第8話 初陣の鐘

「…あそこかぁ」

指定された建物の近くに辿り着く私。

少し離れた場所から、指定場所の様子を観察する。

明らかに下っ端っぽいチンピラが10人程。

そして一番奥には黒いフードを被った、いかにも怪しそうな二人組の人影があった。

恐らく一人は男、一人は女だろう。

…メルヘン能力者はこの二人のうちのどっちか、あるいは両方だと推測した。

二人組の後ろには、明らかに人間一人が入れる位の大きさの麻袋が横向きに倒れいてる。

僅かながらに震えているように見える。

「エリナはあの中かなぁ?

可哀想に、あんなに震えて……」

私は右手をギュッと握る。

私の握り拳が、灰色のオーラで包まれた。

…大丈夫。

アグネスのメルヘン能力なら、相手がよっぽどの反則級なチート能力でなければ通用するはずだ。

問題があるとすれば、どんなに有能な能力を持っていてもその持ち主の中身はただの日本人の漫画家なので、何の訓練も無くいきなりバトル漫画級の激しいアクションが出来るのかという点だけど…。

…いや、迷ってる場合じゃない。

エリナを助ける事が最優先だ。

生まれて初めての命を賭けた戦いに心臓はバクバク鳴っているけれど、左手でそっと胸を撫でて何とか気持ちを落ち着かせる。

……行こう。

そう覚悟を決めて一歩踏み出した瞬間だった。




トンッ。




右肩を誰かに叩かれる。

「っ!?!?!?」

まさか、敵に存在がバレた!?

心臓が張り裂けるような感覚に陥りながら瞬時に後ろを振り向くと…。

「しーっ。お嬢様、わたくしです」

「あ、アイラさん…!?」

まさか、アイラさんがもう追いついてくるとは思わなかった。

「馬車には運転手にエリナ様がさらわれた旨を書いた手紙を持たせて先に家に帰っていただきました。

これでこの事件はすぐにお母様と騎士団に伝わるでしょう」

「ご、ごめんなさい!

勝手な行動ばかりしてしまって…!

でも今はエリナが目の前で囚われてるの、だから……!!!」

私がそう言って何とかアイラさんにわかってもらおうと言葉を重ねていると…。

「わたくし、メルヘンにこそ覚醒しておりませんが体術には自信があります。

どうか、わたくしもお嬢様にお供させて下さい」

「え…?」

アイラさんの言葉に、私は思わず耳を疑う。

「…わたくしもエリナ様をお救いしたいという思いはお嬢様と同じです。

本来であればお嬢様を危険に晒す等言語道断ではありますが、お嬢様をお一人で行かせる位ならわたくしの体術で少しでもお二人の安全を確保したく存じております。

どうか、ご同行の許可を」

そう言って頭を下げるアイラさん。

「そ、そんな…!

