいという思いは拭えない。

性格や経験は原作と異なっても、やっぱり主人公とヒロインだから幸せにゴールインして欲しいじゃない!

…原作だと作者の私のご乱心で死別カップルになっちゃったしね……ハハハ……マジでごめんなさい……。

(…ねぇ、アグネス様)

珍しく、エリナがコソコソ声で私に話しかけてきた。

(どうしたの、エリナ)

(先程からあちらの…昨日トオルさんと戦った方がやけに僕達の方をジロジロ見てきていませんか?)

…えっ?

私は咄嗟に後ろを振り向くと、自分の席に座っているザックが、基本的には『我関せず』と言ったぶっきら棒な態度で、しかし定期的に私達の方へ視線をチラチラと送っているのがバレバレだった。

(俺もやけにあのザックってやつに見られるんだよな…。

何ならあいつの名前をちゃんと知る前の入学式初日からジロジロ見られたし)

トオルもエリナと一緒に私に耳打ちする。

あちゃ~…。

昨日のザックの話から察するに、どうやらザックはどうしても”一度目の世界”で大切な仲間だったトオルやエリナの様子が気になって目で追ってしまうようだ。

しかも、トオルに関しては入学式の時にザックがトオルの顔を見て”一度目の世界”の記憶を思い出してしまった直後だったので、余計に錯乱していたザックからチラチラと視線を向けられてしまっていたのだろう。

でもこれじゃあいつまで経ってもザックがこの世界のトオルやエリナと打ち解けられるわけがない。

「ねぇザック~、ジロジロ見てないでこっち来て喋りたい事喋れば良いじゃないの!」

「「えっ!?」」

「なっ…あっ…、いや、俺は良い!

興味ない!!!」

そう言って、ザックは廊下に出てスタスタとどこかに消えてしまった。

「…アグネス、あいつと面識あったの!?」

「ん、まぁね。

昨日ちょっと話す機会があって、意気投合する所があって…」

「知りませんでした…。

けど、アグネス様のご友人ならわざわざ遠くから視線を送るのではなく表立って会話の和に加わって下されば良いのに…」

「うーん…まぁちょっと気難しいというか、人見知りな性分らしくてね…」

多分、ザックは『この世界のトオルとエリナは自分の知っている二人ではないから』という理由で上手く二人と接するのが難しくて、あんな風にジロジロ二人を目で追う事しか出来ないのだろうと推測する。

けれど、このままじゃザックにとっても良くないと思った。

「ちょっとザックを探してくる!」

私は廊下に出て、ザックの行方を探した。


「あ~いたいた、探したわよザック」

数分間の捜索の末、私はザックが資材置き場の中に隠れてもたれかかっている姿を発見した。

「おっ、お前…!

さっきはよくも余計な事を!」

「余計な事って…、あなたこれから一生ああやってあの二人を遠巻きからジロジロ見ているつもり???」

「し、仕方ないだろ…。

俺にとってのトオルとエリナは、やっぱり”一度目の世界”にいたあの二人なんだ。

この世界の二人は俺の知ってる二人じゃない、だからどう接するべきなのかわからないし、変に嫌われる位ならこうやって遠くから見てるだけの方がマシだ」

「けど、そうやってジロジロ見てるだけなせいでそのトオルとエリナ張本人から『変な人』だと思われてるわよ!?」

「何ぃっ!?俺が『変な人』だとォ!?」

私の放った残酷な真実に、ザックは大きく狼狽える。

「あなた、このまま遠巻きにあの二人を見続けてるだけだったら、いざと言う時に二人を助けても『対して面識も無いのに何でこの人助けてくれたの???』って疑問符が浮かべられちゃうのよ?

本当にそれで良いの!?」

「そ…それは流石に困る!

だが俺は…この世界におけるあの二人とどういう距離感でどう接したら良いのか全くわからない!!!」

「ザック、”一度目の世界”ではトオルの強さに興味を持ってぐいぐいアタックしてるうちに仲良くなってたでしょ?

今回も同じ感じで話しかけて行けば…」

「あ、あれは当時の俺がトオルの未知の強さの秘密を知りたくて、興味の惹かれるままにあいつと接していたらいつの間にか距離が縮まっていたんだ!

