第11話 変わり始める世界
「ぐっ…」
案の定、私はビッキー相手に大苦戦を強いられていた。
「さぁさぁ、あたしの『北風の突風(サデンリー・ウィンド)』に着いて来なさいよ!」
『北風の突風(サデンリー・ウィンド)』…、その名の通りまるで風になったかのように高速移動出来る能力。
攻撃力こそ強化されないけれど、シンプルに超スピードで迫ってくるのは恐ろしいし、私の『灰被らせの悪女』が不完全な状態ではまともに戦えるはずが無かった。
何度も何度も高速で移動し、私の体に的確なダメージを与えてくる。
これじゃほんとに私の構想通り『太陽より北風の方が強い』事になっちゃうよ~!
北風と太陽が元ネタなのに何でこんな事に…。
やっぱり没にして正解だったかも。
一応、私に攻撃の手段が一切残されていないわけではない。
さっきのテリーとの戦いで、ここら一帯には僅かながらテリーの出した炎の種がいくつか燃え移って残っている。
そこにビッキーを誘導して、私の灰に火を着けられれば、爆発を起こす事は出来る。
まぁ…、それが出来れば苦労はしないんだけどねぇ!!!
「ぐえっ…」
またもビッキーの拳がクリーンヒットする私。
「アグネス様ぁ!!!」
「ほらほらほら、な~んで爆発能力を使わないのかなぁ!!!
もしかして、何か”条件”があったりするのかしら?」
や、ヤバい…!
流石にビッキーにも私の能力に何か制限がかかっている事が勘づかれ始めてる!
「ガハッ…、さぁ、どうだったかしら!!!」
口から血を吐きながらも、私は何とか強い態度を崩さないように尽力する。
弱気な姿を見せたら一瞬で終わりだ。
特に、高速移動持ちの彼女相手には尚更…!
「私の…せいだ…」
「何を仰っているんですか、エリナ様!
あなたは一番の被害者です、エリナ様にご責任などございません!!!」
何やら後ろの方で自分を責めているエリナとそんなエリナをたしなめるアイラさんの声が聞こえてくる。
あぁ、やっぱり心配させちゃってるんだ。
不甲斐なくてごめんなさい…。
「…でもやっぱり、そんなの嫌だ」
「エリナ、様…?」
「もう、アグネス様におんぶ抱っこしてるだけの私はいらない。
私が本当になりたいのはっ…!」
「…そろそろ飽きてきたわね。
さっさと終わらせて、そのガキ売ってテリーの馬鹿の治療費にさせてもらおうかしら」
まだ騎士団が来る様子は無い。
まだまだ私が時間稼ぎをしないと…。
このままじゃ、エリナは…。
「なりたい…。
アグネス様の言う”王子様”のような存在に!
今日までの”私”を捨てて…!
本気で生まれ変わらなくちゃ……!
気高き戦士に…、王子様な”僕”に……!!!!!!」
「終わりよ、クソガキ。
メルヘン目覚めたてにしては頑張ったんじゃない?
まぁ残念ながらその才能も今この瞬間に潰されるんだけど」
はは…、やっぱり彼女にはメルヘンに覚醒したばかりだとバレてたみたい。
まぁテリーとの戦いの間にずっと私の戦い方や能力を観察して研究していたみたいだし、そりゃバレるよねぇ。
「じゃあね、生意気なお嬢様」
「ガッ…、あっ……」
ビッキーは私の首を両手で強く絞め始めた。
ヤバい、死ぬ、殺される。
まだここで死ぬわけには行かないのに。
考えなくちゃ、考えなくちゃ、考えなくちゃ。
なのに頭が上手く回らない。
私、ほんとにここで、死―
その瞬間だった。
「オゴッ…!?」
「っはぁ!!!ハァ…ハァ…ヒュッ…」
突如、ビッキーの顔に何者かの蹴りが入れられ、その衝撃で私の首は解放される。
苦しかった呼吸を徐々に回復させながら、私は視線を前に向けた。
そこに立っていたのは、まさかの…。
「えっ…、エリナぁ!?」
なんと、ビッキーに蹴りを入れたのはエリナだったのだ。
「お待たせしてごめんなさい、アグネス様。
”僕”も…、一緒に戦います!!!」
「……、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!?」
ちょっと待って、理解が追いつかない!!!
まず、どう見ても今のエリナの両足に、ガラス状のヒールの靴が履かれている。
間違いない、これはエリナの『シンデレラ』をモチーフにしたメルヘン能力だ。
何度も何度も自分の手で描いてきたデザインのガラスの靴だから、すぐにわかった。
まさか今この瞬間にエリナのメルヘンが覚醒するとは思わないじゃん…!
それに、私の聞き間違えじゃなければ、エリナ今自分の事を”僕”って言ってなかった!?!?!?
えっ、何、どういう事ぉ!?
エリナはボクっ娘では無かったはずなのに…。
ヤバい、急展開すぎて脳の処理が追いつかない。
「ふ、あはははは…!
まさかそのガキもメルヘンに覚醒するとはねぇ。
いいわよ、どうせ目覚めたてのやつが一人増えた位大したことはない。
吊り目でブサイクな爆発能力のお嬢様は殺して、面の良いあんたはもう一回麻袋に詰め込んで奴隷として売ってやるわ!