無茶苦茶言ってアイラさんを振り回しまくってる私に頭なんて下げないで良いのに…!」

むしろ私がアイラさんに土下座するべき案件だ。

…けど、犯人の本拠地に乗り込むにあたってアイラさんが一緒に着いてきてくれるのはとてもとても心強かった。

「……ありがとう、アイラさん。

頼りにしてるね!」

「…はい!」




「…では、段取り通りに決行しましょう。

どうか、ご武運を」

「うん、アイラさんも気を付けてね!」

そう言って、アイラさんは私に先行してすごい早さで下っ端達の前に飛び出して行った。

「…んお?何だおま、エ”ッ!?」

一番近くにいたチンピラの顔に、アイラさんは勢いよく蹴りをお見舞いする。

「何だァ!?このクソアマがぁ!!!」

「いきなり仕掛けてくるたぁ良い度胸じゃねーか!」

すぐに周りにいたチンピラもアイラさんの存在に気が付き、アイラさんを殴ろうとする。

しかし…。

「ゴホッ!」

「ガハァッ!?」

目にも止まらぬ早さでチンピラ達の攻撃をかわし、代わりに一撃ずつ相手のみぞおちに確実な一発を浴びせていくアイラさん。

す、すご~…。

アイラさんってあんなに強かったんだ…。

そりゃ一瞬で私に追いついてくるわけだ。

私、アイラさんが体術の達人なんて全然知らなかった…この漫画の作者なのに……。

「っと、見とれてる場合じゃない!」

私はアイラさんが下っ端のチンピラ達を相手にしている隙に、大急ぎでダッシュして彼らの間を通り抜けた。

これが、アイラさんと一緒に考えた作戦だ。

メルヘン能力者ではないチンピラならアイラさんが対処出来る。

だから私はアイラさんが下っ端を倒している間に一目散に一番奥のメルヘン能力者と思わしき二人の所へ走って行く。

本来であれば一番危険なメルヘン能力の下へ私を送り出すのはアイラさんとしては不服だったそうだけど、メルヘン能力に対抗出来るのはメルヘン能力だけである以上、仕方なく呑んでもらった。

戦っているアイラさんの後ろを通り過ぎる瞬間、アイラさんはそっと小さな声で

「お嬢様、どうかご武運を」

と言ってくれた…。


「…あなた達ね。

私達の大切な人を連れ去った大悪党は!!!」

黒いフードの二人組の前に立ち、私はそう言い放つ。

「…アグネス様!?

来て下さったのですか!?」

二人の後ろの麻袋の中から、エリナのこもった声が漏れ聞こえる。

「ほ~う?

これはこれは、ド派手な身代金の引き渡しなこった」

二人組の一人、男の方がフードを取ってそう答えた。

下っ端のチンピラと似た、粗暴な雰囲気を纏う男だった。

「それで?

随分と俺達のかわいい部下をいたぶってくれたようだが、当然身代金に加えてそいつらの慰謝料も払ってくれるんだろうなァ?」

「慰謝料?

それを言うなら、エリナを連れ去ってこんなに怖い目に遭わせたあんた達の方がエリナに支払うべきじゃない???

このっ、人攫い……!!!」

私の啖呵に、男は明らかに不機嫌な顔になる。

「ふぅん…、どうやらお嬢ちゃんは、自分達の立場ってやつをわかっちゃいないらしい。

おいビッキー、せっかく確保した大事な商品だが…少しその子を痛めつけてやれ」

男に言われ、ビッキーと呼ばれたもう一人のフードの女性が麻袋に包まれたエリナに手を出そうとする。

しかし。

「っ…、いないわ!?」

女性はさっきまで後ろにあった、エリナの入った麻袋が無いことに動揺した。

「何ィ!?どこに行きやがった!?