既にあいつの能力が如何なる物か知っている今の俺に同じ事は出来ないだろう」

…ザックってこんなにめんどくさいキャラだったっけ?

作者として描いている時は割と王道のクール系ライバルキャラとして描いてたつもりだったんだけど…。

いや、逆にクール系ライバルがめんどくさいキャラになりがちと言われたらそれは否定出来ないかも……。

「あーっ!もう、めんどくさい!

私だって別にコミュニケーション上手い方じゃないけど、あんたは流石に苦手ってレベルを超えた不器用さで見てられないわ!!!

わかった、私がザックとあの二人の仲を取り持って見せるわ!!!」

「何だよそれ、んなもん俺には必要ねえって!!!放っといてくれよ、この悪女ぉ!!!」

「いーや、絶対にトオルとエリナとあんたで主人公ヒロインライバルの王道男女男スリーマンセルを再結成させてみせるわ!」

「しゅじ…何の話してんだ!?」

嫌がるザックを無理矢理引っ張りながら、私は教室に戻った。


「…と、言うわけで!

改めまして、『天国の豆木』でお馴染みのザック・マッケンジーくんで~す!」

(こ、この女ァ…!)

午前中の授業が終わった昼休み、学園内の食堂にて、私はエリナとトオルにザックを紹介しようの会を開催した。

「メルヘン能力オタクのザックはこの学園に入る前から有名だったトオルやエリナ、私のメルヘン能力に強い興味を持っていて、初日にトオルの事を何度も見たり私に接触してきたのもそれぞれのメルヘンがどんな力を持っているのか知りたかったからだそうです!

人見知りでちょっと気難しい子だけど、仲良くしてあげてね!」

(お、おいお前!

何だよそれ、俺別にメルヘンオタクとかじゃないんだが!?)

(こうして理由付けしておけば今まであなたが二人をジロジロ見ていたのにも辻褄が合うでしょ!?

それとも、特に理由も無く二人をジロジロ見ていた『変な人』扱いされても良いの!?)

(チッ…)

こそこそ話を終え、私とザックは向かい側に座るトオルとエリナに改めて向き合った。

「なるほど…?

確かにそれなら昨日俺と戦った時にやけに楽しそうだったのも納得出来る」

「でも、学園に入学する前から僕達に注目して下さっていただなんて何だか光栄です!」

(…なぁアグネス、トオルはともかく、お前とエリナが入学前から有名だったって何の話だ?)

(あー…、エリナは半年前にメルヘン能力者の誘拐犯に誘拐されて、助けに行った私とエリナが能力を使って犯人を倒したの。

覚醒したての若きメルヘン使い二人が誘拐犯を倒したって、町ではちょっとしたニュースだったのよ)

私が半年前の誘拐事件の事を話すと、ザックは不思議そうに首を傾げる。

(何だ、その話…?

”一度目の世界”では聞いたこと無いエピソードだな…)

(そうなの、私が”一度目の世界”の本来のアグネスと異なる行動を取った影響か、あなたの知っている世界とは違うイベントが時々起こってるってわけ…)

(…なるほどな)

私の話を聞き終わると、ザックは改まってエリナの方を向いた。

「トオルとは昨日模擬戦を行ってどんな能力を持っているのかよく観察させてもらった。

だから次はエリナ、君の話が聞いてみたい。

君はどんな能力を持っているんだ?」

「僕の『硝子の加速(グラシーズ・ブースト)』はガラス状の靴が具現化する能力です。

その靴を履いている間は、12秒間ジェット噴射で凄いスピードで動く事が出来るんです!

残念ながら、一度12秒間飛ぶと24秒間の冷却時間が必要になるので乱発は出来ないんですけどね」

「…差し支えない範囲で構わない。

その力に目覚めた切欠なんかがあれば、是非教えてくれないか」

ザックにそう問われると、エリナは両手で自分の胸をギュッと押さえながら、ゆっくりと語り始める。

「…僕は元々、自分にどうしても自信が持てない性格でした。

生きてる価値の無い、ゴミのような存在だと…そう思い込んで生きてきたんです」

(…ここまでは”一度目の世界”のエリナと同じか)

誰にも聞こえない小さな声で呟くザック。

「けれど、スタンフォード家に引き取られて、アグネス様と出会ってから、僕の人生は大きく変わりました!

