第27話 人狼会議

「おっす~アグっち☆」

「あぁ、おはようツェリンさん」

この間プリントを拾ってもらってからも、ツェリンさんとはこんな風に時々会話する距離感が続いている。

一応人狼かもしれないと思いながら挙動を確認はしているけれど、入学初日の名前がピンと来てなかった頃から今日まで彼女はずっとこの調子だし、警戒度は今の所他のクラスメイト達とほとんど同じだ。

ツェリンさんはギャルらしくとにかく社交的だ。

基本的に誰に対しても物怖じせず、同じテンションで絡みに行く。

「エリぴ~、今日もかっこいいね!」

「あ、ありがとうございますラプラスさん…」

ツェリンさんの距離感の詰め方には流石のエリナも少し困惑気味だ。

「トオルン、ちょーしどう?ていうか時々めっちゃ大食いだけど太んないの?

良いな~、ウチなんてお昼抜いてもお腹中々引っ込まないのにぃ♪

マジ裏山~」

「…お、おう。

俺はその、特別な体質だから……」

トオルもまた、少し冷や汗をかきながらおろおろと答えた。

「ザク吉ぃ、毎日しかめっ面して怖いぞ~?

ほらぁ、もっとスマイルスマイル!

めちゃかわ~♪」

何と勝手にザックの顔に触れて口角を指で上に引っ張るツェリンさん。

「ッ…、お前なぁ……!!!」

「まぁまぁまぁ!悪意があるわけじゃないんだから!」

今にも怒り沸騰しそうなザックを私は必死になだめる。

そんな調子で、ツェリンさんはクラス全員に絡んで行く。

その矛先はあのケイティ・アントワネットにも向けられた。

「よーっす、おケイ!

今日も堂々と胸張ってて凜としてるね~!」

「…あらぁ、平民風情の貴方があっっっっっっとう的格上たるアントワネット家令嬢のこのワタクシを上から目線でお褒めになるとは…ご自分の立場を少しはお解りになられた方がよろしくてよ?

まっ、皆様から過剰に恐れられている割に実態はこれっぽっちも大したことの無いどこかの誰かさんよりは目障りじゃありませんけどね~?

オホホホホ…」

ケイティはツェリンさんの身分の違いを一切考慮しない物言いに明らかに不機嫌になりながらも、流れるように私へのディスりに繋げて争いは起こさなかった。

ニヤリ、とこちらの方を見て勝ち誇った顔をしてくるので私はケイティから目をそらす。

すると、ちょうど廊下を巡回していたロード先生が扉から顔を出して

「お前達、そろそろホームルームだぞ?

早く席に着いてチャイムが鳴るのを待つ事だ」

と注意されたので、私含め立っていた生徒は全員半ば強制的に席に着かせられた。


その日の授業が全て終わり、私達は定期報告会と称して人狼襲撃事件に立ち会っていた5人で空き教室に集まった。

この学園のどこかに身を隠している人狼の調査が各々どこまで進んでいるのか、情報を共有するのだ。

「皆様、よく集まって下さいました。

これより定期報告会を始めます。

進行はわたくしが務めさせて頂きますね」

黒板の前に立つアイラさんの前に、私達4人が最前列の机に座る形式で報告会は始まった。

「悪い、一応意識して皆の事を観察しているんだが、俺はちっともわからん…。

なんかこう…誰も怪しくないように見えるって言うか、疑うのが悪くて…」

まずはトオルが、目星を付ける事が出来ず容疑者の名前を誰一人として挙げなかった。

とは言え、トオルの性格上そうなる事は皆わかっていたので誰もその事を責めず、次の発表者のエリナに発言権が移る。

「僕は最近アグネス様によく突っかかっているケイティ様が怪しいかと思いまして…」

「あぁ、あいつか~。

けどケイティって滅茶苦茶アグネスに絡んで来て目立ってるだろ?

あの人狼は正体を隠して学園に潜んでるんだから、仮にあいつが人狼なら敢えて積極的にアグネスに絡みに行くのはリスクが高すぎるんじゃないか???」

トオルがそう問いかけると、エリナは「甘いですよトオルさん」と自分の考えを説明し始める。

「『潜入しているから目立たないようにターゲットと絡まない』という考え方は僕達のような素人でも簡単に思いつきます!

