第9話 灰被らせの…
いよいよ前世も含めて人生初の自らの命を賭けた戦いが始まる。
まさかバトル漫画を描いていた私が本当にバトルを、それも自分の描いた漫画の世界で行う事になるとは思いもよらなかった。
今際の際で『来世は連載雑誌のアンケートの人気投票に怯えない穏やかで平和な毎日を送りたい』なんて思っていたのに、人気アンケなんか目じゃない位危険な事になってしまうなんて。
でも、この状況は私が招いたようなものだ。
落とし前は私がつける。
「さぁて…、まずはこちらから仕掛けさせてもらおうか、なァ!?」
テリーの全身が、瞬く間に炎に包まれた!
「もっ…、燃えた!?」
「燃えちまえェェェ!!!」
突き出した右手から噴き出される炎は、私目がけて猛スピードで迫る。
「あっぶな!?!?!?」
私は間一髪、ギリギリで右側に避けて炎を回避した。
肌がヒリヒリと熱い。
直撃していたら大火傷は免れない。
「ほう、ガキにしちゃあ勘が良い。
だが、俺の火炎放射をいつまでかわせられるかな!?」
そう言って、右へ左へ次々と火炎が放射される。
私は命からがら必死にそれらを回避した。
「っ…!これが本物の”戦い”…」
本当に、一歩の踏み間違いが命取りになる。
そんなシビアな空間だ。
勝つためには、相手を分析しなくてはならない。
そして、テリーと呼ばれるこの男の能力については大方の見当がついてきた。
こんなにやたらめったら炎が出て来る西洋の童話というのも私がパッと思いつく限りは中々無い。
だとすれば、コイツの能力は炎ではなく…。
「”太陽”か!」
ヤツの体が炎に包まれて光り輝いている事から、私は相手の能力が太陽をモチーフにしている事に気が付いた。
そして、『太陽』が印象的に登場する童話と言えば…。
「…なるほどね。
あいつは多分、『北風と太陽』のうち『太陽』をモチーフにしたメルヘンを使ってるんだわ」
だとすれば、後ろのビッキーという女性は恐らく『北風』に相当する能力…。
エリナを一瞬で連れ去った高速移動がそれだろう。
ビッキーとテリー、二人で『北風と太陽』をモチーフにしたキャラクターというわけだ。
……しかし、困った事に私にはこんなキャラクターを作った記憶は無い。
恐らくは私という作者の手を離れたこの世界で新たに生み出されてしまった、私の知らないキャラクターだ。
ただ、この二人についてはデザインした記憶が無い一方で実は『北風と太陽』をモチーフにした二つのメルヘン能力については一応考えた事があった記憶が僅かに残っている。
けど結局没にした。
何故かと言うと、その理由はこのテリーという男が使っている能力を見ればわかってもらえると思う。
「ヒャハハハハ!!!
俺の能力『脱獄せし太陽(テイク・オフ・サン)』で燃え尽きろ、クソガキぃ!!!!!!」
…この能力、『太陽』というあまりにも強大でスケールのデカいものをモチーフにしている割に能力がただの火炎放射なのだ。
何故こんな事になったのかと言うと、この『北風と太陽』モチーフの能力を考えていたのはまだ連載が始まった序盤も序盤の頃で、にも関わらず真面目に太陽のスケール感や凄さを能力に落とし込むとほぼラスボス級の強さになってしまうため、仕方なく普通に火炎能力を使う事にするしか無かったからである。
その結果、『ただの火炎放射能力の太陽より高速移動出来る北風の能力の方が強そうに見える』という、『北風の風の強さより太陽の熱の方が旅人の服を脱がせられた』童話の『北風と太陽』と正反対な勢力図になってしまい、私はこのニコイチ能力を没にした。
「それがまさか、こうして実際にこの世界に実装されたメルヘン能力として私の前に現れるとは思わなかったなぁ…」
「さっきから何をブツブツ言ってやがる」
いくら本物の太陽と比べるとスケールがしょぼいとは言え、火炎放射能力というのは普通に強力な能力だ。
ただ、幸運だったのは、恐らくこの『脱獄せし太陽(テイク・オフ・サン)』、”アグネス”の能力と最高に相性が良い。
勝機は…、ある!
「っ…、何だァ!?」
私が右手に力を込めると、私の半径数メートル圏内に、どこからともなく白い物体が降り始める。
『灰』だ。
そして私は意を決して、自分の周囲に灰を降らせながらテリーに向かって猛突進した!
「なっ…、よくわからねぇがいきなり向かってくるとは上等じゃねぇか!
返り討ちにしてやる!」
「っ…、いけないテリー!
