第17話 初めての登校日
「アグネス様、おはようございます!」
「お……おはゆおぉ……」
私は寝不足による全身ボロボロの状態で掠れた声であいさつする。
「アイラさんのお説教、ほんとに一晩中されたんですか?」
「さすがに…一晩中では無かったけど……深夜2時まで続きました……」
「もう、これに懲りたら一人で突っ走って自分の身を投げ捨てないで下さいね!?
トオルさんの件は結果オーライだったとは言え、昨日の一件は100%アイラさんが正しいです!
咄嗟にアイコンタクトをして下さったから即興で演技しましたけど、これからは独断行動するんじゃなくて、ちゃんと僕達に相談してから行動して下さい!!!
僕もアイラさんもアグネス様を支えるために一緒にいるんですから!
もっと僕達を頼って下さい!!!」
そう言って胸を張り、右手を胸に添えるエリナ。
家に来たばかりの頃と比べても、エリナは本当に頼もしく成長したと再三感じさせられた。
「…そうね。
ごめんなさい、これからはエリナやアイラさんにも積極的に頼らせてもらう事にするわ」
「えぇ、そうして下さい!」
エリナはニコリと微笑んだ。
寮に備え付けの食堂では、朝と晩に食事が提供される。
ちなみにお昼だけは寮の食堂ではなく、学園内の食堂で食べるのが通例らしい。
昨日の晩はずっとアイラさんのお説教だったので、お説教の合間にアイラさんが用意してくれた簡易的な夕食を取ったために食堂には行けなかった。
なので今朝が女子寮の食堂初体験だ。
私はトイレを済ましたかったので、エリナに先に行く様に伝えた。
自室のトイレで用を足し、廊下に出ると、ちょうどアイラさんが部屋から出て来た所だった。
「あっ…えと、その…おはようございまぁす……」
アイラさんは私の顔を見るなり何か言いたげな顔になったけど、すぐにつばを飲み込んで普通の表情に戻った。
「…言いたい事は山々ですが、それは既に昨夜みっちりとお伝えしましたしね。
お互い、今朝からは一旦気持ちを切り替えて普段通りの生活を過ごしましょう。
もちろん、昨夜わたくしがお伝えした内容は絶対に忘れないでくださいね?」
「…はいっ!!!」
「良い返事です。
それでは、朝食を食べにいってらっしゃいませ」
アイラさんに手を振って、私は1階の食堂へ降りて行った。
食堂近くに近づくと、何やら人だかりが出来ている。
よく目を凝らしてみると、その中心にいるのは何とエリナだった!
「ねぇエリナ様~、ご出身はどちらなんですか~?」
「エリナさんはどんなメルヘンをお持ちなのか教えて頂きたいです!!!」
「今度の休日、あたし達と一緒に遊びに行きましょうよー!」
エリナは何十人もの女子に囲まれており、王子様然としたベリーショートな今のエリナが如何に女子に大人気なのかが一目でよくわかった。
「あ、あの~…!
一斉に話しかけられても聞き取れないので、どうかお一人ずつ……!!!」
普段は凛としたエリナも、流石に大勢の人に囲まれるのには慣れておらず冷や汗をかいて慌てた様子だった。
昨日エリナに迷惑をかけてしまった償いもしたかったので、私は大勢の女の子に囲まれたエリナをアシストするべくエリナの隣にサッと割って入った。
すると…。
「げっ…、あれは噂の……!」
「きゃあああああああああ!アグネス・スタンフォードよぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「まずいわ!皆逃げてぇぇぇ!!!」
私の顔を見た瞬間にエリナを囲んでいた集団は愚か、机に座って食事を取っていた生徒までもが一斉にドタドタドタッ!!!と大きな音を出してその場から逃げ去り始めた。
「えっ…えっ???」
そして10秒もしないうちに、食堂内にあんなにいた生徒の6割がいなくなってしまった。
残った4割の生徒も、明らかに私の方を見ないように視線を外しながら恐る恐る食事を続けている。
「…これ、どういう事?」
「えーっと…、アグネス様の元々の悪評に加えて、どうやら昨日のトオルさんとの決闘の様子を偶然にも見かけてしまった方がいたようで…。
昨日の夕食の時からこの女子寮内ではアグネス様がどれ程恐ろしい存在なのかという噂が一瞬にして広まってしまったんです……」
「あ~……」
なるほど、確かに昨日の私の”アレ”を部分的に見てしまったら、そりゃあこんな風に恐れられるのも当たり前かぁ…。
私は元から傍若無人のわがままお嬢様として悪名高かったし、昨日のお昼の時点であんなに怖がられてた所に”アタシ”として悪役ムーブをやっていた様子を見られればこんな扱いになってしまうのも理解出来た。
「うぅ…、自業自得だけどちょっと悲しい……」
朝食を受け取り、席に着きながら私はエリナに悲しみを吐露する。
「安心して下さい、アグネス様。
アグネス様が本当はどんなお方なのかは僕が一番よく知っています!
きっといつか皆さんにもアグネス様の魅力が伝わりますし、仮に伝わらなくても僕だけは絶対にアグネス様の味方ですから!!!」
キラキラとしたエリナの笑顔が眩しくも、とても嬉しい。
「あはは…ありがとうエリナぁ……」
微かに涙目になりながら、私は食パンに噛り付いた。
いよいよ今日からはクラス分けと授業が始まる。
朝食を終えた私達は、早速校舎の方へ向かい1年生のクラス発表掲示を確認した。
ちなみに、フェアリー学園は3年制で、校舎は学年毎に分かれている。
なので私達が足を運んでいるのは1年生用の校舎だった。
「えーっと…、あっ、ありましたよアグネス様!