しかし相手は危険なカルト組織です、恐らくこの手の潜入行為には手慣れている事でしょう。

ケイティ様の姿となり、敢えて監視対象であるアグネス様に積極的に接触する事で自身への疑いの目を反らそうとしている可能性は否定出来ません!」

「なるほどなぁ…」

エリナの説明に納得した様子のトオル。

けど、確かにエリナの説明には一理ある。

エリナに続いて発言するため、私は挙手をして発言権を得た。

「私もエリナの考えと同じなんだけど、私達に普段から接触する機会の多い人も怪しいんじゃないかと思ってて…。

ただ、確証は無いんだけどケイティは流石に私に直接的に絡みに来すぎて違う気がするのよね。

あの人狼は他の人の姿に変身は出来ても、恐らくメルヘンまで他人の能力を模倣出来るわけじゃないはず。

もしもケイティが本当に人狼なら、私に自発的に決闘を申し込もうとしてるのは自ら墓穴を掘りに行っているような物だと思うの」

「…なるほど、確かに自分から俺達に既にある程度種が割れている能力を開示しに行くとは考えにくい。

勿論アイツの能力の応用でまるで違う能力であるかのように見せかけて来る可能性もあるが、それでもあの高飛車女がアグネスに要求している『学園からの追放』にやたらと拘る理由と繋がらない。

黒の栞なら、学園から出て行かせるよりも件の人狼と同じようにアグネスも組織への勧誘に成功した後は学園に在籍しながら潜入する形式でいさせようとする可能性が高い」

ザックの推測に頷きながら、私は話を続ける。

「だから、怪しいのはケイティの周りにいつも付き従ってる二人の女の子…あっちなんじゃないかと思ってて。

取り巻きとしてケイティの近くにいればいつでも私やトオルの近くに接近出来るし、監視しやすいと思わない!?」

「確かにその線もあり得ますね…!

最近のケイティ様があまりにも鬱陶しくて、僕もつい早とちりし過ぎたかもしれないです」

次に、進行を担当しているアイラさんが軽く挙手をして発言し始めた。

「わたくしは皆様とは別口の、使用人コミュニティからいくつか情報を収集しています。

女子寮にいらっしゃる様々な使用人の方や寮内食堂の職員の方にお話を聞いているのですが、クリネス氏の動きが不審だというお声が多数見受けられました」

「ロード先生が!?」

メルヘン実践学担当のロード・クリネス先生…。

筋肉に覆われた巨体と面倒見の良い豪快な性格から生徒からの人望も厚い先生だけど、そのロード先生に疑惑の目がかかっている事に私は驚く。

確かに、あの変身能力なら女性に限らず男性の姿に変身して潜入している可能性も否定は出来ない。

「クリネス氏は表向きには生徒から慕われているお方ですが、話を聞いた使用人の皆様が客観的に彼の行動を見ていると違和感が多いようです。

例えば、クリネス氏は自身の担当する授業がある時以外のほとんどの時間を廊下での見回りに費やしているそうです。

職員室のご自身の席に座っていらっしゃる姿にお見かけした人はほとんどいないのだとか」

「確かにずっと廊下で見回りばっかりしてるのはちょっと変だけど…、それって単に生徒が心配で見回りしてるだけじゃない?

それだけで疑わしい認定するのもちょっと早計な気もするけど…」

私がそう言うと、アイラさんは首を横に振った。

「他にも不審な点はあります。

それは、常日頃廊下を巡回しているにも関わらず毎日夜18時~19時にかけての時間帯に限り、学園内のどこに行ってもクリネス氏の姿が見当たらないと言う証言を手に入れました」

18時~19時って…、まさか!?

「この間私達が襲撃された時間帯!?」

「その通りです。

生徒への心配から、と言うにはやや過剰なまでの廊下の巡回。

そして毎日1時間だけ姿を消すクリネス氏。

これはわたくしの推測ではありますが、仮にクリネス氏が人狼なのであれば、常日頃学園内の廊下を歩き回る事で情報収集を行い、毎日18時~19時の間に黒の栞と何らかの手段を通して定期連絡の類を行っているのではないか、と…」