今すぐ回避しろ!!!」
「んあ?」
ビッキーがテリーに忠告したのも束の間。
テリーが私の周囲に降る灰の圏内に入った瞬間、テリーの体に纏っている炎と私の降らせた灰が接触。
一瞬強い光が放たれる。
そして、『爆発』が起こる。
私の耳にまでつんざく爆音。
「ごはぁぁぁっ!?」
当然、爆発をモロに食らったテリーは大きくダメージを負う。
「テリー!!!」
「ちっ…クショウ、それが、お前の能力か!」
「えぇ、その通りよ。
これが私のメルヘン…、『灰被らせの悪女(シンダース・イーヴィル)』」
『シンデレラ』、とは『灰被りのエラ』という意味で、俗に言うシンデレラという女の子の本名は『エラ』と言うらしい。
なぜ彼女が”灰被り”と呼ばれていたかと言うと、意地悪な継母や義姉たちに暖炉の掃除をさせられて暖炉の灰がたくさん体に付着していたからだ。
だから、シンデレラが灰被り姫ならば、継母や義姉は灰を被らせる側だ。
私はそこから着想を得て、シンデレラの物語に登場する継母と義姉をモチーフにしたこの『アグネス・スタンフォード』というキャラクターに『灰被らせの悪女』という名前の能力を持たせた。
その能力は、自分の周囲に灰を降らせ、その灰を任意で爆発させるというもの。
実際の『メルヘン・テール』では、エリナの至近距離でギリギリ傷が残らない程度にアグネスがこの能力を使って彼女を虐めていた。
…恐らく、多くの漫画の読者はこう思っただろう。
『灰って爆発しなくない???』と。
いや、もうこれは本当に仰る通りで。
流石に私だって事前の下調べで灰はただの燃えカスだからそれ以上燃えないし爆発もしないことは知っている(灰から出た水素が爆発する事はあるらしい)。
正直灰モチーフを先に決めてしまったが故の『灰→炎→爆発』というこじつけの様な能力だ。
なので、私の能力で出て来る灰は本物の灰というわけではなく、『私の意思で周囲に降っている灰を一つ選んで火を着火させる→火に触れるとその灰だけ時間が逆行して炎が燃え上がる→擬似的な爆発が起こる』という原理だと設定した。
これが私の能力『灰被らせの悪女(シンダース・イーヴィル)』の詳細…なんだけど。
…実は、ここで一つ問題が生じている。
あれっ???私、何故かこの私の周りに降ってる任意の灰を選んで火を付ける能力が使え無くない???
…多分、私がまだメルヘン能力に目覚めたばかりなせいで能力を完全に発揮出来ていないんだと思う。
それでも、この能力の一番の要である爆発能力を起こすための着火能力が何故か上手く使えないというこの状況は、あまりにもまずい、まずすぎる。
そこで、私は一か八か、灰を降らせた状態でテリーの近くに一気に駆け寄ってみた。
結果、外部的な着火であっても私の灰に火が着けば爆発する事が判明し何とかテリーにダメージを与えられた。
そう、ここでも私はハッタリをかます必要がある。
『私の能力は任意で灰を爆発させられる』ものだと相手に誤認させる事で、相手の行動を縛らせるのだ。
「へっ…、確かにその灰の近くに寄れば爆発の可能性があるっていうのは中々厄介な能力だ。
だが、俺の近くに灰が来る前に全部灰を燃やしちまえば片が付くってもんだよなぁ!?!?!?」
テリーは上手く私のハッタリに誤魔化されてくれた。
私の近くに寄るのは危険だと判断し、次々と火炎放射を私の周囲に放つ。
当然、私の周囲に降り積もる灰が次々と着火し爆発。
一気に轟音が私の耳に入ってくる。
「お嬢様!!!」
アイラさんが爆発に巻き込まれる私の姿に思わず心配の声を上げる。
けど、この爆発はあくまで私以外の相手にダメージを与えるもので、使用者である私には爆発のダメージは入らない仕様だ。
音と光にさえ慣れれば問題は無かった。
とは言え、このまま何本もの火炎が放射されていてはテリーに近づけない。
そこで私は、自分の上から降ってくる灰をいくつか右手で受ける。
ある程度手のひらの上に積もった所で、それを勢いよくテリーの火炎放射の当たらない角度から投げ込んだ!!!
「行っけぇぇぇぇぇぇ!!!」
「ハハハハハ、ここまで燃やし尽くせば流石に…、何だとォ!?!?!?」
今更かわそうとするが、もう間に合わない。
私の投げた灰の山が無事にテリーの表面を覆う炎に接触。
強い光が放たれ、次の瞬間には超轟音が鳴り響いた。
「馬ァァァ鹿ァァァぬぁァァァァァァっっっっっっ!!!!!!」
全身黒焦げになって地に伏すテリー。
私の勝ちだ。
「こ、これは…、お嬢様が勝利なされた!?」
「あ、アグネス様…」
歓喜の表情に満ちるアイラさんと、恐る恐るながら口元に笑みがこぼれるエリナ。
「二人とも…!」
それを見て少しだけ安堵した…のも束の間。
「テリーを倒すなんて、やるじゃんアンタ。
じゃあ次は…お姉さんと戦(や)りましょ?」
「っ!?」
既に次の戦いは始まっていた。
持ち前の高速移動で、私の目の前にはもうビッキーと呼ばれた女性が近付いていた。
そして間髪入れず私のみぞおちに繰り出される拳。
「カハっ…!」
「お嬢様っ!?」
「アグネス様ぁ!!!」
や、ヤバ~…。
『脱獄せし太陽』持ちのテリー相手なら常に炎を出していたから灰に着火させられたけど、困った事に『北風』をモチーフにした高速移動が能力のビッキーを相手するには、灰の任意着火が使えない今の私にはあまりにも無謀…!
「あらあら、どうしたの?
さっきまであんなに使ってた爆発能力、早く使いなさいよ~!」
ビッキーの足下でうずくまる私。
テリーとは能力の相性が良かったけど、彼女相手に私が勝てるビジョンが…、見えないっ!!!!!!
騎士団の到着まで持ちこたえれば良いとは言え、このままだと私もアイラさんも殺されてエリナは売り飛ばされてしまうのでは???
「…これ、詰んだかも」
私の背中に、前世で締め切りギリギリだった時以来の大量の冷や汗が流れ始めた。
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