僕とアグネス様は同じクラスみたいです!!!」
エリナが指を指す紙には、『1-2』と書かれている。
「あっ、ほんとね!
エリナと同じクラスで嬉しいわ!」
…と口では言うものの、私とエリナが同じ1年2組になる事は事前に知っていた、作者なので。
ついでに1年2組にいるのはエリナだけではなく…。
「うげっ、アグネスも同じクラスかぁ…」
後ろから聞こえてきた覚えのある声。
そう、主人公たるトオルももちろん同じクラスだ。
「あ、アハハハハ…、昨日ぶりです…」
私は罪悪感で気まずい挨拶をする。
「正直言うと、しばらくあんたとは関わりたくなかったぜ…」
「で、ですよね~…」
そりゃそうだ、私がトオルでも昨日の一件があったらアグネスとは関わりたくないと思う。
「…まっ、これも一種の”縁”かもな。
何はともあれ、これからよろしく頼むよ、アグネス。
もうあんなスパルタ指導はごめんだけどな!」
そう言って、トオルは笑顔を見せてくれた。
昨日あんな事をやらかした相手にもこんなに優しくしてくれるなんて…何て心が広いお方なの!?
流石、この漫画の主人公……!!!
「エリナさんも同じクラスだったね、これからよろしく!」
「”さん”だなんて畏まらなくて良いですよ!
僕の事は気軽に呼び捨てで呼んで下さい、トオルさん!」
「そ、そう…?
じゃあ…、俺の事も呼び捨てで呼んでくれても良いんだぜ、エリナ?」
おぉ、このやり取りは原作の『メルヘン・テール』にもあるシーン!
前日に自分を助けてくれたトオルに僅かに恋心を抱き始めたエリナが、恐る恐る
『わ、わかりました…!それでは改めて、これからよろしくお願いします、トオル!』
と赤面しながら呼び捨てで呼ぶようになる姿が我ながらかわいく描けてお気に入りのシーンだ。
それが目の前で見られるなんて…!
エリナは今にも口を開こうとしている。
来る、来る…!
あの台詞が…!!!
「あっ…、いえ。
僕は敬語で話すのが癖になってるので、”さん”付けの方が喋りやすいんです。
お気持ちだけありがたく受け取らせて頂きます!」
…あれーっ!?!?!?
「そっか、そうだよな。
まぁ言いやすい呼び方で好きに呼んで貰うのが一番だよな!」
トオルもあんまり気にしていなさそうだ。
…あ~そっか、エリナの性格が原作と全然違うのに加えて、昨日の一件も原作と違ってトオルとエリナにあんまり関わりが無かったから、お互いの距離感が縮まってないんだ……。
もしかしなくても私って、トオルとエリナのカップリングの間に挟まるお邪魔虫…???
なんか…すみません……。
その後、1年2組の教室に入った私達は、早速各授業のオリエンテーションを受ける事になった。
このフェアリー学園で学ぶ教科は、国語や数学、歴史等一般的な教科を始め、やはりメルヘン能力に関する物も多い。
この世界におけるメルヘン能力の歴史を学ぶ『メルヘン史』やメルヘンの扱い方を座学として学習する『メルヘン基礎』、そして……。
「これより、『メルヘン実践学』のオリエンテーションを始める!」
昨日私とトオルが非公式決闘をした闘技場に集められた私達1-2生徒。
舞台上に立っているのは、『メルヘン実践学』を担当するロード・クリネス先生だ。
ガタイの良い大きな体格に大人らしい渋い顔つきで、脇役ながらそのデザインから結構読者ウケが良い教師キャラである。
「『メルヘン実践学』はその名の通り、座学で知識として学んだ能力の使い方を模擬戦を通して実践し、物にするための講義だ。
当然、模擬戦とはいえ実際にメルヘンを使いながらの戦いになる。
ここにいる面々は恐らく今日この日までに自分のメルヘンの使い方は心得ていると自負している者が多いと思うが、細心の注意が欠かせない危険な講義である事を常に心がけて欲しい。
…なぁに、過度に心配する事は無い。
何か危険が発生したら、この吾輩が絶対に全員を守って見せよう」
ニヤリ、と歯を見せながら笑うロード先生。
生徒達の間から僅かに『かっけぇ…』『年長者の男の魅力…!』とロード先生の大人の魅力にやられる声が聞こえてくる。
「さて、今日はオリエンテーションなので全員に戦ってもらう事は出来ないのだが…。
一応模擬戦がどんな物か一度見てもらおうと思ってな。
吾輩が指名した代表者二人に一回お手本として模擬戦をやってもらおうと思う。
今日特別に戦ってもらうのは…『トオル・ナガレ』!そしてもう一人、『ザック・マッケンジー』!」
「えっ…、俺ですか!?」
突然の指名に驚きながら、舞台の上に上がるトオル。
生徒達の間では、『あれって噂の東洋人…?』と少しザワつく。
「まさかトオルさんが指名されるなんて…ビックリですね、アグネス様」
「え、えぇ...」
しかし、驚いているエリナと違いやはりこの事も私は知っていた。
そして今日この場でトオルと戦う事になるあの少年、ザック・マッケンジー…。
濃い緑色の髪は左目を隠す程長く伸び、露出している右目は私と良い勝負を出来る位鋭く恐ろしい眼光を放つ。
…実は、彼もまたこの『メルヘン・テール』のメインキャラクターにしてトオルのライバルの一人。
つまり、超重要キャラクターだ…!!!
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