「…確かにあり得るな。

俺達生徒目線からでは気が付きにくい視点からの意見だ、情報提供に感謝する。

さて、最後は俺だな…」

私達三人とアイラさんの視点が全員ザックに向けられる。

「俺は現在、68人の容疑者をマークしている」

「ろ、ろくじゅうはち人!?!?!?」

容疑者数の値に驚いたトオルが子供のような間の抜けた声を出す。

「ただ、あまりにも候補が多すぎて全員は説明出来ない。

そこで、この68人の中から特に俺が怪しんでいる2人をピックアップしてお前らに伝える事にした」

ザックは立ち上がると、アイラさんの隣に立ってチョークで黒板に人の名前を書き始めた。

「まず、一人目はコイツ。

フェアリー学園生徒会・広報担当。リアド・ウルフェンシュタイン」

「フェアリー学園生徒会…!?!?!?」

私は驚いてつい声を出してしまう。

まさかその名前をここで聞くとは思わなかったからだ。

フェアリー学園生徒会は、『メルヘン・テール』第2巻範囲で戦う5人のキャラクター達が所属する組織である。

立ち位置的には所謂味方側の幹部ポジであり、バトル漫画には欠かせない強キャラだ。

トオルの異質なメルヘン能力を危険視した生徒会がトオルの拘束・及び隔離を決定、それを阻止するためにトオル達が生徒会の面々と決闘を行う…というのが原作で初めて生徒会が登場するストーリーだった。

ちなみに、生徒会のメンツは当時の自分としてもかなり渾身のキャラクターデザインであり、事実”vs生徒会編”で少しアンケートが上昇傾向になったので、序盤の『メルヘン・テール』の人気の立役者でもある。

「このリアドという男はかなりのナルシストとして有名であり、事ある毎に自分の気に入った女子に対してナンパを行う適当な男なのだが…、同時に情報通としての一面も持っていて、ナンパした女子から得た情報を元に学園内のあらゆる人間関係やデータに精通している。

人狼が以前から学園内に潜入していたのなら、この男の立場に成り代わって学園内の情報を組織に漏らしていた可能性は高いだろう」

「確かに情報通という肩書きは少し気になりますが…、ザックさんはどうしてこの方をピックアップしたんですか?」

エリナの質問に、私は冷や汗をかいてしまう。

…まさか。

何故ザックがリアドを容疑者としてピックアップしたのか、その理由を察したからだ。

しかし、その観点から言えば答えはNOだ。

多分それは人狼の正体とは関係ないよザック~!

狼狽える私を他所に、ザックは答える。

「それは、この男の持っているメルヘンに起因している。

このリアド・ウルフェンシュタインのメルヘンの名は…、『偽りの狼(アントゥルース・ウォルフ)』。正に、”狼”の字を冠している」

「なっ…!?」

「まさか…そんな事って…!?」

「…偶然とは思えませんね」

勢いよく発表するザックとそれに驚く三人を他所に、私は『あぁ~やっぱり……』と頭を抱えていた。

リアド・ウルフェンシュタインというキャラクターは『オオカミ少年』という童話を元ネタに作った。

『偽りの狼(アントゥルース・ウォルフ)』とは、相手に瞬間的に自分のついた嘘を信じ込ませる能力だ。

なので、赤ずきんをモチーフにしたレスカと狼要素が被ってるという点については完全なる偶然、そこに関連性は一切無い。

しかし、この『メルヘン・テール』の世界には各キャラのモチーフ元の童話は存在しない。

ザックも原作の世界からこの世界に転生してきただけなので、当然現実世界に存在するメルヘン能力のモチーフ元の童話の事など知る由も無かった。

だから私以外の皆が『狼』という要素からレスカの『真紅の頭巾(クリムゾン・フード)』と関連付けて考えてしまうのも当然と言えば当然なのだけれど…。


私はザックを手招きして、耳元でヒソヒソと『リアドの能力と”狼”はあまり関係ないよ』と耳打ちした。

(なっ…!?

そ、それを早く言え!!!

俺は”一度目の世界”の記憶は朧気だと言っただろ!?!?!?)

(”一度目の世界”の事はあんまり私から聞きたくないって言ったのはザックの方でしょ!?)

(ぬぅ~…。

そう言われてみればあのリアドとかいう男は”嘘に関する能力”を使っていた気がする…。

クソッ、不覚だ…!!!)

ザックは顔を真っ赤にしてばつが悪そうにしている。

(ま、まぁまぁ。

まだ人狼がリアドに化けてる可能性は0とは言い切れないから…。

それに他の3人はすっかりザックの説を信じてるみたいだし、下手に訂正せずもうこのまま通しちゃおうよ、ね???)

(チッ…、そうさせてもらう)

オホン、と一度咳き込んで、ザックは話を続けた。

「…俺が疑っている奴はもう一人いる。

それがこの…」

ザックはリアドの名前の下にもう一人名前を記す。

その名前は、さっきとは別の意味で驚かされる名前で…。


「ラプラス・ツェリン、お前達もよく知っている通り俺達と同じ1-2の生徒だ」






――――――――――――――――――

次回は5月26日(日曜日)更新予定です。

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