アグネス様は僕に仰りました、『自分を悪く言ってはいけない』、『自分を誇れる自分になりなさい』、と!

その言葉に、僕は強い感銘を受けたのです。

自分を嫌うのではなく、自分を好きでいられる自分になれるように努力しなくてはならないのだと!

だからそれ以降、僕はアグネス様のお隣に並べ立てるような存在になるために必死に努めてきました。

僕が誘拐された時も、ただアグネス様に助けて貰うだけの自分が嫌で、アグネス様と一緒に戦いたいと強く願った時、『硝子の加速』の能力に目覚める事が出来たんです!

だから…、僕にとってこの力は、アグネス様のおかげで手に入れる事が出来、アグネス様のためにお使いする…そんな存在なんですよ!」

ニコリ、と歯を見せながら満面の笑みを浮かべるエリナ。


…私、あの時アグネスとしての”アタシ”に飲み込まれちゃった時そんな事言ってたんだ……。

あの時の記憶は朧気なので、今日初めて知った……。


それはさておき、話を聞いているザックの様子を見ると、やはり大きな驚きの感情に襲われているようだった。

(…あの最初の頃はビクビクオドオドしていたエリナが、入学3日目で既にここまで自分に自信を持てる明るい性格に?

本当にどこからどこまでも俺の知っているエリナと別人、というわけか……)

「エリナはアグネスと良い思い出があるらしいけど、俺は散々な目に遭わされたぜ…。

入学早々茂みに潜んで俺の独り言を盗み聞きされるわ、急に決闘を申し込まれて一世一代の悪役演技で命を懸けてまで俺のメルヘンへの自己嫌悪を解消しようとしてきたんだからな…出会って数時間も経ってない相手にそんな事するか、普通!?」

「そ、その節は本当に…、ほんっとうに申し訳ございませんでした!」

私は机に頭を付けて謝罪する。

「…けどさ、アグネスは俺が絶対に『一騎桃川』を制御できると信頼して、命を懸けてくれたんだ。

おかげで俺は長い事抱えていた俺の能力への恐怖、自己嫌悪を解消して、今では昨日の模擬戦みたいに自由に使えるようになった。

やり方は無茶苦茶だし同じ様な経験は二度とごめんだけど、アグネスには感謝してるよ、ほんと!」

そう言って、トオルもニカッと笑ってくれる。

「なっ…、なんか二人とも改まってそんな風に言って貰うと私、照れちゃうなぁ…!」

「何言ってるんですか、アグネス様はそれ位賞賛されて良い立派なお方ですよ!」

「いやいや、エリナはアグネスを過大評価しすぎじゃないか!?

こいつ結構抜けてるただのバカだと思うぜ、俺は…」

なんて盛り上がる私達。

ザックはしばらくは自分の知っている二人の経験とのギャップにかなり頭が真っ白になっていたけれど、やがて目を見開いて、二人の方を見ながらこう言った。

「…そう、か。

二人の話してくれた事は、とても興味深かった。

ありがとう、エリナ、トオル。

…二人とも、良い仲間を持ったんだな」

「…はい!」

「ははは…」

あっ…、今この瞬間のトオル、エリナ、ザックの三人、すごく様になってる!

原作の『メルヘン・テール』で三人で談笑している時の雰囲気が感じられて、私はとても感慨深くなった。


放課後、私とザックは再び校舎裏で二人きりになっていた。

「ザック、どうだった?

少しは二人と距離は縮まった???」

「黙れ、全く良い迷惑だ。

わざわざ俺のためにあんな場を用意しやがって…」

「素直じゃないな~。

私には最後の瞬間、”一度目の世界”の時の三人みたいな和やかな雰囲気が感じられたんだけど」

私がそう言ってザックの顔を見ると、僅かにだが、ザックの口角が上に上がっている。

「…まぁ、この世界の二人がどんな経緯でメルヘンに目覚め、もしくは使いこなせるようになったのか知れたのは有益だった。

二人ともお前のおかげで”一度目の世界”よりも明るい学園生活を送れているのは、どうやら真実のようだしな。

…少しは感謝してやるよ、”この世界の”アグネス・スタンフォード」

そう私に言葉を発するザックの表情は、昨日から見てきたザックの顔の中で一番穏やかで、安らぎの感じられる表情だった。

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