第10話 なりたい、僕(じぶん)へ ※エリナ視点

私、エリナ・スタンフォードは、物心ついた時から友達がいなかった。

引っ込み思案で、知らない人と喋る事がすごく怖くて、いつもいつも『一緒に遊ぼ?』の一言を言うための一歩が踏み出せなかったのだ。

でも、少しも寂しくはなかった。

当時はまだスタンフォードという名字じゃなくて、お母さんも元気で家族三人で幸せな毎日だったから。

『は~い、二人ともご飯よ~』

お母さんが作った料理は本当に美味しくて、美味しくてら今でも忘れられない。

『わ~い!お母さんの卵焼き!』

『よく噛んで食べるんだぞ、エリナ』

なんて私に言ったお父さんも、口元がにやけて卵焼きを楽しみましにしていたっけ。

友達なんていなくて良い。

私は今のまま、家族でずっと仲良く暮らして行ければそれで良かった。

…でも、運命は残酷だった。

『ゴホッ、ゴフッゲホッ!!!』

『お母さん!?』

『どうしたんだ、おい!!!』

お母さんは突然、流行病に倒れた。

貧乏な平民の私達の家に立派なお医者さんを呼ぶお金は無くて、お母さんはどんどん具合が悪くなった。

お母さんを救うために、お父さんは出稼ぎに出かけて少しでも治療費を稼ごうと家を空けるようになった。

お父さんがお母さんのためにそうしていた事はわかっていたけれど、それでも子供心にはお父さんが私と、何よりお母さんをほったらかしてどこかに行っていた事に複雑な心境だったのを覚えている。

そして、ついにお母さんは息を引き取ってしまった…。

最期の瞬間、お母さんは私にこう言い残してくれた。

『エリナ…、あなたは優しい子だから、きっと皆に囲まれて幸せな人生を送れるわ。

お父さんとこれからも仲良くね。

私も向こうで…、いつまででも…、あなたの……しあわ、せ、を』

そこで、お母さんの言葉は途切れた。

『お母さん…?

お母さん、お母さん!

目を覚ましてよお母さん!!!

おかあさんっ……!!!

うわあああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!』

最愛のお母さんを失った悲しみ、そしてその瞬間にお父さんがいなかった切なさに、私の精神は、壊れてしまった。

『エリナ!今帰っ…たぞ…?』

お母さんが亡くなってから数十分後に帰ってきたお父さんに、私は信じれない物を見るような視線を送った。

『…お父さん。

何やってたの?

お母さんが、もう…。

それなのに、何でいなかったの!?

ねぇ、お父さんっ!!!!!!』

『…すまない。

エリナの、言う通りだ。

僕は…、何をやってたんだ。

何で、彼女を放っておいて、外に出ていたんだ…?

僕は、僕は……』

私も、お父さんも、声を上げてワンワン泣き叫んだ。

それからは、お父さんとはどことなくぎこちない距離感になってしまった。

友達もいなかったから、ううん、今更作る気にもなれなかったから、私は、一人になった…。


お母さんが亡くなってから3年。

お父さんは突然、新しい恋人と結婚すると言いだした。

しかも、相手はあの名門家系のスタンフォード家の人だ。

お金持ちの家の人と結婚して婿入りするから、これからは私にも楽な暮らしをさせられると言う。

私はお父さんが何で急にそんな事を言いだしたのかさっぱりわからなかった。

お母さんの事は、もう愛してないの???

楽な暮らしをするために、お母さんとの思い出を捨ててまで、好きでもないお金持ちの人と結婚するの???