…なっ!?」

私は後ろを振り返る。

そこには、麻袋を脱がし、エリナを抱きかかえて佇むアイラさんが立っていた。

「あ、アイラさん…!」

エリナはアイラさんの腕の中で驚く。

「エリナ様は…、返して頂きました」

そう、実はこれも作戦の一環。

私がフードの二人と話して気を引いているうちに、チンピラ下っ端の処理を終えたアイラさんが密かにフードの二人の後ろに回り込み、エリナを救出したのであった。

「さっすがアイラさん!」

「チクショウ、やられた!!!」

男は地団駄を踏んで悔しがる。

「…なぁに、焦る事は無いわよテリー。

そのメイド、見た所メルヘンは使えないわ。

あたし達が本気を出せば、一瞬で殺せる」

…確かにそうだ。

こいつらのうちのどっちかは、人通りの多い町中で一瞬のうちにエリナを誘拐出来るらしいメルヘン能力を持っている。

だから、正攻法じゃまたエリナを奪われてしまう。

そこで…。

「…本当に、楽に私達からエリナを奪え返せるのかなぁ???」

そう言って、私は右手の拳を灰色のオーラで包んで見せた。

「なっ…、このガキ!?」

「メルヘン覚醒済み、ってわけね…」

予想通り、私のメルヘン能力の一端を見て先程テリーと呼ばれた男性とビッキーは驚いていた。

「アグネス様が…、メルヘンを!?」

私がメルヘンに覚醒していた事を知らなかったエリナも、目を丸くさせる。

「確かにアイラさんはメルヘンには覚醒していない。

けど、私はあんた達と同じメルヘン能力者。

メルヘンの力がいかに厄介で面倒かは、覚醒者であるあんた達自身が一番よ~くわかってるわよねぇ???」

息を呑むテリーとビッキー。

相手の能力を把握出来ない状態では、下手な動きは出来ないのだろう。

ここまでは私の予想通りだ。

そして、私は宣言する。

「賭けをしましょうよ、人攫いのお二人さん。

あんた達が一人ずつ私に挑んで、私を倒せたら、エリナを引き渡す。

反対に私が勝ったら、大人しく騎士団のお縄についてもらう。

後ろに待機してる後攻の方は私の能力をじっくり観察した上で私と戦えるんだし、一石二鳥だと思うけどなぁ~?」

……正直言って、これは完全にハッタリだ。

メルヘン能力に覚醒したての私にいきなり熟練の能力者と戦えるわけは無いし、ましてやもう片方の相手に私の能力をじっくり研究させるなんてますます勝ち筋が無くなってしまう。

それでも、こうやって言いくるめないとこの二人からアイラさんやエリナを守る術が無かった。

二人の意識を私だけに集中させる、そして私が痛めつけられている間に時間を稼ぎ、お母様が騎士団に通報して騎士団がここに駆けつけるのを待つ。

これが一番確実な方法だ。

あまりにも難易度の高い手法なのは自分が一番よくわかっているけれど、エリナもアイラさんも守り切るためには、これしか無い……!!!

「…へへッ、ブハハハハ!!!

良いじゃねぇか小娘!

そういうの、俺は嫌いじゃねーぜ。

勝負してやろうじゃねぇか!!!」

「ちょっ、テリー!

あんたねぇ…」

「別に構わねぇだろ?

どうせ相手はガキだ、能力さえ見極められれば楽勝よ。

俺が先に出る。

お前は後攻として、あのガキの能力を探って対策でもしとけ。

まっ、どうせ後攻の出番が来る事なく俺が勝つだろうがな!ガハハハハ!!!」

「ハァ…、わかったわよ、好きにしなさいな。

そこのメイドと人質、隙を見て逃げようなんて思わない事ね。

この勝負が終わるまで、そこでじっとしてなさい。

…あたし達なら逃げたってすぐに追いつける事は身に染みてるわよね?」

「……わかりました」

アイラさんは渋々条件を呑み、その場から動かなかった。

「お嬢様、どうかくれぐれも無理だけはなさらないで下さいね。

本当に危なくなったらわたくしを囮にお二人だけでも…!」

「…わかってる。

でも、皆で笑顔で家に帰れるよう精一杯頑張るから」

アイラさんの腕の中で、エリナはまだブルブルと体を震わせて怯えている。

まるで初めてうちに来たばかりの頃のようだ。

…そりゃあ、怖くて当然だよね。

私だってすっごく怖いもん。

もうエリナをこんな怖い目に遭わせたくない。

「…行ってくるね、エリナ」

「あ、アグネス様…」

私はエリナの頭をそっと撫でて、テリー達の方へ向きを変えた。

「さぁ、先攻の相手はこの俺、テリー様だ!

この俺様のメルヘンに耐えられるかなァ!?」

私の心臓は再び激しく鼓動している。

怖い、怖い、死にたくない。

でも一番怖いのはエリナやアイラさんが死ぬことだ。

右手でバシッと膝の側面を叩いて気合いを入れる。

「…行くわよ」

頭の中で、初陣の鐘が鳴った。

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