二人がかりでかかって来なさい!!!」
ビッキーは相当な自信があるようで、二人がかりで戦う事を認めてくる。
「アグネス様、立てますか?」
そう言って私に手を差し伸べるエリナ。
私は一呼吸置いて、その手を取った。
「…えぇ、ありがとう」
「アグネス様…、”僕”は今この瞬間、生まれ変わりました。
あなたのお隣に並べ立てる、そんな自分に。
だから一緒に戦わせて下さい。
あの誘拐犯を倒して、アイラさんと一緒に三人で家に帰りましょう!!!」
私にそう訴えかけるエリナの目は、まるで『メルヘン・テール』本編で主人公のトオルと出会って成長し、芯の強さを手に入れたエリナの表情とそっくりだった。
「…頼りにしてるわよ、エリナ!!!」
「はい!!!」
頭の中で第二ラウンドの鐘が鳴った。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!!」
『北風の突風』を使い、私とエリナの周りを奔走するビッキー。
相変わらずすごいスピードだ…!
「フフッ、どんな能力だろうとあたしのこの速度に追いつけるはずが…」
しかし、次の瞬間にはビッキーは驚愕の表情を見せる。
「なっ…、嘘でしょ!?」
何と、ビッキーの高速移動に、エリナがガラスの靴から射出されるジェット噴射で追い付いているのだ。
「そらぁっ!!!」
そのスピードのまま、ビッキーの胴体に蹴りを入れるエリナ。
ビッキーは大きく吹き飛ばされる。
「っ…、中々やるじゃない。
それがあんたの…」
「そう、これが僕の能力。
『硝子の加速(グラシーズ・ブースト)』!!!」
『硝子の加速(グラシーズ・ブースト)』。
『メルヘン・テール』のメインヒロインであるエリナのメルヘン能力。
シンデレラの物語と言えば、やはり印象的なのは12時の鐘で舞踏会から急いで帰ろうとして脱げてしまったガラスの靴だろう。
そこから着想を得て、ガラスの靴で逃げ帰ろうとするシンデレラの姿を『ガラスの靴をジェットブーツに見立てて攻撃する』という能力に再解釈したのがこの力だ。
ビッキーの高速移動と違い、エリナの『硝子の加速』は12秒間しかジェット噴射を使う事は出来ない。
12秒使った後は24秒間ガラスの靴を冷却させなければならないという制限がかかっている。
でも、その12秒間の間のジェット噴射のスピードは、ビッキーの『北風の突風』を優に超える速度を出せる。
動物で言うならチーターのような瞬間的なトップスピードに特化した力なのだ。
原作の『メルヘン・テール』において、エリナはアグネスに虐められるストレスと自分への嫌悪感からこの能力を発現させた。
でも、その能力の使い道は決してアグネスに逆らうためではなく、ただただアグネスからの『灰被らせの悪女』を用いた爆発による虐めから逃れるためだけに使用された。
いわば、この瞬間的トップスピードは『逃げるための能力』だったのだ。
そんなエリナだったけど、『メルヘン・テール』の主人公トオルとの交流を通して自分に自信を持てるようになってからは、徐々に『逃げるため』ではなく『戦うため』にこのジェットブーツを用いるようになっていく…。
というのが原作の筋書きだったんだけど、原作と全く異なる運命を辿ったこの世界のエリナは最初っから『硝子の加速』を攻撃のために用いている。
つくづく、この世界の運命その物が私の描いた原作と大きく変わり始めている事を実感させられた。
「…どうやら、お前とあたしの能力は相性が良くないみたいね。
それならば、先に狙うべきは…!」
エリナの能力との相性の悪さに気が付いたビッキーは、すかさず標的を私に変えて、私にトドメを刺そうと迫ってくる。
今のエリナは『硝子の加速』の24秒間の冷却時間中。
ビッキーの攻撃には対応出来ない。
でも、私だって長くコイツと戦ってきて、少しずつ高速移動には慣れてきた。
ビッキーの『北風の突風』は、ただの高速移動ではなく周囲に激しい突風を纏いながら移動している。
だから、肌で風を感じる事が出来れば、多少は相手が次にどこから襲ってくるのか予想が出来る…!
「ギリギリっ…!」
私は何とかギリギリの所で、ビッキーからの追撃を回避する事に成功した。
「かわした所でッ!!!」
すかさず、角度を変えてもう一度私に向かってくるビッキー。
しかし、既にエリナの最後のブーストから24秒間は経過した。
「エリナっ!!!お願い!!!」
「お任せ下さい!!!」
私の声に反応したエリナはすぐさまジェットブーツを起動し、ビッキーを右側面から蹴り飛ばす。
よし、計画通りだ!!!
「このガキ…、ちょっと有利な能力に目覚めた位で良い気になってェ…、ん?」
ビッキーは、吹き飛ばされた先の自分の足下に、本当に僅かではあるが、火の種が残っている事に気が付く。
そう、これが私の作戦。
さっきエリナに起こしてもらった時に耳元でこの作戦を密かに伝えていたのだ。
「っ…!まさか、そのクソガキの爆発能力の条件は!!!」
「今です、アグネス様ぁぁぁぁぁぁ!!!」
「いっけぇぇぇぇぇぇっ!!!燃えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」
私は手に隠し持っていた灰の山を、ビッキーの足下に向かってい勢いよく投げつけた。
全ての意図を察したビッキーは急いでその場から逃げようとする。
しかし、一歩間に合わなかった。
私の灰は、既にビッキーの真下の僅かな火の種に触れていたのだ。
瞬間、光り輝き、爆発音が響く。
「ぬあぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
激痛に大声を上げるビッキー。
勝負は、決まった。
「私達の…」
「僕達の…」
「「勝ちだ!!!!!!」」
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