私のお父さんへの感情はますます冷え切って行った。


初めてスタンフォード家の人と顔合わせをする日、私はとてもとても緊張していた。

何せ、これまで私はただの貧乏平民として生きてきたのに、今日から急にお金持ちの家の人に相応しい人間にならなくてはいけなかったのだから。

そんなの上手く出来る自信が無かったし、何よりスタンフォード家の人に私のような薄汚い平民を受け入れてもらえるのかがとにかく怖かった。

特に、スタンフォード家の一人娘のアグネス・スタンフォードという人物は、平民の私ですらその噂を知っている程我が儘で粗暴な恐ろしい人物だと聞いていたので、顔合わせがすごく嫌だった。


でも、実際のアグネス様は私の聞いていたような我が儘お嬢様では無かった。

確かに、そのお顔はとても悪人相で、最初はその吊り上がった目がとても怖かったけれど、実際は私の事をすごく気遣ってくれて、すぐに私の存在を受け入れてくれたのだ。

『私もね、無理に慣れてくれとは言えない。

あなたが今どんなに怖い思いをしているのか伝わってくるから。

けどね、私は今、すっごくエリナと仲良くなってみたい!

本当の姉妹みたいに毎日一緒の時間を過ごして、お互いの事を知って行く…。

そんな毎日が過ごせるように、精一杯頑張るつもり。

だからエリナも、少しずつでも私に付き合ってくれたら嬉しいな、って…!』

そんな風に優しく私を受け入れてくれたのが嬉しかった。

けれど、同時に自分のような無価値な人間がこんなに優しくされる事に徐々に罪悪感を感じるようになって行った。

そんな私に、アグネス様は人が変わったように厳しく、それでいて思いやりのある言葉で叱責してくれた。

『エリナぁ…、アタシはねぇ。

あんたが自分を徹底的に卑下し続けて悪く言い続けるのがずっと気に入らなかったのよ!!!

この家に来た時からウジウジウジウジ。

「私は何の価値も無い人間だから許して下さ~い」とでも言いたげな目でこっちを見つめて来て!

その癖本当はアタシなんかより何倍も美しい美貌にそれに見合う性格の良さを持ってる!!!

何が「生きてる価値の無いゴミのような人間」よ!?

あんたが生きてる価値の無いゴミなら、アタシは今すぐ死ぬべきこの世の病原体よ!!!

あんた、アタシにそう言いたいわけぇ!?!?!?』

『自分を誇りなさい!!!

今の自分が誇れないのなら、誇れる自分になれる努力をしなさい!!!

この家に慣れなくて緊張するのは構わない!

でも、自分を悪く言うのは今日この瞬間を持って禁止するわ!!!

あなたはもう平民じゃないの。

スタンフォード家の一員になったのなら、誰に見られても恥ずかしくない誇れる自分らしさを持つ事!!!』

その時のアグネス様は吊り上がった瞳と相まってとても怖かったけれど、でも同時に、本気で私の事を思って叱ってくれている事が伝わってきた。

私が私を悪く言う事は、私を大切にしてくれたアグネス様やお父さん、ひいては大好きなお母さんの事まで悪く言ってしまうのだと、その時初めて気がつけたのだ。

そっか、私は独りよがりだったんだ…。

それからは、アグネス様の言う通り自分を誇れる本当の自分になるために努力した。

アグネス様のお隣に胸を張って並べるような、そんな私になりたかった。

勇気を出してお父さんと本音で語り合って、ぎこちない距離感を解消する事が出来たのも、アグネス様に背中を押してもらえたからだ。

私は、変わることが出来たんだ…。


…そう、思っていたのだけれど。


「アグネス様ぁ!!!」

今、私の目の前で、アグネス様が苦しんでいる。

原因は、私。

私が”メルヘン”を使える誘拐犯に連れ去られてしまったから、アグネス様は私を助けるためにご自身もまたメルヘンの力を目覚めさせ、必死に戦って下さっている。

一人目の誘拐犯はアグネス様が倒す事に成功した。

けれど、二人目の誘拐犯…私を誘拐した実行犯の、高速移動が使える女の人は、アグネス様を何度も何度もその高速移動で翻弄して、激しいダメージを与えていた。

「ほらほらほら、な~んで爆発能力を使わないのかなぁ!!!

もしかして、何か”条件”があったりするのかしら?」

「ガハッ…、さぁ、どうだったかしら!!!」

強がってはいるけれど、アグネス様は既にボロボロだった。

このままでは、アグネス様は本当に死んでしまう。

「私の…せいだ…」

「何を仰っているんですか、エリナ様!

あなたは一番の被害者です、エリナ様にご責任などございません!!!」

私を抱きかかえてくれているアイラさんは、私のこぼした愚痴にそう言ってくれた。

きっと、アグネス様もお父さんも”お母様”も、お優しいからそう言って慰めてくれると思う。

…けれど。

私は、やっぱり私自身が許せない。

私はアグネス様のお隣に並べ立てるような、誇り高く堂々とした私になりたかった。

アグネス様に叱っていただいてから半年間、私なりに自分を変える努力をして、明るい性格になった気でいたけれど、実際はそんなの表面上だけで、結局私は今でもアグネス様にべったりくっついて助けてもらわないと生きていけない弱い人間なんだとひどく痛感させられた。

「…でもやっぱり、そんなの嫌だ」

「エリナ、様…?」

私はアイラさんの腕から離れた。

誘拐犯に誘拐されて、麻袋の中に入れられて、ブルブル震える事しか出来なかった。

それじゃダメなんだ。

アグネス様のお隣に立てる位誇り高い自分になるためには、ただ助けて貰うだけじゃなくて、私もアグネス様をお助け出来るような自分にならなくっちゃ…!

「もう、アグネス様におんぶ抱っこしてるだけの私はいらない。

私が本当になりたいのはっ…!」

そう、私が本当になりたいのは…。

アグネス様のお隣で、アグネス様と肩を並べて、アグネス様と一緒に戦える、そんな私。

そう、例えば…。

私はアグネス様のお部屋に遊びに行った際にアグネス様に見せて頂いた”まんが”の物語を思い出す。

『アグネス様、このお話に登場する”おうじさま”…?というのは、このアーカイブ王国の第一王子様の事ですか?』

『ううん、この漫画に出て来る”王子様”っていうのは、役職じゃなくて心の在り方の事を意味してるの!』

『心の、在り方…?』

『えぇ。

このお話に出て来る”王子様”はね、身分は高くないけれど、いつも誇り高くて、優しくて、そしてとっても強いの!

悪い奴らから大切な人を守るために剣を振るう気高き戦士、それがこの漫画に出て来る”王子様”って言葉の意味!!!

どう?こんな人が実際にいたら、きっとかっこいいと思わない???』

…そうだ、あのお話の中に出て来る”王子様”のように、私はなりたい。

気高き精神を持って、大切な人を守るために戦える、そんな存在に。

「なりたい…。

アグネス様の言う”王子様”のような存在に!」

だから、そのためには……!!!

「今日までの”私”を捨てて…!

本気で生まれ変わらなくちゃ……!

気高き戦士に…、王子様な”僕”に……!!!!!!」



さようなら、”私”。

”僕”は今日、この瞬間から、アグネス様の言うような”王子様”に生まれ変わって見せる……!!!


その瞬間、僕の両足が激しく光輝いた!

「っ…!?わた…、じゃなくて僕の両足が!?」

「エリナ様、まさかそれは…!」

僕の両足に、とてつもなくすごい力が宿っていくのを感じる。

そして、一瞬のうちにその力の全てを”理解”した。

あぁ、この力なら、アグネス様の力になれる。

やっと、アグネス様と並び立てる。

「…アイラさん。

行って来ます!」

「っ…、エリナ様!?」

僕の両足に形成されたガラス状の靴。

その踵から噴射される激しい勢いに身を任せ、僕はアグネス様を苦しめる誘拐犯の女の顔に一発蹴りをぶち込んだ。

「オゴッ…!?」

「えっ…、エリナぁ!?」

「お待たせしてごめんなさい、アグネス様。

”僕”も…、一緒に戦います!!!」

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